- ナノ -


(2話)


 扉をくぐると、真っ暗な世界が広がっていた。

 以前来た時は昼間だったからか、景色がまるで違う。真っ白な吹雪の中にあったあの大きな湖畔は、今は暗闇に溶け込んでいる。

「静かですね……」
「ああ、今は周りに村も無いですからね。人が居なかったら静かですよ。人が居た頃も、夜は比較的静かだったな」
「そうなんですね……魔法舎は夜でも比較的明るいし、人の気配はしますもんね……」

 先ほどまで居た魔法舎の中庭も静かだと思ったが、ここはまた別世界のようだった。暗くて静かな中に、ポツンと月だけが浮かんでいる。所々凍った湖の真ん中に浮かぶ月が、寂しげにこちらを見ていた。

 音のない世界。光は月明かりだけで、あたり一面吸い込まれそうな暗闇が広がっている。そのせいか、ミスラの暮らした世界は、以前見た時よりもほんの少しだけ寂しく見えた。


「湖畔の周りを少し見て回りますか? 何か珍しいものが落ちてるかもしれませんよ」

 不意に声をかけられ、背の高いミスラを見上げる。

 ミスラは不思議な人だった。人に興味がなさそうなのに、聞くと嫌がりもせず色んな質問に答えてくれる。そして、立ち寄った様々な場所でも、私に色んなものを見せてくれた。まるで子供が宝物を見せるときのように。ほんの少しだけ得意げに。


「……何ですか?」

 私の視線に気付いたのか、ミスラがこちらを見て言った。

「ミスラは、いつもそうやって私に色んなものを見せてくれますね」
「そうですか?」
「はい。前も不思議な木の枝を見せてくれました。あの、何でも凍ってしまうやつ」

 ミスラは記憶を辿るように宙を仰ぐと「ああ」と小さく声を上げた。

「ありましたね、そんなこと」
「あと、小さな舟にも乗せてくれました」
「よく覚えてますね。また乗りたいですか?」

 そう言うとミスラは辺りを見渡した。

「ああ、あそこに小舟がありますね。乗りますか?」

 いつもの、少し得意げな顔でミスラが言う。

「はい。ではまたミスラが漕いでくれますか?」
「いいですよ。舟を漕ぐのは得意なので」



 小さな舟は所々朽ちて穴が空いていたが、ミスラが魔法で瞬く間に修復してくれた。


 ミスラと二人、小舟に揺られながら湖の中心へと向かう。

 静まり返った中に、パシャパシャという水音だけが響く。湖のちょうど中心へと着いたところで、ミスラは漕ぐのをやめた。

「ここがちょうど湖の中心です。あとであの島にも行きましょう。俺の家があります」

 そう言って、ミスラは櫂にしていた木の枝を置くと、私の向かいに座った。


 不意に鼻のあたりがむずむずして、私は小さくくしゃみをした。

「……っくしゅ」
「寒いですか? 一応魔法で守護してるんですけどね。……人間相手は調整が難しいな」

 そう言って、ミスラは自分が羽織っていた上着を私の肩に掛けてくれた。

「いいんですか? ミスラは寒くないですか?」
「俺は別に寒くないです。慣れているので」
「でも……」
「要らないなら返してください」
「い、いります! 借ります!」

 慌てて袖を通すと、ミスラは小さく笑ってから湖へと視線をやった。

 以前見た時は白い雪原の中で彼の赤い髪がよく映えたが、今はあたりが暗くてよく見えなかった。それどころか暗闇に溶け込んでいるように見える。
 綺麗な横顔を眺めながら、彼がこのまま消えてしまうんじゃないかと思い、思わず羽織った彼の上着を握った。

「……本当に、静かですね……」
「そうですね。そういえば渡し守をしていた頃も静かだったな。乗っている人は喋らないので」
「あ……」

 そうか。ミスラがこうして舟に乗せていたのは、亡くなった方だ。

「……たしかその頃、チレッタさんと知り合ったんですよね?」
「そうですね」
「私も、お会いしてみたかったです。どんな方だったのか」

 私の言葉に、ミスラは不思議そうな顔で首を傾げた。

「以前話したことありませんでしたっけ?」
「あ、ありますあります。ルチルやミチルにもお話は聞いているんです。でも、話を聞くのと、実際に会うのとでは違うでしょう? ……ミスラも、話に聞いていたのと会ったのとではだいぶ印象が違いましたから」
「……そうですか」

 そう言ったきり、ミスラは黙り込んでしまった。

「ほら、長く生きている魔法使い……例えば、スノウたちとか、オズやフィガロたちって、みんな独特の雰囲気を持っているので。チレッタさんもそうだったのかなって……。そういう方に、会ってみたかったなって……思って……」

 私が何を言っても、ミスラは視線を落としたまま何も話さなかった。

 気を悪くしたのだろうか。もしかしたら、チレッタさんとの思い出は、大事にしまっておきたいのかもしれない。他人の私がずかずかと足を踏み入れるべきではなかったかもしれない。

「……あの、ミス――」
「チレッタは……よく笑う人でした」

 ポツリと言って、再びミスラは沈黙した。だが、先ほどよりも少しだけ表情は柔らかくなった気がした。以前話を聞いた時、ミスラは彼女のことを、花のようだったと表現した。まるで花が咲くように笑う彼女のことを、思い出しているのかもしれない。

「そうなんですね。……ルチルも、そんなことを言っていました。とても可愛らしい方だったと」
「……そうですか」

 ミスラは小さく笑ってから、再び口を開いた。

「少しだけ、似ている気がします」
「似てる? 何にですか?」
「あなたが笑った顔と」
「……そうなんですか?」
「はい。ほんの少しだけですけど」
「……そうですか」


 私はそれ以上何も言わず、彼もまた、何も言わなかった。



***



 その後私たちは、湖の中に浮かぶ小さな島へと向かった。島には生き物の骨がたくさん転がっていた。以前、呪術に骨を使うと言っていたから、その名残りだろうか。
 オズはこの湖が汚れていると言っていたが、私にはそういったことは分からなかった。ミスラが一緒に居て護られているからなのか、私が人間だからなのか。どちらにしても、ミスラが過ごした世界を垣間見れるのは嬉しかった。

 島の中にあるというミスラの家にも連れて行ってくれた。何もない空間にひっそりと佇むその小屋は、ミスラそのものを表しているようだった。
 
「もう少し寒くなったら湖面が凍ります」
「そうなんですか? 今でも十分寒そうですけど……もっと寒くなるんですね。そんなに寒くてミスラは暮らしにくくなかったですか?」
「とくには。魔法があればある程度は調整可能なので。ただ、食べ物が手に入らなくなるので、それが少し面倒でしたね」
「そういう時はどうするんですか? 遠くまで狩りに行ったりするんですか?」
「そうですね……そのまましばらく別の土地で過ごすこともあるし、飽きたらここに獲物を持って帰ってくることもあります。特に決めてません。その時の気分です」
「なるほど」

 そうか。魔法があればある程度のことには対応できても、食べ物ばかりはどうにもならないか。そう考えると、人間が暮らすにはここは厳しすぎる気がした。数年前の寒波で近くの村が滅びたと言っていたが、無理もない。

「それでもここから離れないのは、ミスラがここを気に入っているからなんでしょうね」
「……そうですね。ここは落ち着きます」

 辺りを見渡しながら、ミスラは少し懐かしむように目を細めた。

「連れてきてくれてありがとうございます、ミスラ」

 ミスラを見上げながらそう言うと、ミスラはいつものあの得意げな顔で笑った。



 その後も、ミスラは一晩かけて色んな場所を見せてくれた。

 静かな音のない世界に、私とミスラの足音や声だけが響く。まるで、世界に私とミスラの二人しか存在しないような気にすらなってくる。

 そして、東の空の端がほんのりと白んでくる頃になると、ようやく色んな音が聞こえてきた。鳥のさえずる声や動物の声が聞こえる。その音につられるように私の口から欠伸が漏れた。

「ふあ……さすがに一晩寝ないと眠いですね。今更眠くなってきちゃった……」
「そうですか? 俺は何日も眠れていないので。常にしんどいですけど」
「では、魔法舎に帰ったら少しお昼寝しましょう。私、今ものすごく眠いので、きっとミスラのことを気持ちよく寝かしつけられると思いますよ」
「ああ、いいですね。お願いします」
「じゃあ、帰りましょうか」


 このまま魔法舎へと帰るのかと思ったが、ミスラは少し考えるように小首を傾げてから、箒を出した。

「……ミスラ? 箒で帰るんですか?」
「腹が減りましたね」
「えっ? ……そうですね。帰ってネロに何か作ってもらいましょうか」
「箒で少し飛んだところに、小さな街があります。村って言ったほうがいいのかな。小さな集落です」
「……そうなんですね?」

 ミスラの意図がいまいち分からなかったが、箒を出しているということは、そこに寄るつもりなのだろうか。

「えっと……そこへ寄ってから帰りますか?」
「はい。朝食を食べてから帰りましょう」
「いいですね。じゃあ、連れて行ってくれますか?」
「いいですよ」



 着いたのは街と村のちょうど中間くらいの小さな街だった。たしかに、街と呼ぶにはあまり賑わっておらず、村と呼ぶには規模が大きい気がした。

 ミスラと一緒に朝食を摂り、街を見て回る。街にはのんびりした空気が流れていて、それがなんだか心地よかった。

「のどかでいい街ですね」
「まあ、煩くはないですね」

 興味なさそうにそう言うが、すぐに帰ろうとしないところを見ると、案外この街が気に入っていることが窺えた。

「この街のことは元々知っていたんですか?」
「いいえ。以前この辺りを飛んでいたときに見つけました」
「そうだったんですね」
「少し似てるなって思って。俺が昔住んでいた村に。上から見たときにそう思いました」
「あ! だから箒だったんですね」

 それを聞いて、ようやく合点がいった。面倒なことを嫌うミスラなら、わざわざ箒を使わなくても空間移動の魔法で一瞬のうちに移動できる。普段の彼なら迷わずそちらを選ぶだろう。それなのになぜ箒を選んだのか、ずっと引っかかっていた。きっと、空からの景色が見たかったからなのだろう。

「あなたもちゃんと見ましたか?」
「え? えっと……ごめんなさい、そういった意味ではちゃんと見ませんでした」
「……そうですか」

 私の答えに、ミスラはほんの少しだけ落胆したような顔をした。……もしかしたら、色々なものを見せてくれるのと同じように、私にこの街の景色も見せてくれようとしていたのかもしれない。

「ごめんなさい、ミスラ。せっかく見せてくれたのに……」
「別にいいですよ。それに、また来ればいいじゃないですか」
「じゃあ、また連れてきてくれますか?」
「はい。機会があれば」


 しばらくの間そうして街をぶらついていると、陽がずいぶんと高い位置に昇っているのが分かった。案外長居をしてしまった。そろそろ帰ろうかとミスラを振り返ったとき、通りの端に露店を見つけた。商品が並べられた台がキラキラと輝いている。アクセサリーだろうか。
 引き寄せられるように足を進めると、そこには様々な形のアクセサリーが並んでいた。どれも控えめなデザインで、素朴なものが多かったが、そんな中に一際目を引く赤い石のついたイヤリングがあった。

 白や水色のシンプルな光の中で、燃えるような赤が映えて美しかった。

 まるで、雪の中に一人立つ、ミスラのようだと思った。

 この街に来た記念に、何か自分にお土産でも買おうかと手を伸ばした瞬間、目が回った。立ちくらみにも似たそんな感覚に思わず目を瞑る。

 そして、目を開けると、見たこともない景色が広がっていた。先程まで見ていた露店も消えてなくなっている。明らかに今まで居た場所とは違う。

「ミスラ? ……ミスラ!」

 辺りを見渡すが、あの背の高い赤髪の男は居ない。

 はぐれたんだろうか。いや、私はさっきまでミスラと一緒に居たはずだ。それなのになんでこんな一瞬で……。

 そこまで考えて、ふと、ある考えが浮かんだ。

 以前、中央の国で催されたパーティに参加している最中、オーエンに呼ばれて一瞬のうちに室内からバルコニーに移動したことがある。あの時の感じと似ている。なら誰かが魔法で――


「へえ……やっぱりミスラの連れだったんだぁ」

 背後から急に声をかけられ振り返ると、見知らぬ若い女性が立っていた。ゆるいウェーブのかかった長い髪に、アメジストのような紫色の瞳、艶のある赤い唇。三角の帽子は被っていないけど、昔よく読んだ絵本にでてきた魔女によく似ていた。


「見た感じ人間っぽいけど……あなた、魔女なの?」

 うっすらと目を細めながら、女性は私の顔を覗き込んだ。

「いえ……私は人間で……」
「人間なんだ? 人間なのにミスラと一緒に居るの? ひょっとしてミスラが魔法使いだって知らないのかしら」
「いえ……知っています……」
「ならなんで100年くらいしか生きられない人間が、魔法使いと一緒に居るのよ。それもミスラみたいな」
「えっと……私は……賢者で…………ミスラは、賢者の魔法使いなので……」

 女性の様子を窺いながら、ポツリポツリと言葉を紡ぐと、女は愉しそうにケラケラと笑った。

「ああ! それであのミスラが人間なんかと一緒に居るんだぁ。あはは! おかしいと思った。そうよね。人間じゃあすぐに死んじゃうものねぇ?」

 クスクスと笑う彼女が不気味だった。背筋が凍るような、そんな薄寒さがあった。『ミスラ』と親しげに呼び捨てにするわりには、ミスラに対しての好意が感じられない。それどころか、彼女の言葉には終始棘があった。

 心臓が少しずつ早鐘を打つ。

「あの……あなたは……ミスラのお知り合いの方ですか……?」

 恐る恐る問いかけると、女性はキョトンとした顔をしてから、薄らと口元を上げた。

「知り合い、ねぇ……。向こうは覚えてないと思うけど」

 鼻で笑いながら吐き捨てるようにそう言うと、彼女の瞳がスッと細められた。

「私、あの男が大っ嫌いなの。なんでか分かる? 賢者様」
「……いいえ。分かりません……」

 なんとなく、想像はついた。ミスラはこの世界でもオズに次ぐ実力者だ。きっと敵も多い。それでなくともミスラは普段からあの感じだ。誰からも好かれるタイプではないし、誤解を受けることも多いだろう。でも、それを言葉にしたくなかった。

 女は答えなかった私のことなど気にした様子もなく続けた。

「私の父はね、あの男に石にされたの。……呆気なかったわ。まるでその辺の道端に落ちてる石を蹴るみたいな気軽さでね」

 彼女の瞳が哀しげに歪んだ。この人の父親も、ミスラに挑んで返り討ちにあったんだろうか。

「それは……あの……なんて言ったらいいか……」
「……あの男も、大切なものを壊されたり奪われたりしたら、私の気持ちの百分の一くらいは分かるのかなって思ってたんだけど、いっつも一人だったから、あの人」

 そう言って、紫色の瞳が私を捕らえた。

「でも、今日は違ったのよね。……あなたはミスラにとって『大切な人』なんでしょう? だから、一緒に居たのよね?」
「え……」

 ニッコリと笑う彼女の瞳は笑っていなかった。

「あなたが死んだら、ミスラは悲しがるのかしら。人間なら放っておいてもすぐ死んじゃうんだろうけど、それじゃあつまらないし。私、あの男の顔が苦痛に歪むのところが見たいのよね。……だから、あなたに恨みはないけど、死んでもらうわね?」

 そう言うと、彼女はゆっくりとこちらに近づいてきた。思わず後ずさると、何かに躓いたのかガクンと足から力が抜けた。
 尻餅をつき、へたり込んだまま女を見上げる。女は先ほどと同じように楽しそうに笑っていた。

 殺される。そう思った瞬間、歯が一人でにカチカチと音を立てた。あまりの恐怖に、ミスラが着せてくれた彼の上着を握ると、ギュッと目を瞑った。


《アルシム》


 聴き慣れた声と共に、ひんやりとした空気が辺りを包んだ。次の瞬間、女の苦しそうな声が聞こえた。そっと目を開けると、どこからともなく現れたミスラが、私とあの女の前に立ちはだかるように立っていた。

「まったく……なんで勝手に居なくなるんです? 離れないようにと言ったじゃないですか」
「ミスラ……?」
「そうですけど。聞いてますか? 人の話」
「ご、ごめんなさい……気が付いたら……ここに……」
「まあいいですよ。怪我はないですか? あなたに何かあるとオズや双子たちが黙っていないでしょうから」

 そう言ってミスラは、私に向かって手を差し出した。

「大丈夫です……」

 そっと手を取ると、そのまま抱き起こされた。グッとミスラの方へ抱き寄せられ、力の入らない私はされるがままにミスラにしがみついた。

「おのれ……ミスラ……っ!」

 ふと見ると、地面に蹲った女がギリギリと歯を鳴らしながらミスラを見据えていた。女の腹には鋭い形をした氷の塊のようなものが突き刺さっている。

「誰ですか? 賢者様の知り合いですか?」
「いいえ……」

 親の仇だと言っていたが、私の口から伝えるべきなんだろうか。一瞬迷って、私はそのまま口を噤んだ。

「なら殺します」
「えっ!?」
「喧嘩を売られたので」

 言うなりミスラは魔道具の髑髏を出現させた。咄嗟に私はその腕を掴んだ。

「まっ、待ってください! なにも殺さなくても……」
「なぜですか?」
「なぜって……」
「魔法使いが魔法使いに喧嘩を売るというのはそういうことです。負けて石にされても文句は言えません」
「そう……なんでしょうけど……でも……」

 それでもミスラに人を殺してほしくない。それに、今回は今までとは違い、ミスラに挑んだりしてミスラの命を脅かしたわけではないのだから。

「と、とにかく、殺すのはダメです」
「はあ?」
「だって……この人が直接ミスラに何かしたわけじゃないじゃないですか」
「俺の連れを攫った時点で喧嘩を売ったも同義ですよ」
「でも……」

 なんて言ったらいいか分からず、ミスラの腕を掴んだまま固まっていると、ミスラが不意に「あ」と声を上げた。

「……逃げられました」
「えっ?」

 言われて女が居た方を見ると、もうあの魔女の姿はなかった。石も残っていないことから、死んだのではなく逃げたのであろうことが窺えた。

 ほっと息を吐き出すと、ミスラも同じようにため息をついた。

「まったく……」
「ごめんなさい……」
「なぜあなたが謝るんです?」
「……私が攫われたりしたから、ミスラの手を煩わせてしまって……」
「煩わされたという程のことでもないですよ。すぐに辿れましたし。あなたに俺の上着を着せておいてよかったです」

 言われて、羽織っていた彼の上着をまじまじと見つめる。

「これにも魔法がかけてあるんですか? あ、だから暖かいんですか?」
「そういうわけではないですけど、俺が普段身に付けているものなので。多少の魔力は残っています」
「あ……なるほど……そういうものなんですね……」

 だからすぐに見つけてもらえたのか。もし、ミスラが来るのがもう少し遅かったら、私は今頃ここに居なかったかもしれない。

「それにしても、あなたも案外危なっかしいですね。魔法舎に戻ったら強力な魔除けを差し上げます。……人間はすぐに死にますからね」

 その言葉を聞いて、先ほど魔女に言われた言葉が頭の中で蘇った。


『なんで100年くらいしか生きられない人間が、魔法使いと一緒に居るのよ』


 言われるまで気付かなかった。……いや、頭では分かってはいたが、なんとなく見ないふりをしていたのかもしれない。

 私たち人間は、どんなに頑張っても彼ら魔法使いよりも長く生きられない。分かっていたつもりなのに、本当は何も分かってなかった。みんなと一緒に過ごす間に、なんとなくずっと一緒に居られるような気がしていた。

 私はいつか、みんなを置いて先に死ぬ。それどころか、その日が来るよりも早く、元の世界に帰されてしまうかもしれない。それなのに、何を勘違いしていたんだろう。

 一緒に生きていけるだなんて……。


「……様? ……晶? 聞いてます?」

 グイッとやや乱暴に肩を揺すると、ミスラは怪訝そうな顔で私の顔を覗き込んだ。

「あ……ごめんなさい、聞いてませんでした」
「……あの魔女と何かあったんですか?」
「いいえ……何も……」
「まさか……」

 言いかけて、再び私の顔を覗き込む。そして眉間にシワを寄せ、小さく舌打ちをした。

「……分からないな。ったく、何をもらったんですか」
「え……?」

 ミスラが何に腹を立てているのか分からず、私はただただミスラのことを見つめた。答えを探すように。

「魔法舎に戻ります」
「えっ!? 今ですか?」
「そうです」
「待ってください。私、街で買――」


《アルシム》


 私の言葉を遮るように、ミスラは呪文を唱え空間を開いた。来る時のように私の意向は聞こうともせず、ミスラは私を乱暴に抱き抱えると魔法舎へ続く扉へ足を踏み入れた。

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