その射手に矛盾の愛を/成弓
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僕は久しぶりの裁判に心がおどっていた。
まあ内容は物騒極まりない殺人事件なのだけれど。
それでも最近の民事の仕事からすれば、(不謹慎かもしれないが)楽しめそうな裁判だった。

……と思ったのはつかのま。
担当検事の欄には知らない名前。
どんな人かと思えば、まだ17歳の新米検事。
一番驚いたのは、推理が穴だらけだということだ。
つっこむ気も失せるような推理だったが、真実を求めてもがくその姿は、滑稽で、一生懸命で、健気だった。

その裁判は被告人の無罪判決、僕が勝った。

たいして疲れもしなかった。
新米検事君の推理で神経はすり減っていたが。

「成歩堂弁護士!」

さて帰ろう、と思ってソファを立ったときその声に呼び止められた。
呼んだのは先ほどの新米検事君だった。

「あぁ、君はさっきの。えーと…」

そういえば名前なんだっけ。
覚えやすかったのにな。
いち…いち………一番乗り君?

「ひでぇ!一柳弓彦だぜ、覚えといてくれよ。…じゃない、覚えといてください!」

そうそう、

「一柳君だった。それで、何か用?」
「う、いや、特にないんだけど、さっきの裁判でいろいろお礼言いたくて。」

ほお、第一印象があれの割に礼儀はしっかりしてるみたいだ。

「さっきは、改めてありがとな。俺まだ検事として一流じゃないけど…前も、とある人に助けてもらって裁判したんだ。」
「ふぅん。物好きな人もいるもんなんだね。」
「あぁ、俺の憧れの人なんだぜ。いつかあの人みたいな検事になるのが夢なんだ!」

そう言った一柳君の目はキラキラと輝いていた。

「ずいぶんとその人のこと慕ってるんだね?」
「ああ!だってあの人は…俺の命の恩人っていっても過言じゃないんだぜ…!!」

今度は寂しげな、でも力強い光を宿していた。

「まあそういうことでよろしくな!また法廷で会うかもしれないし。」
「うん。また、こちらこそよろしくね。」

その言葉はあまり時間をかけずに現実となった。




地方裁判所、また僕は弁護席に立っていた。
向かいには、一柳検事。
今日も危なっかしい推理を炸裂させていた。

「えっと、だからこれは…」
「うぅ…ちょっと待ってください…」
「うんと…こう、だよな?」

これの繰り返し。
同じことの堂々巡り。
そんな裁判を、裁判官は菩薩のような目で見ている。
綺麗な人だな…。

「な、水鏡………裁判官。」
「ええ。とても的を射た推理ですわ。」

どこがだよ。

その言葉に一柳君の顔が輝く。
あぁ、この子はほめられて伸びるタイプの子か。

「でも弁護人の意見も聞いておかなければなりません。さあ弁護士様、あなたのお考えをどうぞ。」

一柳君の推理はほぼ真相に近く作られていた。
だから僕が足りない部分を補い、推理し直した。

「見事な推理ですわ。検察側、何か意義はおありでしょうか?」
「な、……ない……。」

ふふ、と水鏡裁判官が微笑む。

「それでは判決を言い渡しますわ……」






「成歩堂弁護士……!」

地方裁判所、第一控え室。
帰り支度をしていたらまた一柳君が来た。

「えっと、今日もありがとう……ございました」

よく言えました。

「いいえ、こちらこそ。見事な推理だったよ、一番乗り検事。」

ほめてあげる。
これはおだてでもなんでもない、率直な感想だった。

「一柳だぜ…。そんな…お世辞は止めて…ください。俺の推理、またがちゃがちゃだっただろ?」

たしかに。

「でも、遠回りだったけど前回よりは進歩してたよ。僕の推理と殆ど一緒だったろう?」

うん…そうなのかな、と頭の上にハテナを作る。

わかってないな。

「えっと、成歩堂弁護士?」
「ん、なんだい?」

「裁判中のあんたの目は、俺の憧れの人に、そっくりだったよ。」
「…うん?そうなの?」
「ああ。」

こくん、と頷く。

「真っ直ぐで、真実を見つめている目だ。」

知ってた?
君も同じ目をしているんだよ。

「俺もいつか、あんたやあの人みたいになる。一流に、なるんだ。」

自信にあふれた目、未来を信じた目、希望を持った目。
そんな目を、彼はしていた。


考えてみれば、ここからこの小さな検事さんを注意深く意識しはじめたんだとおもう。
この子の、明日を、未来を見たくて。
今はまだ小さな射手だとしても、いつか、真実を射抜く偉大な射手になる日を。

君の隣で。


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