11 その後準備は順調に進み、文化祭当日を迎えることが出来た。 「時間空いちゃった」 さっきまで一緒に回ってくれていたれんちゃんもせっちゃんも、部活の出し物があるとかで各々の部室に向かってしまった。孤独だ。 一人だし演劇でも観に行くか、と爪先を体育館の方に向けると、タイミングを見計らったようにヴヴ、と携帯が震えた。 ああ、メールが届く時間か。予想通りの名前が表示された画面をぼんやり眺めた。 折角だし文化祭に誘えばよかったかな。県をまたぐのは大変か。うん。大変だろうから、これで良かったんだ。なんて、あの子と会うための心の準備が出来てないだけなのに、ひどい言い訳。 いつも通り無難な返信を打ち込んだ。 「若葉!」 名前を呼ばれて振り返ると折原くん。周りにいる中学生やら他校の生徒やらも振り返る。 「丁度いいところに…」 「何かあったの?」 「時計落としちゃってさ。一緒に探してくれない?」 焦った様子の折原くんを見るのは珍しい事だと思う。よっぽど大切な時計なんだろう。それをこれだけの人がいる中で一人で探すのは骨が折れるか。用事もないし、手伝わない理由はなかった。 「いいよ、時間あるし」 「一人で何軒も入るのは、ちょっとね」 「流石に私も勇気ないかも。」 周りの視線を背中に感じながら、折原くんと掲示されてる校内配置図を見る。 「どこ回ったの?」 「ここ行って、その後こっちも行って、」 縁日、謎解き、お化け屋敷。他にも色々な場所を指しながら話す折原くんに顔が引き攣る。始まってから数時間しか経ってないのにこんなに回れるものなのか。時間があるといった手前、今さら「ごめん無理かも」なんて言い出しにくい。これは、腹をくくるしかない。 「順番に行こっか…」 「すみません、時計の落とし物って」 「預かってる?」 「ううん」 「そうですか…ありがとうございます。」 一つずつ行くほかないと足を踏み入れた一軒目。縁日の受付をしていた生徒に声をかけるがこの返事。申し訳無さそうにしている女の子たちに、こちらも申し訳なくなる。しかし時計を無くした張本人の折原くんだけはさっきからずっとニコニコだ。大事な物なんじゃないのか。 「折角だし遊んで行こうよ」 「え、でも時間とか」 「臨也くんだよね!是非!」 珍しいものを見たと言わんばかりに案内役の生徒の目が輝いた。他も回らなければいけないのに。断りにくさを感じながら立ち止まっていると、また折原くんに手を引かれた。相変わらずのパーソナルスペースの狭さだ。 文句を言う間もなく射的のコーナーに連れて来られる。ここまで来て頑なにやらないのもよくないかと思い、渡された銃を構えた。射的なんて小学校ぶりじゃないか。 「5発まででお願いします。倒れたら景品差し上げますね!」 狙いを定めて3発くらい撃った。お菓子の箱にかすりはするもののなかなか倒れない。恥ずかしい。もうこれは倒れないように出来ているのだと思いたい。当たってるわけだしお菓子くれないかな。 「ちょっと貸して。」 もやもやしながら突っ立っていると、手に持っていた銃を取り上げられた。場所を譲ると折原くんは静かに銃を構え、スッと目を細めた。真剣な眼差しだ。構えた姿が絵になりすぎている。ブロマイドとかにしたら売れるのかもしれない。 タン、と一発、構えられた銃から出た弾は確実にお菓子を撃ち倒した。私が3発かけて倒せなかったお菓子を。周りからキャアと小さく歓声があがる。景品と一緒に店番さんのハートも撃ち抜いちゃうぞってことか。やかましいわ。狙ったものを確実に落とした姿に感動はするけど、どちらかというと悔しさが勝る。 残りの一発も折原くんが撃った。そして案の定景品に当たった。シークレットと書かれた箱に。 「おめでとうございます!シークレットです!」 手渡された景品を折原くんに確認してから開封する。と、中身はまさかの動物の形をしたペアキーホルダー。まじか、と声が漏れたのも仕方がないだろう。 「折原くんが取ったんだし、お菓子もこれも折原くんが貰ってよ。」 「どっちもちょうど半分に出来る訳だし、若葉も貰ってよ。」 「お付き合いしてる人とかにさ…」 「俺そういう人いないんだよね。」 「じゃあ岸谷くんと、友情の証とかに」 「俺もあいつも願い下げだよ」 「私とおそろいにする理由もないでしょ!」 「俺だけ貰うのも悪いし、それに若葉と遊んだ記念の物が欲しいし。」 なんだそりゃ。よくもまあそんな言葉がぽんと出てくるな。言い訳がもう思いつかない。また押し負けてしまった。 それからも店を回りに回った。私に会う前に全部回れたのか、改めて疑問に思うほどにハードだった。特にお化け屋敷。多目的教室を使っているからか、出口までの距離がやたら長かったような気がするし、そんな中をお化け役に追いかけられるし、おどかされるしで、気力が一気に持っていかれた。トドメに折原くんの「オットセイみたいだったね」という呟き。そんなに驚く私が面白かったか。二度と入るものか。少なくとも折原くんとは。 やっとの思いで最後の教室にたどり着く。ここで見つからなかったらどうしよう、と思いながら店番をしていた生徒に声をかけた。すると、「ああ」と言いながら机の中を探り、一つの腕時計を取り出して見せてくれた。 「これですか?」 差し出された物を折原くんが確認している。私の中に緊張が走る。今までの探索が徒労に終わるのは結構堪える。 「これです。ありがとう。」 その一言に心底ホッとした。やっと解放されるんだ。 時間を確認すると探し始めてから一時間以上経っていた。シフトの時間まではもう少しだけある。休憩してから戻りたいと思っていると、それを察したのか折原くんに「お礼ジュースを買ってくるから」と言われ、お言葉に甘えることにした。 誘導されて座ったベンチは、文化祭の賑わう声は聞こえるものの人気が少ないところにあって、程よい休憩スポットといった様子だった。 そういえば時間を過ぎているのにメールが来てない。体調でも悪いのか。さっきのメールからそんな様子は読み取れなかったけど。そんな事を考えつつ携帯を探し、スカートを触って、気づいた。──ない。 いつ、どこで無くした。返信は。メールは。 「ミイラ取りがミイラに……」 「若葉も何か落としたの?」 缶ジュースを両手に帰ってきた折原くんに声をかけられた。 「携帯が見当たらなくて」 「どんなデザインの?俺がもう一周してこようか」 「それは流石に……シフト終わってからインフォメーションに行くよ。ありがとう。」 「でも」 「いいから。」 「……若葉って強情なところあるよね。まあいつでも声かけてよ、俺だって若葉の力になりたいんだし」 「折原くんにそんなこと思って貰えるなんて幸せ者だなぁ」 「人の厚意くらい素直に受け取りなよ」 「受け取ってるよ」 その気持ちを利用させてもらうのかは別として。 「そういえば折原くんさっきまでは誰と回ってたの?」 「ああ、新羅だよ。下調べしたいからってつきあわされた。」 「あー、あの、岸谷くんの想い人か。」 体育祭のときのことを思い出す。テンション高かった。岸谷くんの話の内容の8割は忘れてしまったけれど、とにかくその人のことが大好きだということはわかったし覚えている。文化祭の下調べまでちゃんとするなんて本当に健気だ。それだけ誰かのことを愛せることも、羨ましく思う。 「そういえば若葉、中学の時から付き合ってる人がいるって聞いたんだけど本当?」 思わぬ流れ弾に心臓が止まった。 「誰から聞いたの?それ。」 「色んな人から。」 「そっか」 自分で蒔いた種ではある。でも、折原くんの耳にも入ってしまっていたのか。 「そんな顔するくらいなら、別れればいいのに。」 「……よく見てるね」 「人間観察が趣味だからさ。ねえ、俺ならそんな顔させないけど。どう?」 どうって、なんだ。気づけばジュースを持っていたはずの折原くんの手が、私の手に重なってる。ひんやりしていて余計にびっくりした。 これ、告白? まじか。これまでのどこに私に興味を持つ要素があったの?この前のは体育祭を盛り上げるための演出じゃなかったの?様々な言葉が浮かんでは消えていくが答えとして口に出せるものは何もない。 今度は顔が近づいてきた。うわ、肌がきめ細やか。保湿何使ってるんだろ。いや、現実逃避している場合ではない。何か返さなくては失礼なのに。 「俺はいつでも待ってるよ。」 待たれても困る。理由を見繕って振ることも封じられた。詰み、じゃないか。 「気持ちはその、ありがとうございます。自宅に持ち帰って検討致します。そしてシフトの時間なのでお暇します。一緒に回れて楽しかったです。ジュースと景品も、ありがとうございました。それじゃ。」 色々と考えた末にその場を去る事にした。後ろから「そういうことにしておいてあげるよー」と声が聞こえたがスルーした。嘘は言っていないし早めに戻ったらその分みんなの負担が減る。良いじゃないか。 ♀♂ 速歩きで教室へ戻っていった若葉の姿を確認して、ポケットから携帯を取り出した。電源を切っていた時間は長くないのに、立ち上げた途端震えだした携帯に不気味さを感じた。 画面に写し出された通知は、メールが数十件、着信が十数件。 内容を確認しようと以前盗み見たパスワードをカチカチと打ち込む。が、開かなかった。 見間違えたかと似たような数字を打ち込んだが、遂に解除することはできなかった。こんなことなら機材を持ってくるんだった。失敗に対するわずかな苛立ちと、疑問と、好奇心が湧いた。 彼女は上京してきているし、彼氏が地元にいるのなら文化祭に出てこないのも訳ない。若葉の友人もクラスメートも、誰も相手の顔を見たことがないと言うから虚言癖かとも思ったが、メールや着信は確実にある。 もう少し調べてみようか。 [mokuji] [しおりを挟む] ×
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