蝙蝠傘/成御
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「あーあ、やっぱ降ったか」

書類を提出しにきた帰り、ザーザーと音を立てて降る雨を見つめて一人つぶやいた。
そういえば今日から梅雨入りとかお天気お姉さんがいってたな…。
朝はまだ降ってなかったから油断した。

「真宵ちゃんの言うこと素直に聞いとけば良かった…」

なんて思ったが、それは時すでに遅しというやつで。
雨降るから傘持っていきなよーという声が脳内で再生された。
どうしようかと悩んだ末、意を決してバッグを傘にして根性で帰るという結論にたどり着いた。
さて、とバッグを頭上に持ち上げたとき

「成歩堂?」

僕の世界で一番好きな声が聞こえた。

「御剣っ」

ぱっと振り返り声の主を視覚で確認する。

「何だ、バッグを持ち上げて。まさかそれを傘にして帰ろうなどと思っていまいな」

やっぱり僕の世界で一番好きな人だった。

「へへ…そのまさかなんだよね」

全くどうして貴様という奴は…とかなんとかブツブツと小言を言う。
隣でぱっと開いた傘は真っ黒で、その名の通り、蝙蝠傘だった。

「入れ。どこまでた。」

なんだかんだ言いながらも、優しい御剣。

「へへ、サンキュー。じゃあ駅までお願いします。」

御剣の傘の中へお邪魔する。
ふわっとフレグランスのいい香りがした。
大の男がふたりで相傘はやはりきつかったが、それ以上に御剣と歩けることがうれしくてあまり気にはならなかった。

御剣の革靴が水を踏んでぴちゃぴちゃと音を立てる。
僕のも合わせて二つ分。
それがなんだか楽しかった。

「ふふふ…」
「なんだ気色悪い。」

こいつの憎まれ口にも慣れた。
わざわざどうしてこんな言葉を選ぶのかは、多分照れ隠しのため。

「いや、御剣と一緒って久しぶりだなって思ってさ。だからなんか、楽しくて。」
「ム……」

少し照れたような、ふてくされたような顔になる。
この顔もすき。

ぷにっ

「な、何をするッ!?」
「いやー…可愛いなと思ってさ。」
「かっ…かわい……貴様っ…!!」

一気に顔が赤くなる。
もう一度ぷにぷにとほっぺをつついたら止めろと手をはらわれてしまった。

「なぁ御剣」
「なんだね」
「今仕事忙しいの?」
「…どうしてだね?」
「いや、最近連絡無いなぁと思って…」
「それは君が連絡してこないからだろう」
「え、そうなの?じゃあいっぱい電話する。」
「それもメイワクな話だが…」
「嫌?」
「…まぁ仕事の邪魔にならない程度なら…」
「やった!」
「…忙しい奴だ」

電話の許可が下りて上機嫌になった。

「今度いつ会える…?」
「そうだな…」

少しの間ができる。
こうも仕事に追われていると時間の調整が難しいんだろうな。

「あ…」

予定を確認していたら駅に着いてしまった。

「着いてしまったな。」
「うん…御剣…」
「私はここからタクシーだ。」
「あの…」

はあ、と御剣が息を吐く。

「予定がわかったら連絡をしよう。」
「…!!うん!」
「ふっ…まるで子供だな。」
「あ、僕から電話…」
「私からするまでお預けだ。」
「えーー!?」
「うるさい」
「じゃあ早めにね?」
「…善処しよう。」

そういって御剣は微笑んだ。

「さあ早く行きたまえ。」

改札をぬけて、ホームに降りる前に一度振り返り手を振った。
まだ御剣は居て、手を振りかえしてくれた。


今度は晴れの日に君と歩こう。


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