ストレイ・シープ | ナノ

1-6


その後の時間は実に穏やかに過ごせたと思う。
遠征艇と出発の準備が整うまで2日間ほどの時間を要したがその間食事は義父と二人でゆっくり食べることが出来たし、思い出話に花を咲かせながら酒を飲んで寝てしまった義父に毛布をかけてその傍でまた少し泣いたりもしたけど。

兵士として戦場に立つようになってから義父とこんなにもゆっくり過ごすことは無かった。

玄界の両親ももちろん大切だとは思うが、今となっては義父といた時間の方が多くなってしまったし、もう記憶すらも朧気な相手より、やはりそばに居る人間の方が思い入れも強くなるのは当然なのだろう。
これで義父が人を人とも思わないような残虐な人間だったなら話は別なのだが。そんなことは全くない。

「準備は出来たか?」

出発の時はあっという間に来てしまった。すでに着替えて準備を終えていた私は義父の問いかけに頷く。
冷静に振舞ってはいるつもりだが内心はやはり不安でいっぱいだ。逃げ切れる自信はあるけど、その後のことも気にかかる。私を裏切り者としても、やはり上の人間たちは多少なり義父に責任を問うだろう。
義父の身に危害が加わることがありませんようにと声に出さずに祈りながら、用意してもらった小型の遠征艇のハッチを開いた。

「これは偵察用の小型遠征艇だ。トリオンもそう多くは注ぎ込まれていない。玄界までがギリギリだ」

「それなら大丈夫でしょう。今は内部もバタついていて、すぐに追っ手が出せる状況ではないはず……」

「ああ、気取られないように動いたからな。問題は無いはずだ。」

「ありがとうございます。義父(とう)様、どうかご無事で……」

「私のことなら心配いらん。離れていても、お前の幸せをずっと祈っているよ」

「はい、私も、義父(とう)様の幸せを祈ります。お身体には気をつけて。お酒も飲みすぎてはダメですよ」

「ははっ、こんな時まで人のことばかりで。お前は本当に優しい子だ。それにお前は強い。大丈夫だよ。」

顔を見合わせて別れの挨拶。本当にこれが最後だろう。人のことばかりなのは義父も同じなのに、その心遣いが本当に嬉しい。
遠征艇に乗り込む前に、私たちは別れの抱擁をぎゅっと交わした。最後になるのなら、優しいこの温度を出来るだけ覚えていたかった。お互いの無事を心から祈り、これから先の未来に幸あれと願って。

「さぁ、もう行きなさい」

「はい。本当にお世話になりました。」

「いいんだよ、家族のいなかった私に、お前はかけがえのない時間をくれた。それだけで充分だ。」

いつもより鼻声なのも、優しく笑うその顔の、細まった目元が赤くなっているのにも気付かないふりをして私は遠征艇に乗り込んだ。

「行ってきます。……お父さん」

遠征艇が黒い海に飲み込まれる前、外を映すモニターに涙を流す義父の姿が見えた。
13年という月日の中で、初めて見た姿。自分のために涙を流してくれる姿に私ももう耐えることは出来るはずも無く。自動制御で玄界へ向かう遠征艇の中で、私はずっとずっと泣いていた。
育ててくれた義父との別れ、エネドラという初恋に別れすら告げられないまま逃げ出した現実、何もわからずに攫われてから、やっとの事で得られた居場所を全て失った喪失感。
これから先に対する不安と、10数年を経た未知の故郷に対する恐怖。


私を乗せた船は何も見えない真っ暗な海を進む。
一人ぼっちの遠征艇は耳が痛くなるほど静まり返っていた。




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