1-3
「私は、お前を本当の娘だと思っているよ」
昔のことを思い出していると、義父はぽつりとそう呟いた。心做しかこちらを見つめる瞳が薄く潤んでいるように見える。
10年以上を共にすれば多少なりとも情は芽生えるだろうが、多分この人は私のことを本当に家族として大切に思ってくれているのだなと実感出来るくらいには良くしてもらってきた。
「本当はお前を神として差し出したくはない」
「拒否権などないでしょう…」
「ここにいる以上はそうだろうな」
「それは、どういう…?」
「今の神がマザートリガーと同化してからもう随分と経つ。数十年前からそろそろだろうとは言われていたんだ。」
「何とか今までもってこられた、ということですね」
「ああ、そして何となく嫌な予感もしていてな。こんな日が来るのではと思っていた」
「私も、何となく思ってました」
お互いに苦笑いを浮かべ合う。義父が目の前のソファから立ち上がり、私の隣へと腰掛けた。
私の頭に手を置いて、小さな頃のように優しく撫でる。久しぶりのその感覚は懐かしくもあり、少しだけ気恥ずかしかったが慈しむような優しい義父の目を見てしまえば抵抗など出来ようはずもなく、それに大きなその手に撫でられるのは自分にとっても嫌ではなかったから。
「お前は、神になりたいと思うか?」
「それは…」
不意に尋ねられたその言葉にぐっと言葉につまる。正直にいえばなりたくなどない。
この国のために一生そこに縛りつけられ、大切な人たちと歳をとることも出来ず、自由に出かけることも、愛する誰かと結ばれることも出来ず、何百年もただ生き続けるなんて地獄だとさえ思う。
ぶっちゃけてしまえばこの国にそこまでするほどの思い入れはない。しかし自分がそれを拒否したせいで義父の身が危なくなるのなら、あの時助けて貰えなければ死んでいただろうこの命を差し出すことは構わないと思えた。
「そうなりたいと思ったことはありません、でも……私のせいで義父(とう)様の命が危うくなるくらいなら、死ぬと思って受け入れます」
私のその言葉を聞いて父は目を閉じて深く頷いた。次に目を開いて視線が合わさった時、その瞳は何か強く覚悟を決めたように感じさせた。
薄い茶色の虹彩に浮かない顔をした私が映っている。なんて情けない顔だろう、ずっと前から分かっていたことなのに。
「逃げなさい」
「え……?」
「お前の元いた場所に、帰る時が来たんだ」
「まっ、待ってください……!元いた場所?それって」
「玄界だ。そこにはお前の本当の両親もいるだろう。」
「そんな…!もう13年も経つんですよ!?髪の色だって変わってるのに、分かるはずない!私だって、今更両親にあっても、顔すら覚えていないのに……」
衝撃的な発言に思わず声を荒らげる。今更玄界に帰るだって?とんでもない。帰ったところで13年も消えていた人間だと信じて貰えるとは到底思えないし、こちらの来たのは私が5歳の頃だ。18歳になった今どうせ両親だって顔を見たところでわかるはずもない。
顔立ちは成長とともに大人になったし、かつて黒だった髪の色は幼少期のトリガーホーン移植実験の失敗後、身体になんらかの異変を来たしたのかすっかり色が抜けて今では銀に近い白金色になってしまった。
「それでも、ここにいるよりはきっとお前にとって良い未来がある」
「そんなもの……っ」
「幸いなことにお前は腕が経つ。きっと逃げ切れる」
「私を逃がせば義父様の立場が危うくなります!」
「お前に、これをやろう」
義父は何かを取り出して私の手にそっと握らせた。
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