蛇足


 文化祭の特設野外ステージでは、各部活のステージやクイズ王決定戦に続いて、力試し大会も催されていた。

 これは「文化部や頭の良い奴は見せ場があるのに自分達にはないなんて不公平だ」という体育祭で活躍出来なかった者達の強い訴えによって、急遽捩じ込まれたものだった。

 生徒達もまさか自分の納めた学費がパンチングマシーンのレンタル料に使われるとは思ってなかっただろう。まあそんな貴重な経験をしたのは、この年の在校生のみなのだが。

 そんな在校生の一人であり、漠然とステージを眺めている平和島静雄は、元々文化祭に来るつもりではなかった。だが準備に参加した手前、当日だけ行かないというのもばつが悪い気がして、誰かと回る約束もしていないのに来てしまったのだ。決して出店されるクレープ屋や文化祭限定のパンが気になって来たわけじゃないと、一人脳内で言い訳している。残念ながら、やはり隣で聞き届けてくれる人はいなかった。

 しかし、突如現れた人物たちによって静雄はそんな孤独な状況から解放されることとなる。

「平和島!今暇してるか!?」

 見覚えはあるような無いような。静雄は声を掛けてきた二人組の顔を注視するが、まあクラスメートの誰かか、と予想するだけで名前を思い出すことは諦めた。

「お前は豪華景品のあの菓子の山が欲しくねぇの!?俺は欲しいよ!!あの量あればしばらく食料に困らねぇし…」

「食料?」

 静雄が尋ねると男子生徒は頭を抱えてうずくまった。静雄は、リアクションのデカい奴だなと思いながらも、喧嘩を売りに来られた訳ではないことを察して安心した。

「金欠……なんだよ……」

「調子こいてたっけぇスニーカー買うからだよ」

「かっけー靴履きてぇだろうが!」

「靴だけカッコつけた所でお前はさあ……」

「で、お前らは俺に何の用──」

『285!!285です!!本日の最高記録が出ました!!』

 大会の進行役のアナウンスに会場が湧いた。

「平和島さ!俺の代わりにアレに出てくんねぇか!?頼む!!」

 ──活躍の場だらけだと思うし

 ──ありがとう…ございます…

 頼む、という言葉に文化祭準備での事を思い出した。静雄は、二つ返事でステージに上がることにした。

 司会の生徒が「なんと!あの!2年の!平和島静雄が参戦だァーッ!!」と興奮した様子で叫び、会場も盛り上がっていく。

「最近ムカついたことでも思い出して発散しちまえー!」

 男子生徒がそう発破をかけると、静雄は力強く拳を握り込んだ。

 ──ムカついた事。ノミ蟲の野郎がグチグチダラダラ話しかけてきた事。あと、体育祭でのノミ蟲の行動。
 
 筋肉は浮き出て、顔に青筋が浮かんでいく。

 勢いをつけるために腕を後ろに引いた。

 ──あとは、ノミ蟲に対する、若葉の煮えきらない反応。

 拳をパッド目掛けて突きだす。

 同時に、包帯が巻かれた足首と、「笑わないでよ」と顔を赤くした若葉の姿が脳内にフラッシュバックした。


 無意識に力が抜ける。だが拳はそのまま、ドンと音を立ててパッドにぶつかった。


 その音に静雄ははっとした。これでは最高記録は出せないんじゃないか。

 だがそれは杞憂であり、本来起き上がってくるはずのパッドが起き上がって来ることはなかった。

「な、な、なんと!999!999!!他の参加者を寄せ付けない!!圧倒的パワー!!最高記録です!!他にこの記録を超えられる自信があるチャレンジャーはいるのか!?いないのか!?誰も名乗りを上げない!!そうでしょう!!もうこれは優勝で良いでしょう!!」

 辛うじてカウンターが示していた記録と、有無を言わせぬ司会の進行によって静雄の優勝が決まった。



「ほら、これ」

「平和島ァ!!マジでありがとう。」

「こんくらい、大したことねぇし」

 袋を受けった男子生徒の喜びに満ちた表情を見て、静雄自身の心も絆されていた。

「……でもよぉ…その…パシるようなことして悪かったな!これお前の取り分!」

 そう言い一人が申し訳無さそうな顔をしてチョコレート菓子の箱を差し出したのを見て、もう一人の男子生徒がつっこんだ。

「ケチだな!……つか俺たち平和島の功績横取りしただけじゃね?」

「それは、スカウト料ってことで」

「俺たちがそれを言い出すのはちげぇだろ」

「悪かったよぉ……平和島……好きなだけ持ってけよぉ……」

 泣き出しそうな顔をしながら袋を差し出す生徒から「そうかよ」と大量にお菓子を取り上げるほど静雄は鬼ではない。だが自分の功績である事は間違いないしなと、2,3個目についた物を取り出して返すことにした。

「俺はこれでいい」

「平和島お前いいやつだなあ!!」

「お前は最低だけどな」

「うるせえなあ!お前もちゃっかりもらおうとしてんだろ!」

「バレた?」

「バレバレだわ!」

 二人がまた漫才を始めたのを見て何となく居心地の悪さも感じて静雄はその場を離れる事にした。今日のこの出来事を一刻でも早く会って伝えたい相手がいたというのもあったが。

「じゃあ、俺はこれで」

「おー!ありがとな!」

「またなー」


 ──なあ、若葉、俺はこの力でお前を傷つけちまった。

 ──でも、お前が言ったように、俺は誰かの役に立てて、この力もそんな使い方が出来るのかも知んねぇ。

 そんな事を考えながら目当ての人物を探して教室への道を小走りで進む。と、建物の角を曲がったところで、若葉が歩いているのを見つけた。

「あ、おい!」

 呼びかけるが、若葉はそれに気づかない。

 駆けながら、もう一度、今度は名前を呼ぼうとして、言葉に詰まった。

 遠目に見える若葉の表情は、ひどく険しいものだった。

 自分に向けられたものではない。それはわかっていても、今まで見たことのないその表情に静雄は戸惑っていた。

 声をかければ笑いかけてくれる、そんな気はしていても、足が急に重く感じて一歩踏み出すことが出来ず、静雄はただ若葉の背中を見送るしかなかった。

 


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