頭からつま先まで


「いい加減、覚悟を決めろ」

ベットの上で私の上には風間。両側を腕で塞がれ逃げ道はなし。目の前にはいつもの何を考えているのか分からないものとは違う熱を抱いた深い赤。
先程までほろ酔い気分だったはずなのに、心地よい高揚感はドキドキとうるさい心拍数によってかき消され、酒によるものとは違う意味で頬は熱を持ち始める。
今にも口付けてしまいそうなその距離で、じっとりと私を見つめる赤色の瞳の持ち主によって私は追い詰められていた。
こんなことになっているが、私たちは別に色恋がどうのこうのという関係ではない。もちろん付き合ってもないし、今まで私からも風間からも告白されたりしたことなど1度とてないのだ。
そんな私たちは大学の同級生で、ボーダーの同期で、独り身ばかりが集まったような宅飲みなんかだってするような仲で。
愚痴だって話すし、下ネタだって別に気にせずに言い合えるような、そう、私たちは友達だったはずなのだ。それもかなり仲のいい部類の。
それなのに何故こんなことになったのだろう。
ゆっくりと近づいてくる唇が重なるまでの間、スローモーションのようにどうしてこうなったかを思い出していた。

きっかけはいつものメンバーを集めた飲み会だったような気がする。
諏訪やレイジなんかを集めて馴染みの居酒屋で乾杯、最近のボーダー内の話や大学のこと、そしていい感じに酔いが回って来た頃に下ネタ混じりの恋愛話。やれいい感じの女の子がいただの、こないだ酒に酔った勢いで致してしまっただの、付き合ったもののボーダーの任務で相手が出来ずに振られただの、なんか思ってたのと違うと言われて捨てられただのと、まあ最後のひとつは私の話なのだがそんな話題で盛り上がっていた時だった。

「名無之は確かに、見た目はいいけど中身がなあ…」

「あん?ちょっと諏訪ァ、それどういう意味だコラ」

「そういうとこだっつの!口は悪ィし男に交じってしれっと下ネタ話はするし、俺はもうお前を女とは思ってねェ」

「うっさいわね!そもそも諏訪に女として見られる必要無いし。そういう相手の時はそれなりに振る舞いますぅ」

「ハッ!それで結局ボロ出して振られてりゃ世話ねぇぜ」

「ぐっ…トリオンキューブのくせに生意気な…」

「はっはー!トリオンキューブ諏訪ナメんなよ!」


「つーかお前らだって名無之のこと今更そういう対象に見れねェだろ?」不意に図星をつかれてガックリとした私を見て得意げになった諏訪はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながらチビチビと酒を飲みながら話を聞いていたレイジともっしゃもっしゃとひたすら唐揚げを食べている風間へと話の矛先を向けた。

「俺は名無之とは酒飲んでる方が楽しいぞ」

「レイジ…遠回しに言わずに無理って言って…」

「そうか?まぁ、でも確かにそういう対象には見てないな。今更見られたところで困るだろうし」

「それは確かにある。でも私、レイジはいい男だって知ってるからね!」

ぐっと親指を立てた私にレイジは笑いながら礼を言うと自分の番は終わったとまた酒を少しずつ飲み始める。相変わらずもっしゃもっしゃと唐揚げの次はチヂミを食べ始めている風間に「お前はどうなんだよ?」と諏訪が声をかけると、当の本人はマイペースにチヂミを味わい咀嚼してからゴクリと飲み込み、しっかりと飲み物まで飲んでから放った言葉に私たち全員は衝撃を受けた。

「俺は、名無之のことを女としてみているが」

ごふっとレイジが噎せ、諏訪は飲んでいた酒を吹き出し私は唐揚げを取ろうと持ち上げた箸をポロリと落とした。
いま、なんて言った?女としてみているがって言った?突然の爆弾発言に頭の中はハテナでいっぱいである。諏訪が吹き出した酒でテーブルは濡れてるわレイジはむせて死にそうになっているわで地獄絵図。
そんな状況をもたらした当の本人は我関せずとばかりにまたチヂミを食べ始めるのだから今のは幻聴か何かだったのだろうか。

「オイオイ嘘だろ…え?マジ?」

「ゴホッ…うっ…風間…それはその、冗談とかじゃないのか?」

「俺はこの手の冗談は言わん」

「マジじゃねーか!いきなり爆弾発言かますんじゃねーよ!」

「聞いてきたのはお前だろう。俺は本当のことを答えただけだ」

「確かにそれはそうだけどよ…」

諏訪は納得がいかなそうに、店員さんが持ってきてくれた布巾でテーブルを拭きながらちらちらとこちらに視線を向けてくる。やめろこっち見るなと思いながら目を逸らすと、私は理解の追いつかないまま目の前に置かれていた氷の解けたハイボールを一気に喉の奥へと流し込んだ。
その後少しの間微妙な空気が流れたものの、諏訪が頼んだ豆腐サワーなるものを皆が飲んだ結果不味すぎるし絵面がシュールすぎてそのまま先程の話題はどこかに消えてしまったが、もやもやとする胸の中が気持ち悪くて酒のペースをあげた結果、情けなくもかなり酔っ払ってしまい結局家が近い風間に送って貰うことになった。

「じゃあ名無之の事頼んだぜ」

「…送り狼になるなよ」

「善処する」

そんな会話がされていた気がするが、正直家に着く頃に酔いが軽く覚めるまでのことはあまり覚えていない。私の家に着いた時、何となくこのままにしておくのは気持ちが悪かったのでそのまま帰ろうとした風間を引き止めお茶でも飲んで、ついでに私に水をくださいと風間と一緒に家に入った。
あとから考えると自分のことを女としてみているという相手にあまりにも軽率だったとは思うが如何せん今までそういう風に見てこなかったし酔いつぶれて部屋の中まで運んでもらうことも、私の家で宅飲みをすることも良くあったので深く考えてはいなかった上、軽く冷めても未だふわふわと頭を鈍らせる酒のせいで思考回路が緩かったというのは言い訳にしかならないのだが。

水を飲んだあとベッドに倒れ込んだ私はゆるゆるとした眠気に誘われながらも慣れた様子で冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぐ風間に気になっていたことを問いかけた。

「風間ってさぁ、私のことすきなの…?」

小さな声だったがテレビも着いていない静かな部屋の中でその言葉は相手にしっかりと届いたようだ。お茶を一口飲み、相変わらずの静かな瞳で風間は私に視線を向ける。蛍光灯の下でもはっきりとした色彩のそれに見つめられるとなんだかむずむずするような、けれど観察するようにじっと見つめられても不思議と嫌な気持ちにはならない。

「そうだ」

「…いつから」

「恐らくだが…初めて、お前に会った時から」

「それって、一目惚れってこと?」

「今思えばそうだな。自覚したのは最近だ」

「ふぅん…好みだったの?」

「特に異性に対して好みというものはない。だが、笑った顔が…」

「笑った顔が?」

「…………かわいい、と、思った」

そう言った風間は、ふいと目を逸らして口元を手で隠してしまう。それでもほんのりと色付いた目元と耳が見えてしまって不覚にもキュンとした。
つい最近人のことを思ってたのと違うと捨てた元彼にもこんなふうにときめいたことなんてなかったのに。ことりとコップをシンクに置いた風間はベッドに近づいてゆっくりと腰掛けた。恥ずかしくて風間の顔が見られない。枕に顔を埋めて、くぐもった声で馬鹿みたいに同じことを聞いてしまう。

「すきなの…?」

「ああ、そうだ。権兵衛…お前が好きだ。」

風間の指が優しく髪をすいて、私の質問ばかりの言葉にも嫌な雰囲気を出さずに優しく答えてくれる。心臓がドキドキしすぎて痛いくらいだ。こんなにも優しくて、愛おしそうな声は聞いたことがない。それだけで風間が本当に私のことを想っているのだと分かってしまうくらい。

「私、口悪いし、下ネタもいけちゃう女だよ?」

「知っている。俺はその気取っていないところが気に入っている」

「すぐ飲みすぎるし」

「酔いつぶれた時はいつでも俺が連れて帰ってやる。俺がいない場なら迎えに行く。」

「わたし、可愛くないし…っ」

「いや…、お前は俺の中で1番……かわいい…」

もごもごと言い訳地味た事ばかりいう私に痺れを切らしたのか、うつ伏せで抱えていた枕をぐいっと奪われてそのままいとも簡単に仰向けにされてしまった。そのまま風間が私に覆いかぶさり、両側につかれた腕によって逃げ道が塞がれる。見下ろしてくる目にはこちらまで染めるような熱を孕んでいて

「もう、言いたいことは無いのか?」

「えっと…う…あの…」

「お前の反応を見る限り、嫌われてはいないようだな」

「きらいじゃ、ないよ…」

「ならばいい加減、覚悟を決めろ」

そして冒頭へと話は戻り
「嫌なら突き飛ばせ」そう言って風間の顔が近づいて、そのまま唇が重なる。少しかさついたその感触と触れたところから溶かすようなとろけるほど甘い熱が広がって、抗うことなんて出来るはずもなく。
ちゅ、ちゅ、と繰り返される触れるだけの口付けは少しずつ深くなり、呼吸すらも食べ尽くされるのでは無いかと思うほど熱い舌と唇に身体の力が抜けきった頃濡れたリップ音を立てて風間の唇が離れた。

「はっ…風間…」

「そんな顔で見るな…俺の理性もそう強くない」

「ねぇ、わたしのことすき…?」

「ああ、間違いなく誰よりも俺が1番お前のことを愛している」

「ふふっ…なにそれ…そんな言い切るの?」

「当然だ」

「そっか…当然なのかあ…」


「…覚悟は出来たか?」

「…うん、いいよ。風間にあげる。私の全部」

「……そういう言い方をされると、抱きたくなるな」

「いいよ、その代わり大事にしてね?」

「当たり前だ。お前が逃げようとしても必ず捕まえる」

「俺から逃げられると思うな」そう言った風間は待ち望んでいた獲物を捕まえた獣のようで、宝物を愛でる子供のようで、そして何よりただの男として、初めて見るその表情と声色全てに私の身体も熱に絆されていく。そのまま2人でベッドに沈み込み、溶け合うように朝まで愛し合った。頭からつま先まで、すべて食べ尽くされるような行為と耳元で囁かれる甘すぎる愛情に、私の脳はとろとろに溶かされてしまったのだ。こんな甘さを知ってしまっては、どうせもう逃げられやしないしその心地良さにすっかり夢中になってしまったのだから風間の大勝利である。

結局その後、何度も何度も繰り返される快感に疲れ果てた私が意識を飛ばしたあと風間が体を綺麗にしてくれた上服まで着せてくれるという甲斐甲斐しいお世話があったようで、2人揃って目が覚めた時には外はもう夕焼けで赤く染っていたことは言うまでもない。

後日諏訪とレイジに報告した時、風間はしっかり送り狼になったことをレイジに少しだけ怒られ、酔っ払いに無理をさせるものじゃないとお説教を食らうのだった。

「おかえり、蒼也」

「ああ…ただいま」

順調に交際を続ける中で、想像をしていたよりもずっと溺愛してくれる蒼也がほぼ毎日私の家に帰ってくるようになったので、いっそ同棲しようという事になるのはそう遠くない話。



頭からつま先まで

(全部愛されてそのうち全部食べられるかも)



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アトガキ
初風間さん短編!いやぁ…書きやすいですね風間さん。
うちの風間さんは恋人には誰より優しく甘々で、ちょっかいをかけようとすると容赦なく排除する感じの愛が重ためな感じです!


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