▼ 第十一幕
**アリス視点**
――チェシャ猫……"私"が止まれと言っているの。
空気が凍てつくような……いっそ、あの一瞬、世界の全てが凍りついてしまったのかと思えるほどの雰囲気をイリスは放っていた。
少し大袈裟かもしれないけど、それでも私はあのとき呼吸の仕方すら忘れた。
チェシャ猫もまた、イリスの声に石になったかのように踏み出しかけた足を浮かせたままの常態で静止していた。
なんだか、心臓まで止まってしまっているのではないかと思って、イリスを気に掛けながら呼び掛ければ、チェシャ猫よりも先にイリスが反応した。
ハッとしたような顔をして、慌てて命令を撤回すると、さっきまでの怖い雰囲気が幻だったかのように元のイリスに戻ってチェシャ猫へ謝罪する。
その謝罪の真意はわからない。
怒ってしまったことへの謝罪かとも思ったけど、なんとなく違う気がするし……。
ただ、後悔の念を抱き苦しそうな表情を浮かべたイリスを見て、チェシャ猫の変わらないにんまり顔が優しく微笑んだように見えた。
(え、え? あのチェシャ猫が微笑(わら)った!?)
いや、あのって言っても知り合って一時間も経ってないけど。
「アリス……?」
自分の思考にのめり込んでいたら、イリスが心配そうな顔でこちらの様子をうかがってきた。
チェシャ猫の手のひらの上からだからちょっと距離があるけど。
「あ、ごめんっ。少し考え事してて……」
「アリス……ごめんなさい。さっきはその……驚かせてしまったでしょう……? 」
「まぁ、確かに驚いたけど、イリスは私のために怒ってくれたんだよね? だったら、謝るようなことじゃないよ! むしろ、イリス。ありがとう!」
そう言って笑った私に、#イリス#は少し困ったように、だけどほっと力が抜けたように微笑んだ。
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