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「ハッシュ」
「…何スか」
「別に説教とかお小言いいに来た訳じゃないんだから、そんなに邪険にしないでよ。手、出して?」
外に出て、ハッチの縁に座ってぼうっとしているハッシュを見つけ声を掛けると、ハッシュは声をかけられたことに驚いて少し目を丸くしたあとバツが悪そうに目を伏せ、イオナに尋ねた。「小言をいいに来たわけじゃない」ということを伝えても「じゃあ何しに来たんだ」というような顔をするハッシュの様子が少し人馴れしていない犬のように見えて可笑しそうにイオナが笑えばそれを悪いように捉えたのかハッシュはイオナを一瞥するとすぐにそっぽむいてしまった
(……可愛い)
ますますハッシュが犬のように見えてきて可愛く思えるようになってきた。しかし顔に出せば彼の態度はもっとふてぶてしくなることは容易に想像できたので表情や声には出さないよう堪えイオナはハッシュのそばへ歩み寄った
「よいしょ、っと…手、出して」
「……」
「冷やすもの持ってきたから」
「別にいいんで…」
「仕事できなくなってからじゃ遅いんだから、念の為だよ」
「…ん」
イオナに諭されるとぶっきらぼうに手を差し出すハッシュの手をとってイオナは持ってきた小さめに砕いた氷の入ったビニールを患部にあててハンカチで縛った
「キツくない?」
「大丈夫です」
「そっか、よかった。痛んだりしたら教えてね」
「…ありがとうございます」
(……敬語)
敬語なんてつけなくてもいいんだよ、そう言おうとした矢先の事だった
「死ぬのは、怖くはないのか」
下から声をかけてきたのはデイン。彼もまたハッシュより少し前に入ってきた新人だ。彼の質問に少し間をあけてからハッシュが答える
「……怖くねえやついんのか」
「だな」
(良かった、焦ってはいるけどちゃんと自分のことは大事にしてる……)
「でも、もっと怖ェもんがある。
俺はスラムの出でさ、親のいないガキ同士で集まって暮らしてたんだ」
そう言って、ハッシュは自分の話をしてくれた。ビルスという自分たちの兄貴分がいたこと、そしてそのビルスが自分たちのため兵隊になろうとCGSに行きそこで阿頼耶識の手術に失敗したこと……
「俺たち皆思ってたんだ。ビルスについていけば、何とかなるって……
だから俺が次のビルスにならなきゃなんねぇんだ。俺は絶対にモビルスーツに乗ってみせる。そして、三日月・オーガスを超えてみせる」
「……」
ぐっと左手を握りしめるハッシュの目には強い意志が込められていて、イオナはその目に吸い込まれそうになる。
「俺についてきゃあ何とかなるって……お、おい」
「頑張れ」
話が終わるとそう言い残してデインは先に立ち去ってしまった。ハッシュは「調子狂うなあ……」と肩を落とすと隣に座るイオナの方へ視線を移した。デインの背を見送っていたイオナもそれに気づくとハッシュと目を合わせる
「あ、私も行くね。アトラに仕事任せてきちゃったし……話聞かせてくれてありがとう」
「いや別に……」
「わっ……!!」
イオナが立ち上がってその場を離れようとすると、ハッシュの言葉を遮るように強い風が吹き、風に煽られたイオナのキャスケットが飛ばされる。
「危ねっ、これ……!!」
ハッシュは咄嗟に立ち上がり振り返って手を伸ばした。キャスケットを掴みとって、手に取ったそれをイオナに渡してやろうとイオナの方へもう一度振り替えるとキャスケットの中ににしまっていた一本の束に結わえられた長い髪を押さえているイオナの姿が
「……」
「ふう…結構強かったね今の風……あぁ取ってくれたん、だ…ハッシュ?」
「えっ…ああ……これ、どうぞ」
声をかけても耳に届いていない様子で自分をマジマジと見つめるハッシュの様子にイオナが少し体制を低くしのぞきこむようにして彼の顔をうかがうと、やっとハッと気がついたハッシュは少しあわてて手に持っていたキャスケットをイオナに手渡した
「ありがとう。どうかした?私に何かついてる?」
「あ、いや……その、髪……長かったんスね、始めて見たから」
「ああそっか。うん、普段はあんまり外さないし短い印象だったよね、“よく言われるよ」
昔クーデリアに驚かれたことを思い出して思い出を懐かしみながらイオナはまたキャスケットを被り直した。
「ハッシュも風邪引かないようにね。それと、明日にでもアトラにはちゃんと謝るんだよ?それじゃあおやすみ」
と言ってその場を離れようとする。ハッシュが返事をしようとするその前にイオナは「あ!」と声をあげ振り替えると
「敬語、同い年なんだしなくてもいいんだよ、お兄ちゃんのことも気にしなくていいから!」
とつけたして「じゃあね」と駆け足気味に行ってしまった
「なんなんだ……」
一人ポツンと残されたハッシュは少し疲れたのか、ため息を一つついて「やれやれ」といった風に頭をかいて自分も建物の中へ戻った