歪みの国と影アリス | ナノ
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 第四幕

***

おねえちゃん!
また、たたかれた? ひどいことばをいわれたの?
いたいよね。
くるしくて、かなしくて、つらいよね。
ごめん、ごめんなさい。
なにもできなくて。
たすけて、あげられなくて。
まもられてばかりのだめなわたし。

どうすればおねえちゃんをまもれる?

どうしたらあなたは、わらってくれますか?

そのためなら、わたしは――……

***

「シロウサギ……」

真っ暗な道をイリスは歩いていた。
アリスの元へ行くために。

けれど、ふと目の前を横切った姿に無意識に言葉を漏らした。

――欠片がアリスと会ったのか。

この世界において、私とアリスは繋がっている。


互いがどこにいても分かるし、強い思念を送り、そして読み取ることができる力。

アリスが忘れてしまっているから、前よりもずっと弱く不安定で一方通行な回路だけれど。

怖がらないで、アリス。
彼はあなたのために歪んでしまったの。

けれど気にやまなくていい、それは私の責任でもあるから。

だけど、どうか否定しないで。

シロウサギのこと。チェシャ猫のこと。この世界の住人のこと。


――私のこと。



掻き消えたシロウサギの残像があった場所を通り過ぎて、この真っ暗な道の出口を目指す。


アリスはもう、パンを食べた?

扉を潜ったのかな?


いつか一緒にみた不思議の国の絵本のお話通り。

私たちもそんな世界に行ってみたいと願った。

不思議で愉快で、私たちを愛してくれるヒトたちに会いたいと願った。

そうして産まれたこの世界。
道案内は神出鬼没なチェシャ猫の役目。

彼が一緒なら心配要らないとは思うけれど。


彼らはお行儀良くしているだろうか……。


「アリスを、食べようなんて思っていなければいいけど」




**亜莉子視点**

扉の向こうにいたのは、熊みたいに大きな(亜莉子が小さいだけ)ハリネズミのハリーと、絆創膏だらけの親方でした。

「これ……ずいぶん大きくないですか?」

仕立屋らしきそこで、親切から"アリスの服"を持ってきて貰ったは良いものの、普通の人間サイズの子供用位の大きさがあった。

今の亜莉子に、これは大きい過ぎる。

「いや、これがアリスの服だからな」

緋色のエプロンドレスに黒い靴。亜莉子から見れば、敷布団を二枚並べた位ある。

それでも、大きくないのだと言う親方に続いて、ハリネズミが「試着室へ運びましょうよう」と親方を促して、運んで貰ったのだが……

「ここ……被服室だ」

学校の被服室のなかにある、今のアリスにとっては巨大な試着室に入り、ハリーが外からカーテンを閉めたことで、着替えて見せなくてはならなくなった。

こんな大きな服、入るわけないのに。

まるで、裸になることがわかっていたかのように、ご丁寧にも下着まで用意されていて――気味が悪い。

とにかく一度腕を通してみれば無理だと納得するだろうと試してみたとき、不思議なことに、それは見事に亜莉子の腕に吸い付くようにぴったりと縮んだ。
ためしにもう片腕も袖を通す。

あり得ない。だが、そんな現象なら今日だけでどれだけ体験しているのか。
こんなものなのだ、と無理矢理納得している亜莉子の耳にひそひそ声が聞こえてきた。

「……一本くらい……」
「……におい……しょ……」
「……猫が……」
「……極上の……あじ……」
「……じょうぶ……」
「……かし、影……が……」

声が小さすぎて聞き取れない。
何の話をしているのだろうかと、こっそりカーテンの側まで寄ろうとしたとき。

「どうですかあ?アリス」

びっくりした。盗み聞きをしようとしていたから余計にだ。

「は、はい!あ、いや……もう少し待って!」

中途半端に纏った服を、今度は下着から身に付ける。

靴を履き、リボンもエプロンもつけたところでまた声がかかった。

「ああ、お似合いです、お似合いですう!」
「やっぱり……アリスはこうでなくっちゃなァ」

二人して褒めるので少し照れると思いながら、素直に礼を言う。

そして、お代の話になったとき。僅かに雰囲気が変わった。

そしてハリーは言う。

「腕、一本ください」

「……は?」
「二本もあるんですから一本くらいいいでしょう、ね?」

右手を掴まれたことで、その小さな手にも爪があるのだと気付いた。

腕が駄目なら足。足が駄目なら指を二本でいいという言葉に恐怖が湧く。

それらは全て、彼らが食べるためらしい。

アリスは極上の肉だと。

親方に体を押さえられ、裁断バサミを手にしたハリネズミが近付いてくる。

腕でも足でも指でもどこでも、食べられるなんて、そんなの嫌だ!



「ぼ、僕らアリスが大好きなんですよう!!」
「じゃあこんなことしないでよ!」
「ほらー、良く言うじゃないですか、食べちゃいたいほど好きだって!!」


「――どんなに好きでも、食べちゃダメだよ」

ハサミが近づいてきたその時。

柔らかくて、何処か懐かしい声がその場に響いた。






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