逃げたあの日から6年―――
久しぶりの日本だ。
長い長いフライトを終え、座りっぱなしだったためにお尻が痛い。
カツン、カツンとブーツのヒールを鳴らして歩く。
憧れたモデルの真似をして、トレンチコートにスキニ―のパンツ、更にサングラスを掛けている時点で気分はまだNYだ。
これはしばらく時差ボケとか酷いだろうな。
ゲートに向かいながら、この空港に関しては何も思い入れなんてないのに、懐かしい感じがすることに、外国から帰って来たんだと。
日本に帰って来たんだと実感した。
「―――帰って来たんだ、日本に」
荷物を受け取り、お土産売り場に向かっていた。
向こうで出来た日本の友人から、『○○空港限定の日の丸マカロンは本当に美味しいから買って帰るのよ!』と言われていた。
それを探し当て、お会計を済ませる。
なかなかいい値段がしたなあ、なんて思いながら歩き始めると、前にいた男の人に軽く当たった。
「あっ、すみません」
「いえいえ。こちらこそすみません」
私が持っているスーツケースと匹敵するぐらいの大きなスーツケースと野球をしているのであろう、バットケースやらエナメルバッグを持つ彼。
そんな彼も、同じようにサングラスをかけていて。
もしプロ野球選手だったらどうしよう、なんて思いながらもそんな偶然があるわけがないと、再び謝ってその場を通り過ぎた。
過ぎた所で、前方からは知ってくるまたサングラスの男がいた。
私とすれ違うと、
「おい、御幸!」
――――懐かしい名前が、聞こえた。
忘れもしない、その名前は。
どうか、どうか。
女の子であってほしい。
そう思っていても、期待はことごとく裏切られる。
「何だよ、まだ時間はあるだろ?」
それは紛れもなく、先ほど当たった彼だった。
『大声で名前呼ぶなよな』
『女子の名前って思われるから大丈夫だろ』
『バカか!それで俺が返事したらわかるだろーが!』
なんて会話が背後から聞こえる。
ああ、もう。
何なの、どんな出来レースなの。
そう思うほどに、私は焦っていた。
何が悲しくて、留学という名目で彼から逃げたのに、帰ってきてすぐに会ってしまうんだ。
「いくら送迎バスが遅れてるからってのんびり買い物しすぎだ!女子か、てめえはよ!」
『はっはっはっ。こんなにゆっくり買い物なんて久々だからよ』なんて適当に返す御幸に、変わってないんだなあと感じた。
そんな彼を呼んだ人も、同級生だった倉持で。
彼らの名前は、向こうでも野球マニアの中では有名だった。
特に、御幸の名前は結構売れてたから、プロ入りしたことは知っていた。
その様子からして、遠征か何かの帰りなのだろう。
それでも、私はその場から動くことができずにいた。
…思ったよりも、動揺していたみたいだ。
「…ははっ、情けな…」
久しぶりに声を聞いて。
あの笑いを聞いて。
懐かしさと罪悪感が蘇ってくる。
変わっていないことばかりじゃない。
6年前よりも少し声も低くなってて、体格もさらに良くなっていて。
そして、さらなる自信が彼からすごく感じる。
きっと、もうすでにすごい選手になっているのだろう。
高校の頃から掲げていた夢が、叶っているんだ。
その姿を見て、安心した。
安心する必要なんてないのにね、全く。
そんな資格、私にはないのに。
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