「部屋から出てきた後は、一心不乱に野球に打ち込んで。正直、監督たちも見てられないぐらいの荒れようだった」
「沢村や俺だって、しばらくはあいつの傍には必要最低限しか行けないぐらいに、あいつは人とつるむことを更にしなくなった」
「…けど、一か月経てば、あいつは元通りになった。その時に言った理由」
―――綾華が俺から離れたのは、俺が不甲斐なかった所為。いつになるか分からねえし、戻ってくるとも限らねえ。だからもし綾華が戻ってきたとき、綾華が安心して傍にいてくれるような男になっておくしかねえ。
その理由を聞いた時。
思わず、涙があふれた。
…しまった、と思った。
涙を流してしまったら。
私は、私の心の中にいる、わずかな気持ちが、溢れてしまいそうで。
起こしちゃ、だめなんだよ。
「…っ何でよ…私が勝手に離れたのに…」
「御幸は“勝手に”とは思えなかったんだよ。それだけ、綾華に対して…」
“愛情と信頼があったんだろ?”
なくなったとは思ってなかった。
けれど、薄れたとは思っていた。
実際に、留学して、彼のことを思い出すことはあっても、一緒にいた頃のような、『好き』とか『愛してる』とか。
そういった感情はあまり表に出てこなくなってたのに。
なのに、起こしちゃだめだ。
私は、
「…止めて、倉持」
「…何でだよ、綾華」
「私は、御幸の隣に立つべき人間じゃない」
御幸の隣に立つべきじゃないと言っているのは、立場だけじゃない。
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