03



「何か悩んでる?」
 声をかけてきたのは若葉だった。席替えの日から何かと俺に絡んでくる奴。わざわざ絡みに来るなんて新羅並みの変わり者か、臨也からの刺客か。どちらにせよ面倒ごとには変わりねぇし極力関わらない方が良いんだろうなとは思う。新羅は一人でもうぜぇのに二人も要らねぇ。
 だがまあタイミングが合うっつーかなんつーか、たまたまにしろ担任に謝りに行くきっかけになったりとか、プリンシェイク寄越したりとか、すげぇ嫌な感じがするかっつーとそうでもないのが不思議なもんで……ああ、ごちゃごちゃ考えんのはやっぱ向いてねぇな。とりあえずこいつが突然ナイフを持ち出してこないかは注意してねぇと。
「…ちょっとな」
「おっ、今度のテストの課題じゃん。今からやるの?」
「ああ。…幽が勉強はやれるうちにやっとけって言うからよ」
「弟くんだっけ?ちゃんと聞き入れるとかえらいわー。」
「馬鹿にしてんのか?」
「してないしてない!弟くんのこと大切に思ってるんだね」

 一瞬どこかの血管がピキ、と音を立てた気がしたが、幽のことを良い弟だと思ってるのは事実だしな、と心の中で頷いた。

「やってみようにも普段授業中寝てっしわかんねぇんだよな」
「……よく進級できたね」
「追試で適当に書いた数字が当たったみたいだ。」
「その運分けてほしいわ」

 選択問題全部合ってたとしても、あの調子じゃ合格点に到達しなさそうだったが。まあ進級できたしなんでもいいか。
 問題はこの目の前の文章たちだ。また追試になったら、口には出さねぇけど幽に残念がられるのはわかりきってるし、何とかしねぇと。

「よし、じゃあ優秀な若葉さんが、静雄くんに勉強を教えて進ぜよう!」
 腰に手をあて胸を張って宣言した若葉に対して不安になりつつも、他に頼れる奴もいねぇし一人でやるよりはマシかと思って「頼むわ」とだけ言った。突っ込んでほしそうな顔をするな。



♂♀



「この単元はまず公式を覚えてください」
「覚えなくても順番に掛ければ良くないか?」
「確かそうだけど、逆の順番で使うこともあるから覚えといた方が楽」
「…わかった」
「そんな難しい顔しなくても解いているうちに覚えられるし、無理でも開始直後に書いとけば良いんだし。大丈夫だって〜!」

 ということで始まりました、私野々村若葉の個別授業のお時間です。時刻はただいま17時となっております。
 この様子からして平和島くん、失礼ながら去年は先生達が何か工作したように思えます。まあ伸びしろがあるという点に関しては、教え甲斐もあるので良いでしょう。平和島くんの成績がこれで上がってくれれば私も嬉しい。
 ずっと見つめているのもな、と目を向けた窓からは夕日が差し込んでいて、どこかで自主練している吹奏楽部の音と合わさって、なんとも学生らしい空間が出来上がっていました。青春っぽい。

「これってよォ」
「あーそれは…」
 静雄の飲み込みが意外に早くて驚いた。環境さえ整ってればもっと良い高校に行けたんじゃないのかこの人は。話もちゃんと聞いてくれるし根は真面目なのかもなあ。
 でも真面目な人は授業中寝ないか。あはは。うらやましい。


 ヴヴ、と制服のポケットに入れた携帯が震える。
 メンタルリセットのためにも一回外の空気吸ったほうが良いか。ついでに飲み物でも買って来よう。思い立ったらすぐ行動という事で、静雄に声をかけて席を立った。



♀♂



 言われた通りに練習問題を解いてみたら意外と解けるモンで、授業聞いときゃよかったな、なんて今さらどうしようもないことを思った。でも眠くなっちまうんだよなあの空間。初日はまだ頑張ろうとしてたんだけどよ。眠ぃモンは眠ぃ。
「つーかどこまで行ったんだ?」
 若葉が席を立ってから何十分か経つ。自分が帰ってくるまで勉強しとけってことか?
 携帯を開いてアドレス帳を眺めて気づいた。俺あいつの連絡先知らねぇな。
 まあ連絡もとれねぇし勝手に動き回っても余計面倒なことになりかねねぇし、大人しく勉強するか。

 ゾワ、と背後から嫌な気配を感じたが、気のせいかと思って目の前の課題に意識を集中させた。



♂♀



 用事も済ませて両手にジュースを持ち、教室に戻るためになんとか階段を上がりきって疲れてしまった。日頃の運動不足を呪うばかりである。かと言ってこの期に及んで部活に入るのもなあ。年上の後輩…気まずさしかないじゃないか。

「…わ」
 そんなことを考えていたせいで、廊下に一人、突如として現れた男子生徒に気づけず、恥ずかしながら声を漏らしてしまった。デカい声が出なかったことが唯一の救いである。
 私たち以外に残っている生徒なんていたのか。日も落ちてきて後ろ姿しか見えないし、誰かわからないけど。
 男子生徒は私たちの教室の前で数秒立ち止まったと思ったら、また歩き出して階下へと消えていった。
 一体何がしたかったんだろうあの子。

 教室を覗くと静雄が机に向かっていて、その集中力に驚かされる。帰ってくるの結構遅くなっちゃったと思ったんだけど。
「お疲れさまでーす」
 教室に足を踏み入れ、机にジュースを置くと「手持ち…ねぇ…」なんて静雄が呟くからいいよいいよと宥めて私も席についた。
「捗った?」
「おかげさまでな」
 差し出された課題の答え合わせをすると、基礎の基礎とは言え正答率はかなりよかった。やっぱりやればできたタイプなんじゃないか。
「聞いておきたいことある?」
「今はねぇな」

 ぴんぽんぱんぽん、と聞き馴染んだ音が聞こえてきて「用のない生徒は帰れ」とアナウンスが入る。切りも良いしそろそろ帰ろうか。
「帰るか」と片付けを始めた静雄に合わせて私も荷物を片付け、下駄箱へ向かう。一緒に帰るのは席替えのあの日ぶりだ。

「悪ィな付き合わせちまって」
「良いよ全然、教えた方が勉強になるし」
「礼は今度する」
「じゃあ購買で一番高いパンねだろ」
「……ちょっと待ってもらっても良いか」
「冗談だって」
 話しながら歩いていると「あ」と静雄の足が止まった。デジャヴュ。

「メアド…」
 そういえば交換してなかった。
 はい、と自分のアドレスを見せると「変わってんな」と呟かれた。そんなに変だろうか。私的には今のメアドが一番スタイリッシュでキマってると思うんだけどなあ。
 一文字ずつゆっくり打ち込んでるのを静雄っぽいと思いつつ眺めていると、手元の機械が震えて軽快なメロディーが流れた。
「…空メールだし、メアドシンプルだし」
「よくわかんねぇんだよな、どんなのが良いのか。」
「私が考えよっか!」
「遠慮しとく」
 そんなすぐに否定しなくても良いじゃん、なんてぶつくさ言いながら【よろしくね】と打ち込んで、おまけに絵文字をゴテゴテにつけて送信した。
 静雄は数秒後に震えただけの自分の携帯を眺めて「読みにくい」と顔をしかめた。実用性重視だな。

「何かあったらいつでも連絡してね〜ほぼ24時間営業だから!」
「……。」

 静雄からの返事が無くて不満に思っていると手元から着メロが聞こえた。開いて見ると【よろしく】の4文字が目に。
「…口で言いなよ」
 返事がない代わりに小さく笑う声が聞こえた。



♀♂



 若葉とメアドを交換した日の後も、若葉には何回も勉強を教えてもらっちまった。【明日やってく】とだけメールしても、毎回【了解】という文字に絵文字が付いて返信が来た。結局メールした日も、言い忘れて授業後に声をかけた日も、若葉は俺に付き合って全部居残ってたし、家に帰ってから質問しても返信が来た。本当に24時間営業だった。
 そのおかげで今回のテストは全ての科目で、平均点には届かなくても赤点は回避した。
 担任にも「よく頑張ったんだな」と褒められたし、リビングに置きっぱなしにしていたテストを覗き見ていた幽も少し嬉しそうだった。

「ありがとな」
 教室で振り返って若葉に礼を言うと、メールでも打っていたのか、またもや机をガタンと鳴らしてから「なにが」と返事をしてきた。

「テスト勉強。」
「そのことね!結果どうだった?」
「おかげで赤点回避した」
 赤点回避は若葉にとって微妙な結果である可能性に、発言してから気づく。やっちまったか?急に気まずくなって目を逸らした。

「目標達成?」
「…一応」
「ほんとに?」
「俺的には…」
「ならよかった!私も自信つくよ。」
 ほっとしたような若葉の声色に俺も安心した。
 そんな若葉の優しさに、もう少し甘えても、いいのか。

「…次も聞いていいか?」
「いくらでもどうぞ」
 なんでもない顔で若葉は俺に言葉を返した。断れること…はないと思ってたが、嫌な顔されねぇかはちょっと心配だった。きちんと礼もしねぇとな。

 若葉は何を喜ぶんだろうか。購買のパン?やっぱり成果を出すのが一番か?折角だ、今日からは授業も真面目に受けるか、なんて考えながら授業を聞いてた記憶があるのは一時限目の冒頭15分まで。残念だが、その後の記憶はない。



♂♂



 進級した後も相変わらず暴れたらしいシズちゃんが、最近は大人しくしているらしい。最近シズちゃんに喧嘩売ってくる連中もいないし、そろそろ嫌がらせがてら差し向けるか。そんなことを考えながら一部の生徒しかいない校舎を歩き回っていると、近くの教室に人影が見えた。
 少し距離離れたところから教室の中見ると、そこにいたのはまさかのシズちゃん。しかも机に向かってる。あのシズちゃんが?授業中起きてることなんて体育以外じゃないシズちゃんが?
 向かい合わせになっているもう一つの机には筆記用具が置かれている。ということは誰かと勉強してたのか。教員?新羅?…とはそういう仲じゃないだろうし…もしかして、クラスメイト?
 シズちゃんが人間じみたことをしてることに関しては本当に不愉快極まりない。が、気持ちはどんどん昂ぶってくる。今までどうしてこんなに面白そうなことに気がつかなかったんだろう。
 ああ、なんだか楽しみだなあ。




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