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「今日はね、シャナに大事な話があって来たんだよ」

「大事な話?」






【恋愛END:もっと、もっと輝ける】






「シャナ…お前さ、ちょっとギリシャ神話に移住する気ない?」


アフ・プチの口から発せられた台詞に、シャナは目を丸くした。
基本的に、まず神話同士の国境を超えることは少なくない。あの国のあの神と、この国のこの神は同じ神様だろう、というような神は多く居る。人間の移住に伴い宗教が混ざり合った結果、そういうことは頻繁に起きている。
特にギリシャ神話はキリスト教の信仰者が増えると同時、どんどんとその勢力を拡大してきた。つまり、ギリシャ神話に飲み込まれ消えていった神話や神もあるということだ。裏を返せば、ギリシャ神話では人手不足など起きそうにないということであり、シャナはアフ・プチの発言の意味を捕らえかねて顔をしかめた。


「ギリシャ神話へ、とは一体どういうことだ」

「ほら、各国の冥府って深いところで繋がってるだろ?マヤは比較的狭いし人間の人口も少ないから、ギリシャの冥府にIターンで人員よこせって煩いんだよねぇ」

「……本当は?どういう理由だ」

「あっは、バレバレだった?でも半分は本当だよ」


アフ・プチはにんまりと怪しく笑ってみせると、手にしていたしゃくでピシっと早苗の背後にある扉を指さした。


「シャナ。ハデスが好きなんだろう?嫁に行けよ」

「はぁ!?いや、私は…あ〜…」

「政略結婚ってやつさ。僕とハデスは外交的な意味で幸せだし、お前とハデスは一緒に居られて幸せ、完璧じゃないかぁ〜!」


呆気にとられるシャナの背後で、ギギギっと扉の開く音がした。同じくらいギギギとぎこちない音がたちそうな仕草で振り返ると、いつものような穏やかな笑みに冥府の王としての威厳も感じさせるような雰囲気のハデスが居た。
それからハデスは、探るような心配そうな視線をこちらに向けてくる。シャナはその視線は彼が「シャナの気持ちが知りたい」と思ってくれている証拠なのだと思いあたった。シャナは先ほどのアフ・プチの問いにしっかり答えていない。ハデスを不安にさせてしまっているのだと気づいたシャナは、勢いよくアフ・プチを振り返った。


「私は行く!ギリシャ神話の世界に行く。でも政略結婚だんて言い方はやめてくれ。私は私が望んでハデスのところへ行くんだ。私の意思が無いみたいな言い方はやめてほしい。」

「だってさ〜、ゼウス。箱庭ももうすぐ終わりだろ?シャナはこっちに返さなくていいから、アンタのギリシャに連れ帰ってよ」

「本当に、良いのだな?シャナ、儂が言える立場でないことは重々承知しているが、ギリシャの冥府も暗い」


シャナはゼウスの気遣いにフッと鼻で笑ってみせた。


「私はマヤの冥府で最奥に住まう神だぞ?それに、ゼウスが思う程、"女"は弱くない」


シャナの返しに同じようにふふんと笑ったゼウスは、なんだか記憶の奥底にある父親という存在に似ているような気がした。もっとも、ハデスと共に居ると言い切ったシャナから見たら、義理の弟になるのだが。
ハデスはあのゼウスの兄なのかと思うと何故だか面白くて、シャナはくすくすと笑った。こんな風に笑うことさえ、箱庭に来なければありえなかっただろう。ここへ呼び寄せてくれたゼウスにも、教室で様々なことを教えてくれたクラスメイトたちにも、そして何より根気強く側に居てくれたハデスに感謝せねばならぬだろう。


「シャナ。」


背後から呼びかけてきた優しい声に振り向けば、少しだけ両腕を広げたハデスがおり、シャナは迷いなく飛びついた。少し勢いをつけすぎたのかハデスを半歩下がらせてしまったが、しっかりと抱きとめてくれた。


「これで同じ場所に帰れるぞ、ハデス!」

「俺と違う場所に帰るつもりでいたのか?」

「っ…意地悪を言うな。本当ならマヤに帰らなくてはならなかったんだ。」

「そうだな。本来なら、お前はマヤに戻るはずだった。こんな形で、冥府を統べる立場であることを喜ぶことになろうとは…お前にはいつも驚かされる」


お互い冥府で不幸を受けている身であるはずなのに、どうしてこうも幸せだと思えるのだろう。シャナにはそれが不思議でならなかったし、こうして愛しいと思う人の側に居られることは他の人にとっては普通なのかもしれない、とも思った。
神同士。同じ冥府の神。共通点も多い二人がこうして一緒に居られることは、他の神々にとっては普通のことなのかもしれない。小さな幸せであるのかもしれない。けれど、シャナにとって、二人にとっては、それはとても大きなことだ。


「箱庭を去っても共に居ることが出来るのだ。もう、躊躇うことはないな?」

「当たり前だ!」


二人はひとしきり抱きしめ合い、アフ・プチが呆れてため息をつくまで幸せをたっぷりと噛み締めた。




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