囁きで昇天


「うす、おはよー」
「おはようよねやん。寝癖跳ねてるよ」
「えっ?マジ?」

清々しい朝、ボーダーB級隊員の名無之権兵衛は登校すると先に教室に来ていた米屋陽介を見つけ、いつものように朝の挨拶を交わす。米屋は同級生かつクラスメイトであり、そして同じくボーダーに所属する友人だ。権兵衛は近距離戦闘員である米屋とは違いスナイパーのポジションを担う戦闘員だが、ボーダー入隊時期は比較的近く、歳も同じことから普通に友人として仲がいい。
そして米屋は権兵衛が周囲に公言していない弱点を知っているうちの数少ない1人だった。
戦闘的な意味合いではないのだが、その弱点はしばしば日常生活でも権兵衛を困らせることがあり、近くにいる時は極力その弱点で参ってしまわないように手助けをしてくれたりもするのだが、訓練のため学校終わりに出向いたボーダー本部で、その弱点によってまさか自分がスナイパーランク1位の男に狙われるようになるだなんていつも通りの穏やかな学校生活を送るうちには到底気づけようもなかった。

「よねやん、私本部行くけどそっちは?」
「俺も今日秀次に呼ばれてるから一緒に行こうぜ」
「おっけー、三輪くんは一緒に行かないの?」
「あいつは昼から城戸司令に呼ばれて特別早退してるよ」
「ならもう本部にいるのね。了解」

授業が全て終わったあと鞄に教科書をしまいながら米屋と他愛ない会話をして2人で本部に向かった。その道中にも昨日のドラマがどうの、こないだの防衛任務がどうのと会話が尽きることなく交わされる。街から離れた場所にあるボーダー本部の道のりは特別遠い訳でもないのだが1人で歩くには少し退屈なので話し相手がいることが権兵衛にとってはありがたかった。

「じゃーオレ、作戦室いくからここで」
「いってらっしゃい、私も訓練行ってくる」
「おう、頑張れよ!」

本部に着いたあとは各々目的の場所へ。米屋は自隊の作戦室へ向かい権兵衛は今日の目的だった射撃訓練場へたどり着くとトリガーを起動してトリオン体に変わる。ぐるりと見回すとほぼ毎日通っている訓練場はいつも通りの見慣れた姿で、今日は東さんの指導する集団の訓練もなく人はまばらだった。自隊の訓練室で射撃練習は出来るのだが周りに人がいる分集中力も鍛えられる気がして権兵衛はよくここを利用していた。
空いている場所に荷物を置きイーグレットを出すと以前の訓練で使用した5発打つ度に離れていく的を設定し弾を打ち込んでいく。
権兵衛はそこまで精密なスナイパーではない。奈良坂のようには精密変態狙撃は到底無理だし、一定以上離れた時の命中率は程々である。距離が開くほどにピンポイントでの急所を狙った命中率は下がっていくが、何故か実戦において動く的を撃ち抜くことはとても得意だった。動きを予想して移動中の相手をぶち抜き、相手の機動力を奪いトリオンを漏出させ疲弊させるそのスタイルはボーダーのスナイパーの中でも中々に厄介として評されており、だからこそこうして訓練の時はしっかりと的の急所を撃ち抜くことを意識している。
トリオン量も玉狛の雨取隊員ほどでは無いが人より多く持ち合わせていた為、時には本職外であるシューター愛用トリガーのメテオラなどを使用した無差別爆撃で戦場を撹乱する役割を担うこともあり、やはり精密なものよりもどちらかといえば火力で押すタイプの攻撃的スナイパーだという自覚もあった。

「(ちまちまやるのは…やっぱつまんないな…)」

普段派手にやっているせいか真面目に訓練には取り組んでいるもののやはり退屈さが否めない。
実戦でこそ発揮される動物的本能とでも言うのか、権兵衛は精神が張り詰めていくにつれて本来の実力を発揮出来るようになる。格下相手の戦闘よりもどちらかといえば格上相手の戦闘の方が自分自身でいい動き、いい仕事をできている気すらしていた。

「あ!権兵衛センパイ!」

いくつか的をボロボロにした頃、1度スコープから離れ立ち上がって休憩していると背後から元気のいい声で名前を呼ばれる。
聞き覚えのあるその声に、今日も元気だなあと思いながら振り向くと笑顔で声をかけた。

「やあ出穂。あと猫ちゃん」
「ちっす!今日もめっちゃやってますね!」
「ほぼ日課みたいなものだからねー、もっと命中精度上げたいし」
「やっべぇめっちゃ真面目…!私も見ならわないとッス」
「出穂がB級に上がるの楽しみだなあ、スナイパー対決しようね」
「え、無理無理!絶対頭ぶち抜かれて終わるッスよ」

そんなことないと思うけどなあと笑うと出穂の頭の上の猫が後ろから歩いてきていた人物に向かって急に立ち上がって飛んだ。その俊敏な動きに少し驚くと飛んだ方に目をやる。なんと出穂の頭から華麗に着地したその場所はNo.1スナイパー当真勇の素敵なリーゼントの上だった。飛び乗られた当真は特に怒る様子もなく頭の上の猫を撫でて笑っている。

「(セットした髪の毛の上を陣取る猫…リーゼントと猫…シュールだ…)」
「オイオイ、すげぇ反応速度じゃねぇか。やっぱ違いのわかる猫すけだなぁコイツ」
「あー!急にどっか行くからまさかと思ったけど、やっぱリーゼント先パイッスか!」
「おっす出穂、名無之」
「こんにちは当真さん」
「こんちわっす!」
「珍しいですね、当真さんが合同訓練以外でここに来るの」
「おー、まあオレもたまには後輩の面倒見てやろうと思ってな」
「リーゼント先パイに教えてもらうと的にめっちゃ当たるんすよ。流石リーゼントパネェ」

その発言に苦笑いしながら訓練を始めるのだろうと促すと元気のいい返事をしてイーグレットを取りだす出穂。私はもう少し休憩するね、と告げてその指導をする当真を眺めながら休憩していると当真の頭の上の猫が不意にこちらを向く。ぴょんとリーゼントの上から飛び降りた猫は何故か権兵衛の所へ来てその足元にすり寄った。

「どうしたの、猫ちゃん。退屈だったの?」

権兵衛は怖がらせないように声をかけて優しく抱き上げると何を考えているのか分からない目で見上げてくる猫を抱えて撫でてみる。無気力というか、なんというか本当に表情の変わらない猫だなあ…と思いながら当真達に視線を戻すと猫の行き先を気にしていたのかこちらを見ていた当真とばちりと視線があった。
なんだか気まずくてにこりと愛想笑いを浮かべるとゆっくりと視線を逸らして誤魔化すように自分の訓練スペースに戻る。猫をどうしたものかと少し悩んだがそんな思いが伝わったのか権兵衛の腕からするりと抜け出した猫は定位置のリーゼントへと帰って行った。本当に我が家のような顔で居座っている。中々に贅沢なベッドだ。
そんなことを思いながら無心で的を撃っていく。イーグレット、ライトニング、アイビス、持ち替えては撃ち持ち替えては撃ち、やっぱりどうしても的が離れて当たりにくくなるにつれてアイビスで吹っ飛ばすようになってしまう。

「うーん…直ぐにどこにいるか分からない位置で急所を撃ち抜けたらなあ…」
「そのためには先ず、一撃で仕留めねぇとな」
「ひゃっ!?と、当真さっ!?」

完全に気を抜いていた時、耳元で響いた声に身体はビクンッと跳ねて権兵衛はその場にひっくりかえってしまった。いきなり声をかけられたにしてもあまりに過敏なその反応に当真は面食らって固まる。見下ろした権兵衛の顔は真っ赤で耳を押さえたまま当真を見上げる瞳は涙で潤んでいた。

「オイオイ…大丈夫かよ?いきなり声掛けて悪かったな」
「い、いえ、すいませんっ大丈夫です…すいません…」
「それにしてもひっくりかえるほど驚かれるとは思わなかったぜ」

「ほら」と声をかけて当真は権兵衛に手を差しのべる。恥ずかしそうにしながらも当真の手を取った権兵衛は立ち上がってもう一度当真に頭を下げた。

「すいません、気を抜いてて…」
「いや、いきなり声掛けた俺が悪いんだし、気にすんなよ」
「はい…ありがとうございます…」

なんとも情けない姿を晒してしまったとしょげる権兵衛を見ながら、当真は先程の反応について考えていた。気を抜いていたにしろ驚き方が派手だったのもあるしその後の真っ赤になった顔と耳を押さえて震えていた様子からなんとなくだが権兵衛は実はとんでもなく耳が弱いのでは?という結論に至ってしまった。本人に確かめてはいない為それが本当かは分からないが何となくそんな気がするという時点で当真の中でむくむくと悪戯心が顔を出し始め、にんまりと悪い笑みを浮かべると目の前に経つ権兵衛の耳に口元を寄せて、先程から考えている疑問を囁いた。

「もしかして、耳弱ェの…?」
「ひゃ…っ!なに…っ」
「なぁ、どうなんだよ」
「と、まさ…っ」

当真がいつもより無駄にいい声で囁いた途端権兵衛の身体がびくりと跳ねて落ち着いていた顔色がみるみる赤く染る。当真が一言発する度にびくびくと跳ねる小さな身体が可愛らしく、恐ろしい程にSっ気を刺激してくるのだから堪らない。
囁く度に潤む瞳もふるふると震えながら弱々しく当真の唇を離そうと押してくる小さな手も、その全てが当真のツボを連打してくる。

「(やべぇ…めっちゃ可愛い…)」
「あの、あの、離れてくださいぃ…」
「なんで?質問には答えてくんねーの」

「俺の声、そんなにいい?」そう呟いた辺りでかくんと権兵衛の足から力が抜けた。その体が崩れ落ちる前に当真が腰を抱き支えたが、こうなると本格的に権兵衛に逃げ道はなくなってしまう。そう、ここまでくればもう分かるが名無之権兵衛の弱点とは耳である。もっと言うと耳が人よりもだいぶ敏感なだけでなく、イイ声、つまるところ権兵衛の好みの声であるがそういったものに死ぬほど弱い。見ての通り少し
囁かれただけで腰が抜ける程なのでこの事実を知る彼女の知り合いたちはそれを知らない人間が近くで話すことのないように気をつけてくれるのだが。

何を隠そうこの当真勇という男は悲しいかなSっ気を持っていた。そして当真は権兵衛のことが以前から気になっていたという事実まで存在しているのである。とは言ってもついさっきまであの子可愛いなーぐらいのものであったのだが、今回の件で確実に当真の心はズッキュンしてしまい、さてこの可愛らしい生き物をどうしてやろうかと考えているレベルになってしまった。

「出穂ー!名無之が調子悪いらしいから俺送ってくるわ」
「え、権兵衛先パイだいじょぶっすか?」
「俺がついてっから心配すんな」
「了解っす!権兵衛先パイお大事に!」

あれよあれよと言う間に権兵衛の荷物と自分の荷物を持った当真は集中して訓練していた出穂にも声をかけ権兵衛を連れ出す口実までサラリと嘯いてさっさと訓練場を後にした。ちなみに権兵衛はこの間ずっと当真に腰を抱かれて支えられたままである。猫はいつの間にやら出穂の頭に戻っていた。

「(出穂…よねやん…助けてぇ…)」

へろへろのまま当真に連れられた権兵衛はどこへ行くのかも分からずにろくな抵抗も出来ないまま冬島隊の作戦室へと連行されてしまった。上機嫌な当真は作戦室内のソファに権兵衛を座らせ、ぴったりとその横に腰かける。

「あの、当真さん…?私帰っていいですか…?」
「なんでだよ、これからがいいとこだろ」
「よくない…全然よくない…」
「やっぱ耳弱ぇんだな?」
「うっ…はい…なので普段は距離をとるように気をつけてるので…離れていただけると…」

「でも、別に嫌じゃねぇよな?」意地悪く口元を釣りあげてわざと耳元で囁く。もう既に当真の中の獲物を仕留めるハンターとしてのスイッチはONだ。少し囁いただけで瞳をうるませるその愛らしさに自分の中の欲が膨れ上がるの感じる。小さな耳に舌を這わせて、甘噛みしてやればどんなふうになるのか。想像しただけで扇情的なその光景に背筋がゾクゾクとする。しかしまだ、手を出すのは自分のものにしてからだと追い打ちをかけるように権兵衛の頭に手を添えて引き寄せ、その耳に唇が触れてしまうような距離で囁き続けた。

「なぁ、俺本気になっちまったんだけど」
「ん…っ、なにが、ですかぁ…っ」
「欲しいってことだよ、権兵衛が。俺のもんになれよ」
「ひゃっ…ぁっ…やめ、てぇ…っ」
「こうされんの、いや?」
「ふ…ぅ…っ、や…っ」

「ほんとに?」真っ赤に染った耳にちゅっと音を立てて口付けると権兵衛の体が一際大きく跳ねた。ただでさえ弱いのに、いい声で囁き続けられるわ何故か口説かれるわでその甘い空気と言葉と声に権兵衛は既に陥落寸前に追い込まれている。スナイパーである権兵衛にとってNo.1の称号を欲しいままにする当真は憧れの存在であったし、ぶっちゃけ顔も声も好みどストライクなのだがこのまま流されるのは流石にどうかと思うし相手が本当に本気かも分からないのに簡単にうんとは言えない。なんて突けば壊れるような脆い言い訳でしかないが、必死にどこかへ旅立とうとする理性を手繰り寄せながら流されたいという欲求に逆らえるのも何時までだろう。

「いいぜ、すぐに返事しなくても。けどオレは落とすって決めたからな。」

「なあ…早めに諦めて楽になっちまえよ」

「とろっとろになるまで、愛してやるから…」

それは文字通り悪魔の囁き。
甘い誘惑の熱に侵されて権兵衛が頷いてしまうまであと少し。手に入れた獲物を心ゆくまで堪能する先が確信できた当真はとどめを刺すようにとびっきりの甘い声で求愛をその鼓膜へと響かせた。




囁きで昇天

(こんなの身が持たない)

(鼓膜からとろけて無くなってしまいそう)


−−−−−−−−−−−−−−
アトガキ
声フェチヒロインが書きたくて…。当真さんはえっち

prev┃◇┃next


site top page
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -