- ナノ -


(2話)



 第一印象は『怖い人』。

 第二印象は……『ムカつく奴』。





 ……はぁ。

 何度目か分からないため息をつきながら、目の前のカップに刺さったストローをぐるぐると回す。

 念願叶って学校帰りに友達と寄り道をしているというのに、気分は全く晴れない。それどころか、時間を置くにつれて先ほどの怒りが蘇ってくる。

「なーに怒ってんの。昼間のこと、まだ根に持ってるわけ?」

 呆れたような口調で綾乃が言った。

「別に根に持ってない。……ただムカついただけ」

 飲み物を一口飲みながら素直な気持ちを吐き出すと、隣に座ったもう一人の中学からの友人、ヒナが小首を傾げた。

「なになに? 何かあったの」
「別に何もない。ただちょっとイヤな人にイヤな感じで嫌味言われただけ。でももう一生話さないから大丈夫」
「同じクラスなんだし一生はムリでしょ」
「う、うるさいなぁ! そのくらいムカついたってこと! 綾乃だって『感じ悪い』って言ってたじゃない!」

 悔し紛れにそう言うと、再びストローをぐるぐる回す。すると、ヒナが納得したように頷いた。

「ああ、雨丸中の月島君か。そういえば昼間なんか揉めてたね。何があったの?」
「……言いたくない」
「なんでよ」
「言ったらヒナは絶対変なふうに取る」
「取らないよ。何?」
「……飛雄が、問題起こしたらしくてまだバレー部に入れてないんだって」

 ため息と共にそう告げると、ヒナは怪訝そうに眉を寄せた。

「え? 影山の話? それが月島君とどう関係あるの?」
「色々あったの!」
「だから、その『色々』の部分が聞きたいんだってば」

 明らかに興味津々といった顔でこちらを見つめるヒナを前に、逃げられないことを悟る。仕方なく私は今日あった出来事を話し始めた。



 朝、教室へ行くと、月島君ともう一人同じく背の高いそばかす顔の生徒が話をしていた。

 特に興味があったわけではない。ただ、耳に入ったんだ。聞き捨てならない単語が。



「ツッキー、土曜日の試合のことだけど」
「あぁ、『コート上の王様』デショ。入部前から問題行動とかホント笑える……」

 聞こえて来た言葉に、思わず足を止め振り返った。

 勢いよく振り返ったせいか、話をしていた二人組も会話をやめて目を丸くしてこちらを見つめている。
 その彼らが『誰』なのかを認識した途端、ウッと息が詰まった。

 ……月島君だ。

 彼には入学早々に辛辣な言葉を向けられたばかりだ。正直、彼のことは苦手だった。性格の悪さが言葉の端々に滲み出ている。彼とは仲良くなれる気がしない。

 思わず足を止めたが、会話に割って入るほどの勇気を持ち合わせていなかった私は、どうしたものかと思案した。

 一方、会話を中断させられたのに何も言わずに見つめるだけの私に腹を立てたのか、月島君は不機嫌そうに眉を寄せ、睨みつけるような視線を向けてきた。

「……何」

 何と問いかけながらも、これっぽっちも私と会話をする気など無さそうなことが、声のトーンから伺える。

 やっぱり怖い。仲良くなれない。

 そう思いながらも、さすがに無視するわけにもいかず、とりあえず当たり障りのないことだけを答えた。

「えっと……知ってる名前が聞こえたから……その、気になって……」
「名前? ああ、『コート上の王様』? へぇー、じゃあ何、君は王様のファンか何かなワケ?」

 明らかに馬鹿にした様子で月島君は意地悪そうに口元をあげた。

 でた。やな感じ。

「……そういうわけじゃないけど。同じ中学だったので」

 出来るだけ不快感を隠しながら言葉を繋ぐ。すると、彼の隣にいたそばかす顔の男の子が「あ!」と声をあげた。

「そっか。ミョウジさん、自己紹介の時に北川第一出身って言ってたもんね」

 穏やかな口調に、人の良さそうな笑顔。先ほどの不快感が一気に和らぐ。月島君と一緒にいるわりには、彼は良い人そうだ。こっちと話そう。……名前は忘れたけど。

「そうなの。あの、問題行動って何? 飛……影山君、何かしたの?」
「あー……、俺たちも詳しくは知らないんだ。ただ、初日に何かあったらしいっていうくらいで……」

 そう言うと彼は申し訳なさそうに眉を寄せ、「ごめんね」と呟いた。

「そうなんだ。……あ、じゃあ土曜日の試合って何?」
「あぁ、なんか問題を起こした二人プラス二年生と、俺とツッキーと三年生で三対三の試合をすることになったんだ」

 ツッキー? 月島君の事だろうか。そういえばそんな愛称で彼のことを呼んでいた気がする。
 チラリと月島君のことを盗み見ると、視線に気づいたのかギロリと睨まれた。慌てて視線を逸らし、そばかす君へと向き直る。

「そうなんだ。教えてくれてありが――」
「知り合いなら直接聞いたらいいんじゃないの? 大好きな『王様』にさぁ」

 クツクツと笑いながら、月島君は首にかけたヘッドフォンを耳にかけた。もう私と会話するつもりはないという意思表示なのだろう。

 やる事なす事いちいち腹の立つ男だ。なんなんだこいつ。本当にムカつく。私、あなたに何かしましたか? そう言ってしまいたい気持ちをぐっと抑え、とりあえず息を大きく吸い込んで、ゆっくり吐き出した。

 ……落ち着いて、ナマエ。大丈夫。私は大人だから。売られたって喧嘩なんか買わない。このくらいの嫌味、どうってことない。全く身に覚えは無いけれど、きっと彼には嫌われてしまったんだ。でも別に気にする必要は無い。リーダー格の女子ならともかく、今後全く関わりのなさそうな男子から嫌われたところで痛くもかゆくも無い。そうだ。相手にする方が馬鹿だ。

 心の中でそう繰り返し、グッと拳を握りながらなんとか気持ちを鎮める。そして、出来るだけニッコリと笑顔を作ると、月島君へと向き直った。

「そうですね。ここで話してても時間の無駄みたいだし、直接本人に聞きますね。……どうも! ありがとうございました!」

 フンっと彼らに背を向けると、後ろからそばかす君の声が聞こえた。

「ミョウジさん! もうすぐ先生来ちゃうよ!」

 言われて時計を見るのと同時に予鈴が鳴った。

「あ……」

 どうやらこのまま飛雄のところに話を聞きに行くのは難しそうだ。しかたない、休み時間になったらすぐに――

「あはは、時間切れー。残念だったね」

 後ろから楽しそうな月島君の笑い声が聞こえる。人を煽るのが大好きなのだろう。なら大成功だ。こめかみの辺りが引きつっているのが自分でも分かる。

 ……前言撤回。ここまで喧嘩を売られて黙っていられるか。

 くるりと振り返り、月島君の席の前まで足早に進む。彼は耳にかけたヘッドフォンを下ろすと、先ほどと同じようなニヤニヤとした笑みを浮かべた。その隣でそばかす君が若干アワアワした様子で私と月島君の様子を伺っている。

「何? まだなんか用?」
「月島君って、とーっても性格いいのね」

 ニッコリと笑いながらそう言うと、月島君はたいして気にした様子もなく同じような笑みを返した。

「それはどうも」
「別に褒めてないです」
「あっそう?」

 笑顔で見つめ合いながら、目の前でバチバチと火花が散るのを感じる。

「君、そろそろ席着いた方がいいんじゃないの?」
「そうだね。言われなくてもそうする」

 笑顔のまま言われ、こちらも負けるもんかと微笑み返した。間に挟まれたそばかす君が更にアワアワとしているが知ったことか。

 宣言通り二人に背を向けると、私は自分の席へ向かった。


 なんて腹の立つ男なんだろう。こんなに苛々させられたのは久しぶりだ。やや乱暴に椅子を引き、席に着く。

「痛った!!!」

 勢いよく座った拍子に椅子の足で自分の足を踏んだ。すごく痛い。
 踏みつけた足をさすっていると、後の席の綾乃が私の背中をツンツンと突っついた。

「なーに怒ってんの」
「……別に……なんでもない」
「ってかナマエ、月島君と仲良かったっけ?」
「仲良くないし。……あんな性格悪い人初めて会った。もう二度と話したくない」

 思わず彼をジロリと睨むが、当然月島君はこちらなど見ておらず、素知らぬ顔をして外を眺めていた。





 一連のやりとりを思い出すだけで再び腹が立った。

 話を一通り聞き終えたヒナは、驚いたように目をパチパチと瞬かせてから、「なるほどねぇ」と意味深に呟いた。

「なるほどって何?」
「いや、ナマエがやけに突っかかっていくなぁって思ってたんだよね。やっぱり影山がらみか」
「そういうんじゃないから。ほら、やっぱり変なふうに取る。私はあの人の嫌味な言い方にムカついてるの! 飛雄のことは関係ない」
「でも影山じゃなかったら首すら突っ込まないクセにー」
「そりゃ……。でも、幼馴染なんだから心配するのは当然でしょ!? 変な言い方しないで!」
「まあまあ、ナマエちょっと落ち着きな。声が大きいよ。ヒナも、あんまりからかわないで」
「ごめんごめん」

 綾乃に宥めるように言われ、私は再び目の前のドリンクを見つめる。

「でもさぁ、別に悪いことじゃないでしょ? せっかく高校も一緒なんだしさ、何かの縁だと思うけどなー? これを機に影山と――」
「やめて。……そういう話、したくない」

 ため息をついて、飲み物を一口飲む。そんな私の反応に、ヒナは呆れたようにため息をついた。

「なによ、相変わらずナマエは恋愛話NGなわけ? いい加減忘れなよ。別に誰が悪かったってわけでもないんだしさ。そんなんじゃいつまで経っても彼氏出来ないよー?」
「いいの。彼氏なんかいらないもん。いなくたって人生すっごく楽しいし? 私、超幸せ。このほうじ茶ラテもすっごい美味しいし」

 ふふんと笑いながらそう言うと、今度はヒナが呆れたようにため息をひとつついた。

「あっそ? ならいいけどさ。……好きな人いたら毎日楽しいと思うけどなー」
「ヒナは彼氏と付き合ったばっかりでラブラブだからそう言えるんだよ。色々考えたりヤキモキする方が私にとってはストレスなの。そんなの無い方がよっぽど楽だよ」
「まあまあ、ナマエもそのうち自然と好きな人できるって。ヒナも押し付けないの。意固地になったらそれはそれで面倒くさいんだから……」
「ちょっと! 面倒くさいってなに!?」
「あーゴメンゴメン。ナマエは可愛いよ」
「お世辞やめて。それに私は好きな人とかいらないから」
「分かったってば。お店なんだからもう少し静か……」

 ふと、綾乃の動きが止まる。綾乃が天井近くを見ている。綾乃の視線を追うように、ヒナの視線もはるか頭上へと向けられる。二人の視線につられるように振り返ると、昼間教室で会った長身の眼鏡がこちらを見下ろしていた。

「げ……」

 噂をすれば影とはこのことか。もう一生話をしない予定だった相手と一日に二回も会うなんて、悪夢としか思えない。

「『げ』って失礼じゃない? ……っていうか君、外でも煩いんだね。公共の場くらいは静かにした方がいいんじゃないの? 制服なんだしさ、何か問題起こしたら学校側が迷惑被るんだよ? 分かってる?」

 昼間と同じように嘲笑を含めて言う。だが、彼の言うことはもっともだ。今回ばかりはこちらに非がある。悔しいが言い返せない。

「……どうも、すみませんでした」

 ギリ、と歯を食いしばりながらなんとか言葉を絞り出すと、月島君は素知らぬ顔をして私達の横を通り過ぎた。

「あれ? ツッキー、どこ行くの?」
「混んでるからやめよう。騒がしい人も居るみたいだし、さ」

 そう捨て台詞を吐いて、月島君は店を後にした。



「……わーお、辛辣。顔が綺麗なだけに余計キツく聞こえるわぁ」

 彼のあの姿を初めて目の当たりにしたのであろうヒナが、ため息混じりに呟いた。

「ほらね、やな感じでしょ? あんな言い方しなくたっていいのに」
「でも今のはナマエが悪いよ。お店なんだから静かにしないとね」
「あ、裏切り者」
「裏切ってないよ。言ったよね、声大きいって」
「分かってるよ!」
「でもさ、間近で見ると結構カッコいいよね。背高いし」
「うん。それは否定しない」

 ヒナと綾乃は口々にそう言うと、ウンウンと頷いた。

「顔が良くても性格が悪かったら台無しじゃん」

 悔し紛れにそう吐き出して、飲み物を口に運ぶ。確かに、黙っていれば綺麗な顔立ちをしていると思う。でもあの性格はいただけない。なんでほぼ初対面の相手にあそこまで言われなきゃならないんだ。

「……顔が良いのは認めるんだ」
「うるさい!」


 月島君なんか大っ嫌い。


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