【第11話:夜はお静かに】

「テメェ……なにしてやがる」

夕食にも来ない。宿にも帰って来ない。たぶん、今日はここら辺りに居るとおもう。行き先を記したとは言い難い、行動範囲を示しているだろう雑に赤ペンで丸のつけられた地図だけが走り書きとともにベット上に放られていた。

痺れを切らして探しに来てみれば、いかにも危なそうなジジイどもに混じった小さな姿を見つけた。どこからどう見ても堅気の人間では無い奴らと一緒に居るせいで、凄まじく目立った紫雨の後頭部を丸めた地図で思いっきり引っぱたく。

「イテッ……なにって見たらわかるじゃん。賭け麻雀だよ」
「おい兄ちゃん!この嬢ちゃん、なんなんだ!有り金全部持ってかれちまったぞ!」

煙草と酒の臭いの充満した部屋の中、棒付き飴をくわえて椅子の上で膝を抱えていた紫雨の手元にある、ぶんどったであろう金の多さに呆れ果てる。

後ろで様子を見ていたジジイの一人が渋い顔をして、不満の声を上げる。順調に勝ちまくっていることは、聞かずとも分かる。

「えー。おじさん達がもう一回のラブコールするから、渋々付き合ってあげてるんじゃん」
「……ううん?そ、そうだよな?」

異質な空間に怖気付きもせず馴染んでいる紫雨が口を尖らせながら、ぶつくさと呟く。帰るに帰れなくなっていたのは、このジジイどもが引き止めていたせいだ。暗にそう告げたいのだろう。

「これ勝って、終わりにするからさ。ちょっと待ってて」
「オイオイ、嬢ちゃんもう勝利宣言か?辛いねェ」

ちらりと投げかけられた意味深な視線と妙な微笑みの意図が分からず、眉を寄せた直後その意味を理解した。表情一つ変えず、大胆にも小さな手のひらで隠された牌が瞬き一つの間で挟み込まれる。

「……おい」
「うん?」

何事もなくイカサマを終えた紫雨が手を引いて、口角を上げる。何か文句があるのか。全身で無言の圧をかけてくる彼女に察した。

真後ろから、しかも手元を注視して見ていた俺ならばイカサマに気付いたが、そうでなければ気付かないだろう。いとも容易く、えげつないイカサマの数々がこれまでの勝負に至るまで何度も行われていたことは、せしめた金の山を見れば想像に難くない。

たん、たん、と牌が集めては捨てられてを繰り返す。細い指で丁寧に並べられていく牌の順番を煙草を吸いながら眺め、ぽいっと捨てられた牌を合図に口を開く。

「……紫雨」
「……うん?あ、やば」
「おっと?お嬢ちゃん、ここに来て運が尽きたかい?」
「んー……最大限に回ってきちゃったというか」

国士無双です。ぱたりと倒された牌の列に野太い悲鳴が上がる。予想外の並びだったのか、本人もかすかに目を見開いているのが新鮮だ。

「三蔵、ラッキーマンじゃん」
「兄ちゃん!!なんてことだよ!!」
「はい、賭け金回収ですよ」

借金取りよろしく賭け金を受け取った紫雨のイカサマには最後まで気付かず、若干魂の抜けた顔で見送ったジジイどもに心無しか軽い足取りで帰路に着く後ろ姿を眺める。

膝下で揺れる裾が夜風に吹かれるのを視界の端に入れながら、大股で歩いて隣に並ぶ。今回ばかりはお遊びかと思いきや、先日拾った銃のマガジンを仕入れに行くという、大層な目的があったらしい。

相当物騒な肩にかけられた小さなカバンの中身に上機嫌になっている紫雨を横目に、その用意周到さに呆れて溜息を吐く。何処を探しても戦闘しかない頭の中身の持ち主の彼女には、普通にしてくれと言っても無駄であろう。



明日、出立早いし。山、登るし。念の為、この間の拾い物の銃のメンテナンスと経路の確認するから。三蔵は先に寝てて。

邪魔だと言わんばかりに早々にベッドへと追いやった張本人は、既に風呂上がりから作業を続けていたようで、机の上は彼女の性格に似合わず散らかっていた。普段通りの表情の読めない顔ながらも、相手はできないと訴えてくる雰囲気が伝わってきたから黙ってベッドに寝転んだものの、後々一言くらい声を掛ければ良かったと後悔することとなる。

「……今、何時だ…」

ふと目が覚めて、寝返りを打った。途端、視界に飛び込んできた目に染みる眩しさは寝ぼけた頭にはキツすぎて、ぐっと眉を顰めながら目を細める。部屋の照明は落として構わないと言った紫雨の言葉に、さほど時間は掛けずに作業を終えるのだろうと思っていたのだ。

「紫雨。まだ起きてんのか」

しんと静まり返った室内に、彼女の返事はいくら待てども響かない。そればかりか、心做しか上半身が傾いている。

これは確実に寝落ちている。ベッドから起き上がると、簡易ライトの付けっぱなしになったテーブルに何も考えずに歩み寄る。

「……ッぶね!!」
「おー…………間違えた」

呟きかけた名前の一文字目は、後から出た言葉に乗っ取られた。振り抜かれた腕に、容赦なく銃口がこちらへと向く。ねじ伏せるより先に、ほぼ確実に弾丸に撃ち抜かれる。射線上から外れるのを第一に手首を捻りあげるが、お構い無しに銃を握る手は当初の軌道から寸分もズレずに対象を捉える。

引き金が引かれて発砲されなかったのは、不幸中の幸いだ。咄嗟のことで手加減ができなかった。掴まれた手首の違和感にほんの少し顔を歪めて、目蓋を上げた紫雨に手のひらから即座に力を抜いた。

「ごめん、つい」
「つい、で殺されかけたんだが」
「止めたじゃん」

ほんの一瞬覗いた、息も止まりそうなほど鋭い視線は、眠そうに瞬きがなされた間に元の柔らかさを取り戻して、紫雨は膝上に拳銃を手放す。

いい加減にしやがれと怒鳴りつけたいところだが、すんでのところで緩められて、力の込められた様子の無かった人差し指から、睡眠中の頭でも敵味方の判別を付けたことは大いに褒めてやるべきかもしれない。

「なにしてやがる」
「まだ起きるの早いよ?」

それほど深い眠りについていたわけでは無いらしい。面倒臭そうな顔で見上げてくる彼女は、平然とそんなことを言ってくる。

「寝ろよ」
「三蔵が起こさなかったら、そのまま寝てたかもね」
「あれは寝るって言わねえよ。仮眠との違い、知ってんのか?」
「?どっちも寝てるじゃん。起こしてあげようと思ったのに」
「食事だけじゃなく、睡眠指導も必要だったようだな」

ああ言えば、こう言う。つまるところ、目覚まし時計になる予定だったらしい。どうせ朝起きれないだろうからと適当な理由をつけて、朝になるまで時間を潰そうとしていたわけだ。

町に入ったのが、昼過ぎ頃だった。今から山を登るのは、装備の不備も含めてオススメしない。山登りにどれくらい時間がかかるか分からないから日を改めて、外が明るくなったら宿を出る。朝イチからの行動が良いだろうと、町に入った時点で二人の意見は一致していた。

「わっ!?なにするの!?」

膝上に置かれていた拳銃を机の上に置いて、ブラウスの襟首を掴む。簡単に脱げかけた服がズルリと肩を滑って、白すぎる肌が露になる。これはあまりにも宜しくないと元の位置に直すと、今度は腕を掴んでそのまま椅子から引きずり下ろす。

「さっさと寝ろ」
「……ぎゃんッ!?」

背中を蹴っ飛ばさなかっただけマシだ。代わりに全力で押した背中に、細く軽い身体は簡単にベッドへと突っ込む。

勢い余って、壁に頭から突っ込まれては堪らない。最後に腕を離したせいで、豪快に白いウサギはシーツへと顔から突っ込んでいった。

「三蔵……顔面から行ったんだけど…」

もぞりと起き上がった紫雨が、手近にあった枕を投げたのを片手で受け止める。先程の仕返しとばかりに、枕らしからぬスピードで飛んできた。流石に避けられないだろうと踏んでいたそれが受け止められたことに、あからさまに目元に不服が滲む。

「早く寝ろ」
「ちょっ……」
「寝ろ」
「あてっ……」

手のひらと腕で受け止めた枕で、紫雨の後頭部を叩く。いったい何度叩かせる気だ。身体を起こしている限り、バフバフと叩かれ続けるだけであると遅すぎる理解をした紫雨がようやく身体を倒す。

「いや、待って。こっち三蔵のベッド……」
「早く、寝ろ」
「ぐえっ……あ。はい」

かと思いきや、また身体を起こそうとするから救いようが無い。ばふんっと懲りずに脳天に一撃を食らった紫雨に言葉の圧をかけて、掛布団ごとベッドに強制的に転がす。

「この状況、おかしくない?」
「テメェが野良猫みたいにミャーミャーうるせえからだろ」

法衣があるから掛布団は要らない。一人寝ても幅の余るベッドの空きスペースに身体を倒せば、壁側に追いやった紫雨が小さな手のひらで背中を叩く。

「ウサギなの。ネコなの。どっちなの」
「両方だ」
「それは生物としてどうなの」
「ウサギの皮かぶったネコで良いだろ」
「魔物じゃん」

やれ外敵が、やれ気配がした。たったそれだけで、いちいち臨戦態勢になっていては致し方が無い。すぐに目を覚ます紫雨を隣に放り込んだのは、寝る時くらいは安心しろといった意味も含めてだ。

「だから、誰でも彼でも爪立てて引っ掻こうとするな……疲れるぞ」

薄茶の髪を乱雑に掻き混ぜて、肩まで布団を引き上げる。俺の傍でくらい警戒心を解いたらどうだ。そんな言葉は、恥ずかしすぎて言えたモンじゃない。

喋ってないで、寝ろ。付け足した言葉に納得したのか、それとも納得はしてないものの、口を開くのは得策では無いと判断したのか。向けた背中に小さめの声が掛かった。

「……おやすみ」
「……ああ」

すぐに響き出した寝息に、やっぱり疲れていたんじゃねえかと寝返りを打つ。掛布団を顔の傍で握りしめているせいで顔に掛かった柔らかい薄茶を払えば、何とも言えぬ声が響いて、喉奥で笑ったのは本人には勿論秘密である。

夜はお静かに

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