姫と呼ばれしヒト | ナノ
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 ご当主のお話

「ご当主様。紗季宮様がいらしております」


案内された部屋に、女中がやや固い面持ちで声をかける。
返事が返ったのを確認して、低頭して襖を開けた女中は怒りを買わない間にと、そそくさと礼をして去って行った。

脇息に凭れていた独特の雰囲気を持つ青年……草摩慊人に、呑気な笑みを浮かべ、「やっほー」とひらりと手を降りながら襖の影から顔をだした。

それに目を細め、笑みを口にのせた慊人は体を起こしてこちらを見る。


「……やぁ、九恵、良く来たね……三ヶ月振りかな。何していたの……?」

「ふふ、久しぶり慊人! あのね、今とある計画の真っ最中なの!」

答えになっていない答えを楽しげに返しながら部屋にはいる。

「計画……?」

「うん! あのねー 前からウチはちょっとややこしかったでしょ? 最近更に面倒なことになってるから家出しようかと思って、その計画を進行中なの!!」

慊人の前を横切って縁側の前まで来ると、振り替えってどうだとばかりに胸を反らす。

……無い胸とかいっちゃいけないと思うの!


「ふーん……面倒なことって?」

「分家の叔父さん夫婦が下剋上狙ってたり、お母さんが私の暗室計画実行してたり!」

成功してないけどね! と九恵は笑う。

だが、絶対清清しい笑みで言うことではない。


けれど紗季宮家が草摩家と引けを取らない位には名家であり、ドロドロでぐちゃぐちゃなのは今さらだ。


「怪我はないの? いっそ、紗季宮の家を潰すのも楽しいかな……」

九恵の肩口に顔を埋めてくつくつと笑みを浮かべる慊人に、「それもいいかもだけど、ダメだよ?」と、軽く返す。

あそこには弟がいるから潰すのは却下。

あんまり関わり無いけど、ツンデレで可愛いの!

「でねでね、私、慊人に頼みが――」

「失礼致します。慊人様、紫呉様がお越しになられております。至急、お話ししたいことがあると……」

九恵の話を遮り、聞こえてきたのは先程とは違う女中の声だった。こちらの方が幾ばくか年配らしい。

「紫呉が……? …………いいよ、通して」


少し怪訝そうに、というか若干不機嫌になりながら
も慊人がそう言えば、襖が開いて奥から懐かしい顔が覗いた。

「あ、スーツ着てる。ちょっと違和感あるねー」

「! 九恵? どうしてここに……」

「それより、ご当主サマに挨拶しなくていーの?」

慊人の部屋に予想外の人物がいたからか、驚きで一瞬思考停止していた紫呉は、九恵が促したことで漸く慊人に向き直って、その正面に座って居住まいを正した。

九恵はその間に縁側に座って、様子を眺める。


一瞬、紫呉が何か言いたげな顔をしてこちらを見ていたが、内容は大体想像がつくのでスルーしておいた。


「やぁ、紫呉……。久しぶり。しばらくここには寄り付かなかったのに……何の用?」

「あはは……実はちょっとご相談がありまして……」

「何? 言ってみなよ……」

乾いた笑い声を発しながらも、紫呉の顔は緊張からか固い表情をしている。
彼が口を開きかけたとき、ふと思い至ったかのように九恵が突然声をあげた。

「ね! 慊人ー紫呉にぃ、私聞いてていーの? いちおー外の人間だし、それ以前に草摩じないよ?」

「……いいよ。九恵はここにいて。紫呉も、構わないだろ……?」

「……ええ、勿論。 えーっと、それでですね……」


慊人に問われて、緊張した様子の紫呉から語られた内容に、九恵はきょとんとして目を瞬かせた。


“本田透という少女に、草摩の秘密を知られた”


確かに、至急と言うくらいには慊人に知らせなくてはいけない大事だ。

それと草摩夾が修行していた山から降りてきたって報告もあったけどそれは割愛するとして……。

紫呉は、その少女のお世話になっている家の事情から、暫く自分の家に置いてあげたいということだった。

だけど、草摩の秘密の件や紫呉の要求以上に、九恵は語られたその名に驚いていた。

(なんで透くんがそんなことになってるんだろう……?)

「九恵……?どうかしたの」

「へ……? ああ、いや。あのね。私の友達にも、透くんって名前の子がいたから、同一人物かなって思って。元気で明るくてぽわーんとしてて可愛くて、すっごく優しい子なんだ〜」

「ああ、多分その透くんで間違いないよ」

どうやら九恵の説明で理解できたらしい。
紫呉が頷いた。
なんか、ぽわーんで一番納得された気がする。

慊人が無言で立ち上がって、九恵の座る縁側まで来て、その背にしなだれかかるように抱き着いて来る。

九恵はいつものことなので気にしないが、紫呉が息を呑む気配があった。

次に慊人から飛び出す言葉が分からなくて身構えているのだろう。

暫しの沈黙の後、慊人は口を開く。

「ふーん……そうなんだ。いいよ、その透さん? って人、信用するよ……」

「慊人さん……?」

普段そういうのは絶対許さない慊人がそんなことを言うものだから、紫呉が警戒を顔に滲ませた。

まぁ、確かに。いつもなら、はとりに記憶を消させるのだけど。

(透くんなら忘れる何てしたくないって言いそうだね。……傷付いてしまうかもしれない道ならあんまり選んで欲しくないのになぁー……)


「いい機会だ。ユキにも、キョウにとっても……」

正し、草摩家で忌み嫌われている猫の物の怪憑きの草摩夾に、彼が一番に嫌っている草摩由希と同じ家に住み、同じ学校に通わせることが条件、というところで、九恵は突然瞳を輝かせて二人に視線を向けた。


「キョウ、紫呉の家に居候するの? だったら、もう一人くらい増えても問題ない!!?? ないよね!!」

「え……?」

「急にどうしたの……?」

紫呉と慊人がポカンとしているなか、勝手にうんうんと九恵な頷く。

そして、可愛い顔に満面の笑みを張り付けた。

「私も紫呉のとこに居候する!」






「「…………えっ?」」



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