12



 結局、折原くんへの返答を有耶無耶にしたまま、修学旅行の日が来てしまった。

 携帯は文化祭後に無事に落とし物として見つかった。それ自体は良かった。だけど、大量に来ていた連絡とその後処理が少しだけ、少しだけ大変だった。折原くんへの連絡は、文化祭のお礼と携帯が見つかったことの報告しかできていない。これ以上放置していても、私の気も収まらない。傷つけてしまうことになるのかもしれないけど、それでも伝えなければ。





 一日目のスケジュールは学習的な意味合いも強くあっという間に終わり、気づけば宿泊先のホテルにいた。

 夕食も終えて、あとは今日たまたま打ち上がるらしい花火を各自の部屋で見るだけ、というのが大半の生徒の過ごし方なのだが、私野々村若葉、何とかして部屋を抜け出さなくてはいけなくなってしまった。というのも、夕食会場から出た時に折原くんと鉢合わせ、今しかないとその場で約束を取り付けてしまったためであり、つまり自業自得である。

「花火何時からだっけ?」

「もうすぐ始まるよ」

「マジか。飲み物切らしたから急いで買ってくる。飲みたいものある?」

「れんちゃん何かある?」

「いーや。私らはいいから、早く行ってきな。」

 すんなり送り出してくれたれんちゃんとせっちゃんに脳内で頭を下げながら、財布と携帯だけ持って外へ出た。





「若葉、こっち」

 指定された時間よりも早めに着いたというのに折原くんがもういて、こちらに向かって手を振っている。

「ここの方が人通らないから」

 文化祭の時といい折原くんは人目につきにくい場所を見つけるのが上手い気がする。ちょっとおっかない。



「で、話って?」

「その、返事が遅くなってごめんなさい」

「ああ」

 やっぱり、といった様子で折原くんは言う。

 良い返事を期待してくれてるかもしれないけど、それでも言わなくちゃ。

「私に何を期待してくれてるのかわからないけど、折原くんが期待するようなものは私にはないと思うし、折原くんにはもっと折原くんのことを見てくれる人がいると思う。だからその、やっぱり、ごめんなさい。」

 言いながら頭を下げた。

「残念」

 聞こえた返事に顔を上げて折原くんを見たが、言葉の割に目に見えて傷ついた様子ではなかった。

 ただ顔に出にくい人なのかもしれないけれど、やっぱり折原くんが私に向けているものは、純粋な恋心とかそういうものではないんだとろうと思った。



「……でもさ、若葉って俺がどんな人間か知ってる?趣味とか、好きな食べ物とか」

「ええと、人間観察、だっけ。好きな食べ物は、ごめん、知らない」

「だよね。俺も教えた覚えないから。ちなみに大トロね。」

 意外と可愛い好みをしているねなんて軽口を言う間も無く折原くんは私に語りかけ続けた。

「今の君は俺が俺だからというより、何か理由、まあ今は付き合っている彼氏がいるからという理由で俺の気持ちを受け取らずにいるように見える。俺はそれを理由にフラれるのは納得がいかないわけ。それに幸せそうならわかるけど、今の君は幸せそうじゃないし、むしろ悩まされてるように見えるから。」

 なるほど言いたいことはわからなくもない。でもそもそもの前提が、説明されてなくないか。

「…ねえ、折原くんって私のどこが好きなの?」

「若葉が、野々村若葉という人間である限り、俺は君のことを愛しているよ」

「あ、あいし……!?」

 そんな言葉、初めて言われた。“好き”ではなく、“愛している”。

「そ。愛してる。」

「はあ、なるほど?」

「そういう訳だから、若葉にはまずもっと俺の事を知ってほしいんだよ。それで気持ちが変わるかもしれないだろ?変わらなかったら、また別の方法を取るしかないけど。…さあ、あんまり部屋に帰らないとお友達にも心配されるだろうし、戻りなよ。先生にバレても困るしね。」


 
 動揺している間にうまく丸め込まれて解散する運びとなった。

 エレベーターに乗り込んで部屋の階を押して、ため息をつく。

 一体何なんだ、折原くんは。

 純粋な恋心ではない。やはりそれは変わらない。でも愛していると言った折原くんは嘘をついているようにも見えなかった。

 どうやら折原くんは意地でも私に好意を向けている状況を続けたいらしい。そうすることで折原くんになにかメリットがあるのだろうか。一方通行の愛って、結構苦しいものではないのか。

 返事はしたけれど、むしろ以前よりややこしい事になってしまった気がする。

 ぼんやりと眺めていたフロアガイドを見て思い出した。

 ──言い訳用のジュース、買ってない。

 またため息をついた。



[ 16/16 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×