▼ 第十二幕
優しいアリス。優しい、優しい……私たちのアリス。
驚かせてしまった……なんて、本当は違う。
あのとき一瞬だけ、ほんの極僅かに伝わってきた感情は、確かに怯えだった。
私がアリスを怖がらせたのだということを肯定されるのが怖くて、咄嗟に言葉を変えた。
だからアリスにお礼を言われて、どう答えていいか分からず少し困ったように頬笑んだ。
それでも向けられたものが恐怖でも拒絶でも無かったことに安堵する。
そうしているうちに、アリスは公爵夫人の元へ行く代わりに、このレストランの従業員……カエル達に話を聞くことにしたようだ。
これには特にチェシャ猫も私も渋る要素はない。
ただ、カエル達のことだからきっと……。
地獄絵図と化している厨房に足を踏み入れる。といっても、私とアリスは相変わらずチェシャ猫の上だが。
助けてください、とか細く聞こえたSOSにアリスと共に下を見れば、如何にも過労で瀕死なカエルが這いずってやってくる。
何をするつもりなのかチェシャ猫は私たちを近くの調理台に下ろした。
カエルはチェシャ猫のローブを掴み、焦点の定まらない視線をあげる。
しばらくぼうっとしていたがやがてチェシャ猫の笑い顔を見つけたのか、やっと視点が定まった。
「あれぇ……チェシャ猫さん? それに、何だかちっさいですけど影アリスじゃないですかぁ…………ん? ってことは……」
そして、一匹のカエルがチェシャ猫と調理台に立っているイリス。そしてその隣にいる、もう一人の少女の存在に気がついた。
「アリス! アリスですねッ!?」
急に元気になったその声に、そこら中で死体と化していた他のカエル給仕達が次々に顔をあげていく。
「アリス?」
「アリスだって?」
「アリスだ!」
「アリスが帰ってきた!!」
一気に生気を取り戻したカエル達の歓声が溢れ、彼らは調理台にその跳躍力を生かして飛び乗る。そして……。
「「「「おかえり、僕らのアリス!!」」」」
「いやあああッ!!」
(……やっぱり、こうなったわね)
「ギャッ!」
「いたッ!」
「ぐえっ!」
聞こえてたカエル達の悲痛な声に嘆息する。
先ほどの状況を説明すると、だ。
感激のあまりアリスに飛びかかってきたカエル達。
それに驚き、しゃがみこんで咄嗟に衝撃に備えたアリス。
そんなアリスをつまみ上げたチェシャ猫。
飛び付く標的がいなくなったカエル達はそのまま、先ほどまでアリスがいた場所で山になっている。
ちなみに、この状況を予想済みだったイリスは、素早く避難させていただいた。
「アリスゥ〜……それに、影アリスまで〜……」
「ご、ごめんね。でも私カエル苦手なの……」
……そういえば、そうだったわね。
というか、
「誰だって潰されるのは嫌だと思うのだけど……?」
アリスは安全な位置……チェシャ猫の肩の上に戻ったことで、イリスもまた乗らせてもらうことにする。
結局、なんで調理台に下ろされたんだろう?
そんな疑問に、イリスは一人首を傾げた。
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