許されぬ気持ちへの鎮魂歌【宮牧】
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じゃらん…

今日はなんとなく、なんとなく気持ちが高ぶっていたのかもしれない。

じゃらん…

クラシックギターをミュートしたままひっかく。
私には、ギターなど不釣り合いかもしれない。
でも何故か私は出逢ってしまったのだ。

じゃかじゃかじゃか

いつかラジオで聴いた外国語の曲を、記憶を頼りに弾く。
音が、暗く静まった教会に深く響いた。

じゃんじゃかじゃかじゃか…

「…牧野さん?」

ギターを弾くのに夢中で、教会の扉が開かれたことに気づかなかった。
自分の名を呼ばれて初めて気がつく。

「宮田さん…!どうしました、こんな夜更けに」

教会に訪れたのは、なんと宮田さんだった。
もうかなり遅い時間に、しかも予想外過ぎる訪問者に、とても動揺した。
思わず立った拍子にギターを落としてしまいそうになった。

「いえ、別に特別用があるわけでは無いんですが…たまたま通りかかったらギターの音がしたので」
「ああ…そうなんですか」

そんな所ではなんですから、と彼を執務室へ通した。

「今お茶淹れますね。あ、夜も遅いから麦茶の方がいいかな…」
「お構いなく」

急須を取り出したところで思いつき、出したばかりのものを茶箪笥に仕舞うと冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

彼に一つを渡し、もう一つに口をつけた。
一口飲むと、ギターを仕舞うためにケースの留め具を開けた。

「牧野さん、それ」
「ああ…これですか?意外ですよね。自分でも思います。」

宮田さんは新しいおもちゃを見つけた子供のように、ギターを見ていた。

「演奏なさるんですか」
「ええ。たまに、ですけど」

宮田さんは一口麦茶を飲んだ。

「聴かせてください」
「え?」
「牧野さんの演奏」

くいっと顎でギターをさす。

「そんな…もう遅いですし」
「さっき弾いてたじゃないですか」
「下手、ですし」
「さっきの続きが聴きたい」

宮田さんは真っ直ぐな目で私を射抜いた。
仕方ないですね、本当に下手ですから、と一言断りをいれてピックを握った。

「リクエストは?」
「さっきのを」
「…はい」

じゃらん…

しーんとした、夏の夜の空気に音が響く。
チューニングはさっきしたので必要はない。ふぅ…と息を吐き出し、じゃっ、と最初を鳴らした。

じゃらっじゃっじゃらん…

ギターの音が、クラシックギターの深い音だけがその空間を支配する。
すごく落ち着いた曲が、なんだか胸を締め付けるようで、切なく感じた。

じゃいん…

きゅ、と音を止める。
宮田さんは何も言わなかった。

「すいません…お耳汚しを…」
「上手かったです」
「はい?」
「演奏、上手かったです。」
「え、あ、はい?あ…ありがとうございます…」

素直に褒められ、なんだか照れくさい。
語尾が尻すぼみになってしまい、最後まで聞き取れたかは疑問だった。

「なんていう曲なんですか」
「あの…わからないんです。たまたまラジオで聴いた曲で、たまたま覚えてたんです。」
「へぇ…」

また一口。

「宮田さんは、何か音楽はお聴きにならないんですか?」

パタン、とケースを閉じながらきいた。

「…あまり聴きませんね。車を買った時に、ついでに買ったCDが一枚ありますけど、それだけです。」
「へえ。それだけだっていいじゃないですか。私はただラジオから漏れてくる流行りの曲を聴くくらいしかしませんから。」

ちらりと机の上に乗った小さなラジオを見る。
宮田さんもつられて見て、あぁ、と漏らした。

「十分ですよ。それで。CDなんて時代遅れになっていきますからね。それなんかよりは、よっぽど。」
「そうですかね」

そういって、少しの間沈黙が生じた。
それは、なんだか安心できる沈黙だった。
そういえば宮田さんの車にはCDプレーヤーが付いてるのか。
高かったんだろうな。

「宮田さんがどんな曲を聴くのか気になります」

私が沈黙を破った。

「…物好きですね。」
「そうでしょうか。いつもクールなお医者さんのプライベートが、少し気になっただけですよ」

ふふふ、と微笑む。
すると驚くことに、宮田さんも少し笑った。

「じゃあ村の求導師様の意外な一面を教えてもらったお礼に、今度貸します。CD。」
「本当ですか?ありがとうございます。」

お礼を言った後で気がついた。

「宮田さん…」
「なんですか」
「駄目ですよ、私CDプレーヤー持ってません…」
「………あ」

そうだ。私は普段そういった類の娯楽などには疎い。
村の外になんてめったに出ないこともあり、村で手に入らないものが私の私物にあるわけがない。
レコードのプレーヤーだって家には置いていなかった。
カセットは…あったかな…?
とにかく最新の娯楽グッズとは無縁なのだ。

「お気持ちは嬉しいのですが…その…」

本当に残念だった。
もうちょっと私が流行に敏感だったら…。

「…じゃあ、買いに行きませんか」
「へっ?」
「牧野さんの興味がないならいいですけど」
「い、いや、あの、行きます!」

我ながら大きい声がでた。
顔が赤くなるのがわかる。
宮田さんの目は丸くなっていた。

「行かせて下さい…。私あまり村から出たことないし…。宮田さんと一緒なら平気だと思うし…。」

何が平気なのか。
道に迷う心配だろうか?
私は自分の行動を一歩後ろで眺めていた。
…恥ずかしかったのだ。

「良かった。じゃあ今度の休みにでも。」
「…っ!はい!」

宮田さんは相変わらずの無表情で言った。
でも少し早口だったような気がする。

「教会の休みが取れたら連絡してください。」
「あ、はい。わかりました。」
「では、おやすみなさい」
「はいおやすみなさい。お気をつけて」

…そう言えば着ていく服、どうしよう。
なんて、宮田さんの後ろ姿を見ながら考えた。



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