04


「席替えすっから昼までにこれ回してくれな〜」
 担任の席替えについてのアナウンスで、前回の席替えからも1ヶ月経ったことに気づかされた。遅かったような、早かったような。
 若葉が後ろの席になって、話すようになってから、俺の世界が少しだけ変わったような気もする。授業中は相変わらず寝てるんだが、新羅と一緒になる登下校の時間だとか、若葉と話す授業後の時間はつまんなくねぇ。
そういや新羅と若葉は面識があるんだっけか?無いなら、今度会わせてみてぇな。新羅はろくでもねぇけど根っからの悪人じゃねぇし、知り合いになっても悪いことはねぇだろ。それにあいつの同居人と若葉は相性が良さそうだしな。

 背中を叩かれ振り向くと若葉に紙切れを渡された。それに書いてあるあみだの線の上に、適当に自分の出席番号を書いて前の席の女に渡す。紙を渡すくらいでそんなにびびんじゃねぇよ。いや俺が悪いか。
 席替えの紙も書いたしこれで今日の仕事は終わりだ。いつも通り机に伏せて寝た。



♂♀



 せっちゃんに紙を渡してすぐに伏せた静雄を眺めながら、結局一ヶ月経ってもこれは変わらなかったなあ、と少し残念に思う。勉強に興味持ってくれたのかな、なんて期待したけど、中間テストが終わった翌日から寝ていた。でも静雄が寝るまでの時間はちょっと伸びた。
 …こんな細かいことまで静雄のこと気にしてるのってちょっとまずいかな。過干渉、みたいな。なんか気になっちゃうんだよなあ。こりゃ擽られちゃってるかな、私の母性本能ってヤツが。ただの同級生なのに。

「じゃあここ…野々村、わかるか?」
「あ、はい」
 先生に声をかけられて心臓が跳ねた。問題を解いてあったことが幸いである。解答を述べ、正解であることを伝えられほっとした頃には、何で悩んでいたのかも忘れていた。席替え、今度は誰の近くになるかな。



「よっしゃー!後ろだ!」
「最悪…アリーナじゃん…」
「アリーナの方が内職バレないんだよ」
「でも先生に話しかけられんじゃん」
「また遠い…」
「ドンマイ」
 授業後、様々な声が飛び交う人混みから一歩下がり座席表を見ようとするが、案の定見えなくてため息をつく。男子は身長高くていいなあ。

「若葉私の隣じゃん!」
「ほんと!?嬉しい!!」
声をかけてくれたのはれんちゃんだった。話しやすい子が近くにいてよかった。
「宿題は協力プレイだかんね〜」
「もちもち!」
 イエーイとれんちゃんとハイタッチを交わして席に連れていって貰う。視界に入る他の面々も大方話せそうな人ばかりだった。まあとっつきにくい子ってこのクラスには少ないんだけど。出来るだけ誰とでもいい関係を築きたい。
 後ろは、と振り返ろうとしてぐいっと肩を引き寄せられる。れんちゃんの仕業だ。
「どしたの」
「後ろ、平和島静雄だよ」
「え。そうなの。」
 前後入れ替わっただけ!?なんて内心びっくりするけれど、席替えしたら疎遠に、なんてのも寂しかったし良かった。ワンチャン寝顔も見れちゃったりするかな。それはちょっと楽しみだ。
「そうだよ。…せっちゃんさ、平和島静雄の前の席になって地獄を見たって言ってたよ。」
「地獄」
「鋭い眼光、荒々しく受け取られるプリント…」
「あー…」
「若葉も気を付けなよ…って前の席、アイツの後ろだったっけ?」
「そうなんだよね!やったりましたよ!」
「いややってたら今ごろ病院でしょ」
「爪痕残せませんでした…」
「安全が一番だよ」
 相変わらずの危険人物扱いに少しだけもやっとする。けど私が今訂正するのも誤解を生みそうな気がしてやめた。


 れんちゃんが他の子と喋りだしたのを見て上半身を後ろに向けた。息を吐いて、吸って、それから静雄の顔を見る。
「私、この度静雄の前の席になりました野々村若葉です!」
 静雄は驚いたような顔をしてから、今となっては見慣れた、呆れたような顔をして答えた。
「知ってる」
 本当のところ、皆の知らない静雄を知ってることに優越感を抱いてるだけなのかもしれない。だとしたら、性格悪いな、私。



♀♂



 席がどこになろうが誰に囲まれようが授業中は寝るつもりだったし、特に近づきたい奴もいねぇし、と考えかけて止まった。待てよ。若葉とも離れるのか。
 いくら連絡先を知ってるからって席が遠くなった途端話すこともなくなって、俺の数少ないダチが…いやダチなのか?俺はダチだと思ってるがアイツは他にも仲良いヤツなんていくらでもいるし、勉強だってアイツのことだから、俺の知らない所でああやって面倒見てるかもしんねぇし…俺に限った話じゃなく、誰に対してもそうしている可能性は高い。そう考えると席替えに対するモチベーションが更に無くなった。
 だが結果を見に行かねぇとこれから俺の席に座る奴にも迷惑かけちまうし先に進まねぇ。罪悪感に背中を押されるように席を立って座席表を見に行った。


 結果から言うと、若葉と席は離れなかった。それ自体は嬉しいとまでは言わないがほっとした。かと言って話ができるかなんてわかんねぇってことには変わりない。特に今回は若葉の隣の奴が若葉と仲が良さそうだしな…
 イマイチ気分が上がらねぇまま席に着く。若葉は隣の奴と話してるが小声で上手く聞き取れねぇ。何を「やったりました」んだ。
 
 若葉の隣の奴がまた別の奴と喋りだしたのが目に入る。話しかけるなら今じゃないか?いやそもそも俺が話しかけるのは変か?若葉にとって俺と関わりがあるってことはもしかしたら隠しておきたいことだったりもするのか?でも今までは普通に話してたんだし気にしなくてもいいんじゃ?じゃあ何て話しかける?今までどうしてたか、俺は。
 がたんと椅子が動く音がして前を見た。若葉と、目が合った。
「私、この度静雄の前の席になりました野々村若葉です!」
 俺のさっきまでの悩みは一体なんだったんだか。杞憂ってやつだったわけだ。
「知ってる」
 俺の返した言葉に、若葉はいつも通りの笑顔を見せた。


◇◆
(おまけ)(後日)
 授業が始まって20分、前回の授業のやり残しをようやく終えて、先生が新しいプリントを配り始めた。時間的にもちょうど良い。これは静雄の寝顔を初めて間近で見るチャンス到来なのでは。プリントの枚数を確認しつつも私の心はウキウキである。絶対に起こさないように気を付けなくちゃいけない。出来るだけ音を立てないように、そっと後ろを振り向く。が、

「…なッ!?」
 ギッ、と椅子が音を立てた。なんで、と出そうになった言葉を口を押さえてなんとか飲み込む。今の私、かなり間抜けな顔してそう。
「プリント…」
「ごめんごめん」
 なかなかプリントを寄越そうとしない私を、静雄が不思議そうに見ていることに気づいて慌てて差し出す。不思議なのは私も同じなんですけど!
「…あ、私の背中に何か付いてた?」
「いや?」
 思い付いたことを小声で確認したものの否定されてしまって謎が深まってしまった。漫画なら私の頭上にも静雄の頭上にもクエスチョンマークが見えると思う。
「ならいいんだ!ごめんね。」
 仕方がないから前を向く。寝顔チャンスはまだあるはずだ。


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