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「ハデス、あれがこと座か?」

「あぁそうだ。」

「アポロンの竪琴と言われているのだったか…日本神話にもよく似た神話があるが、死者を連れ戻そうとするとは愚かだな。」


自分と同じような感性、けれど確かに違う考え方捉え方。星座と神話について話すシャナの隣でハデスは彼女の頭を撫でた。


「なんだ?まだ何か辛いことがあるのか?」


元がしっかりした性格なのだろうか。またハデスが何か考えているのだと見抜いたらしいシャナは、望遠鏡から顔を離すとその額をハデスの胸元に押し付けてくる。猫のような仕草に微笑みを零すと、上空で1つ星が流れた。

一瞬だけ、先ほどのように不幸を自分の力で払い除けてしまうシャナとなら、一緒に居られるのではないかと思ってしまった。
安全よりも一緒に居る幸せを選んでくれる彼女となら、一緒に居られるのではないかと思ってしまった。


「俺は…お前が大切だ。どうにかして、幸せにしてやりたいと思う」

「私だって同じだ。ハデスには幸せで居て欲しい。…いや、少し違うな。幸せになっても良いのだと、知ってほしいといったところか?」

「随分難しいことを言う。俺は冥府の王だ。幸せになどなれようはずもない」

「私が側に居ても駄目か?」


人間の姿に戻った時に、少し短くなったシャナの髪の毛が風に揺れた。甘い香りが漂ったような気がした。


「私が側に居ても、ハデスは幸せになれないか?」

「…お前を、不幸に巻き込みたくない」

「私はハデスと一緒に居れば不幸にはならない。最愛の人が側に居るんだぞ?誰が不幸になろうものか。ハデスが望んでくれるのなら、私は卒業後、ギリシャ神話の世界に行きたい」


ハデスは衝動的に、シャナをぎゅっと抱きしめた。両腕の中から「苦しいぞ」という文句が聞こえるが、苦しいのはこちらの方だ。

愛しい、という言葉がどれだけ嬉しいか、きっとシャナには分からないだろう。
その身にずっと不幸という呪いを受け続けたハデスが、愛しいと言われることの恐怖はシャナには分からないだろう。
その愛しい気持ちを、迷わずぶつけられることの驚愕が、シャナには分からないだろう。

ぎゅっと心臓が押しつぶされそうなほどの幸福感に、ハデスは己の体がはちきれてしまうのではないかとすら思った。


「………本当に、構わないのか?」

「もちろんだ」

「お前まで、不幸になるぞ」

「どんな不幸も受け入れよう。ハデスの側に居られる幸せと差引ゼロくらいの不幸なら、耐えられるしなんの問題にもならない」

「ならば俺も、お前を幸せにするために…側に居させてくれないか」


すっと腕を緩めると、紅潮しはにかんだ笑顔を浮かべたシャナが居た。ハデスはそっと前髪を避けると、額に唇を寄せた。くすぐったそうに身をよじるシャナの後頭部に手を添えて、次は唇同士を軽く合わせた。
触れただけのはずなのに、なぜか全身が溶けてしまうような気がした。甘い感覚が口の中に残り、これだけでは足りないともう一度唇を合わせる。回数を重ねるごとに長く、舌を使い、口からお互いが溶け出て混ざってしまうように。

シュンと高い音をたてて、二人の上空を星がまた1つ流れた。
夜空を流れだした星々に、二人はそっと唇を離し、どちらからともなく空を見上げた。二人が待ち焦がれていた星々の最後が始まっていて、儚く消えていく星々の命は最後の餞(はなむけ)にとひときわ輝いている。


「綺麗だ」

「あぁ。冥府からでは…こうも広い空はそう見えないから。」

「シャナ。学園に居る間に、ここでしか出来ないことをたくさんしよう。お前が人間としてやりのこしたこと、本来極楽でするべきだったこと、楽しいことをたくさん…俺はそれを、側で見守っていたい」


シャナは驚いたようにこちらをハッと見上げ、それからお互いの隣り合っていた手を握ってきた。ハデスはそれをそっと握り返すと、もう一度と促すようにゆっくりと空を見上げた。




 ◇ ◇ ◇




草薙結衣の発案により夏休みがあり、その夏休みが終わるとあっという間に箱庭は秋に突入した。9月は日本では夜長月と呼ばれ、夜が長くなるのだと月人が教えてくれた。シャナは夜が長ければ月や星が綺麗に見えるな、と少し浮足立っている自覚もあった。
ハデスと共に居るようになってから、ロキやバルドルは嬉しそうで、トトもどこか安心したように頭を撫でてくれる。尊からはなぜか「姉ぇ」と呼ばれるようになり、月人には月にまつわる話を教わった。

そのうち、シャナはだんだんと人間への嫌悪感が薄れていくのを感じた。

秋も深まり…箱庭では突然季節が変わるため、深まるも何も無いかもしれないが、ともかく秋になってからしばらく経った頃、シャナはゼウスに呼び出されて学園長室へとやってきていた。
そういえば、ゼウスには箱庭へ召喚されて以来、ろくに喋ったこともない。ここへ来た理由を説明してくれたのもトトであったし、何より学園長室という響きがなんとなく重苦しくてシャナは嫌いだった。

案の定、赤絨毯が引かれた無駄に豪華な学園長室は、学び舎の一室というよりも王宮の中という方がしっくりくる内装だった。


「シャナよ、よく来たな」


重たい扉を開くと、王座のようなものの上にゼウスが、そしてその隣にはよく見知った青年が立っていた。


「アフ・プチ…?何故ここに居るのだ?」


人間の姿に変化しているようだが、神化したシャナと同じような真っ黒な衣装、真っ赤な瞳、そして夜明けの空のような色をした髪の毛。そして不幸を体現したかのような纏う雰囲気。まぎれもなく、シャナが死後ずっと世話になっていたマヤ神話の神、アフ・プチであった。


「やぁ、久しぶりだね、シャナ。僕と会えなくて寂しかったかい?」

「たかだか10ヶ月だぞ、寂しくなんてなるものか!!」

「いやだなぁ、シャナってば神になった頃からどうも冷たくなったよねぇ」


アフ・プチはゼウスの隣からシャナの方へ歩いてくると、ネクタイを引っ張ってみたり、スカートが短すぎると文句を言ったり、シャナの頭を撫でたりと久々の再会を楽しんでいるようだった。


「何をしにきた」


思ったよりも低く鋭い声が出たのは、早く教室へ戻りたいからか、はたまたアフ・プチにじっくり観察されている居心地の悪さからなのかは分からなかった。


「今日はね、シャナに大事な話があって来たんだよ」

「大事な話?」








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2014/09/02 今昔
急遽、ちょっと宿命END的な展開を思いついたので分岐します
ハデスさんとイチャイチャした方は恋愛へ、涙腺緩めたい方は宿命へどうぞ。




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