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私はエネドラが好きだった。
初めてエネドラと会ったのは10歳の時。トリガーの訓練で顔を合わせたのが始まりだった。
エネドラはブラックトリガーの適応者で、私も所有者ではないにしろエレフセリアに適合していた為、今後のことを考えて義父がエレフセリアを使えるようになっていた方がいいと通常トリガーの訓練の合間に設けた時間だった。
『わたし権兵衛っていうの。よろしくね』
『エネドラだ。よろしく』
あの頃のエネドラは比較的素直で大人しかった。今はよろしくと言えば舌打ちが帰ってくるような性格だが、当時は握手をしようと手を差し出せばきちんと手を握ってくれるような子で、笑顔だって悪役じみたニヒルなものじゃなくて普通の可愛らしい笑顔。
歳の近い私たちが打ち解けるのにそんなに時間はかからなかった。仲良くなってしばらくしてから私が玄界出身だと告げると微妙な顔をされたが、その後別段その事について何かを言われることもなかったし、戦いたくない、怖い、と言った私にエネドラは笑って言ってくれたのだ。
『しょうがねェから俺が守ってやるよ』
悪戯っぽく笑ったあの笑顔とその言葉を聞いた日から、私にとってエネドラは特別だった。
想いを告げなかったのは単純に戦争だとか訓練だとかで忙しかったのもあるし、友達としての距離が心地よくてそれを失うのが怖かったせいもある。
それでも同じくらいだった身長に差がつくにつれ少しずつ男性へと変わっていくエネドラに、いつからか私の想いは強くなった。
エネドラもどうやら私のことを少なからず特別に思っているようだったので、もしかしたら、もう少し時間があれば長年停滞していた私たちの関係は友達から別のものになっていたかもしれない。
キスの1つくらいしてやればよかったなあ、と思わなくもないが今となってはもう今更である。
酒を飲もうという言葉もどうやら実現出来なさそうだし、別れの言葉もこの分だと言う暇はないだろう。
思い返してみればエネドラは私の初恋だったのだ。10歳でエネドラに心奪われるまで平和ボケした国の子供であった私は必死にこの世界に適応しようと訓練やら文化を学ぶことばかりの日々だったから。そういえば初恋は実らないとかなんか昔に聞いたことあるような気がする…。
いつ聞いたのか思い出せないが全くもってその通りだ。
「わかった。お前の言う通りにしよう」
義父のその返事に私の思考は目の前の現実へと引き戻される。もう後戻りはできない。
私はこの13年間で得た大切なものをここに全て捨ててゆかねばならないのだ。
きっと喪失感と寂しさで死ぬほど後悔する日々を送るだろう。いっそ死にたくなるかもしれない。でも義父が私に生きろと望んでくれたのだから、どうにかして自由に生きていく努力はするつもりだ。
「エネドラにあったら伝えて貰えますか」
「エネドラ?ああ、あのボルボロスの使い手か…」
「好きだった。お酒飲みに行けなくてごめん。って」
「すっ!?すき!?好きだった…!!!!?」
「はい。お願いします」
私の言葉を聞いて義父が動揺する。まさか娘に好きな相手がいるとは思っていたかったのだろう普段冷静な人が慌てているのはなんだか少し笑える。こうして見ていると本当にただの父親だ。
少しの間あわあわとした後、義父は落ち着くようにこほんっとひとつ咳払いした。
「分かった。伝える。」
「ありがとうございます」
「それで、出発なんだが……」
「玄界が近づいている時でなければいけないのでは…?」
私の言葉に義父は頷き、通信用のトリガーを使って惑星配置図を表示させる。
いつ見ても本当に不思議なものだ。ぐるぐると回る星たちは幻想的で多種多様。これだけたくさんの星があるのに、向こうにいた時は近界の事など聞いたこともなかったのだから。
「今この星は玄界とは少し離れている場所にいてな」
「なら、まだ暫くは無理では…」
「いや、そんな時間はない。いつお前を連れに来るかも分からんしな。」
「……では、他の星を経由しなければいけませんね」
「ああ、向こうに着くまでは自動制御で問題ない。遠征艇の中に食料も積んでおくから、着くまではゆっくりしていればいい」
「何から何まで、本当に……」
「当たり前だろう。お前は私の家族なんだ。何も惜しむことなどない。そうだな、後で久しぶりに2人でゆっくり食事をしよう。」
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