この場から早く逃げようと大きなスーツケースを転がし、前も見ずに進む。
お店を出てすぐに勢いよく店内に入ってくる人と、
「うわっ!」
「きゃ…っ」
またぶつかって。
もう、本当に有り得ない。
しかもお互いに結構勢いよく行ってたから、豪快に尻もちをついた。
相手はふらついたけど、耐えたようで。
ずるいぞ、このヤロウ。
更に、サングラスが落ちて、自分のスーツケースの下敷きになってしまうというまた出来レース。
今時漫画でもこんな展開、ありそうでないだろう。
「だっ、大丈夫っすか?!」
…この展開は、いつしかも体験した。
『大丈夫っすか?!』
あれはそう、まだ青かった、学生の頃だ。
あの二人がいた以上、きっと…間違いない。
きっと、同じ相手だ。
「…大丈夫、」
「本当っすか?!」
顔を上げようか、上げまいか。
今日に限ってほぼスッピンと言っても過言ではないぐらいの、ナチュラルメイク…いや、手抜きメイクだったから、もしかすると私だとバレてしまうかもしれない。
けれどきっと彼とはそんなに関わったことはない。
私のことは覚えていないだろう。
覚えていたとしても、あまり記憶に残っていないはず。
なんて悩んでいる間に、
「本当に大丈夫っすか?!」
更に心配する沢村くん。
終いには『誰か呼んだ方が…』なんて言い出す始末。
ああっ、もう。
どうしたらいいの…!
顔を上げて大丈夫だって言うしかない。
ていうかもう、私にはそれしか選択肢がなかった。
早く逃げたい。
その一心だったから。
「本当に、大丈夫だから」
そうタカを括って顔を上げた途端に、目を見開く沢村くん。
あ、…っあ…!ヤバい。
「…っなっ!?綾華さん――っ?!」
と大声で彼、沢村くんが叫んでしまったのだ。
幽霊でも見るかのような顔で、私を見る彼。
ああ…やってしまった。
やっぱり、そう数年前のことを忘れたりなんてしないよね。
私がバカでした、ええ、バカでしたとも。
そう思いながら私は、『という訳で、当たってごめんなさい。じゃあね、沢村くん』と逃げようとした。
今、私は会う勇気なんてなかったから。
けれども。
人生やはりそう簡単にはいかなかった。
「―――綾華っ!」
スーツケースを転がしながら走るのは、どう考えても難しいし、遅くなってしまう。
そうじゃなくても相手は現役スポーツ選手。
どう考えても無謀すぎる攻防だった。
あっという間に距離は詰められ、腕を掴まれる。
―――こんな形で再会するだなんて思いもしなかったよ。
「なあ、綾華……綾華なんだろ?」
どうしてそんな声で私の名前を呼ぶの。
どうしてそんなに強くこんな私の腕を掴むの。
どうして、私を追いかけてきたの。
私は、
「…久しぶりだね、御幸」
会う勇気なんて、なかったよ。
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