- ナノ -


(3話)



 翌日、休み時間に入るなり、私は隣の三組へと向かった。もちろん飛雄に会って事の真相を聞くためだ。しかし、ヤツの姿は無かった。

 その後何度か足を運ぶも、移動教室のタイミングが重なり、結局放課後まで飛雄と話をすることは叶わなかった。

 仕方がないので、放課後に男子バレー部が練習をしている第二体育館へと足を運んだ。問題行動とやらの詳細は気になったが、会えなかったのだから仕方がない。体育館へ行けばバレー部が練習をしているはず。そこに飛雄だって居るはずだ。何があったにせよ、部活姿さえ確認できればいい。


 体育館に近づくにつれ、ボールの音が聞こえてきた。部活見学期間中だからか、体育館は入りやすいように一部の扉が開いている。
 ちらりと中を覗くと、黒いジャージを身に纏った部員らしき人達が声を出し合ってボールを繋いでいた。

 わ……懐かしい感じ。

 体育館の造りはどこも同じようなものだ。中学時代に毎日見ていたものと、然程変わらない。思わずため息をつきながら、中を見回した。

 どうやら、飛雄の姿は無いようだった。月島君の言った通りだ。なら、一体どこにいるんだろう。奴は部活から締め出されて、大人しく家に帰るようなタイプではない。きっと何処かで――

「今度は覗き見?」

 背後から急に声をかけられるが、振り返るまでもなく声の主が頭に浮かぶ。もう散々聞いたから声だけで誰だか分かる。

「あれ? 無視? ま、いいけどさ。邪魔なんだよね、どいてくんない? 君はそうやって人の道塞ぐのが趣味なワケ?」
「……どうもすいませんね」

 言い返してやりたいのに、道を塞いでいた自分に非があると分かっているので、今回も何も言い返せない。結局、いつも何も言い返せないのだ。……悔しい。
 背を向けたまま一歩横へずれると、いつもの人を小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。

「どうせ王様探しに来たんデショ。昨日も言ったけど、ここには居ないよ。残念だったね」
「見れば分かるので大丈夫です。もう帰ります。さようなら。ごきげんよう」

 月島君の方を見ずにそれだけ言うと、私は彼らに背を向けた。

「ねぇ、女王様。王様、何処にいるか知ってるの?」

 立ち去ろうとした私の背中から、月島君の声が聞こえた。『女王様』って何よ。いや、それより後半が気になる。ひょっとして飛雄の居場所を知ってるのだろうか。

「知らない。月島君、知ってるの?」
「さぁ?」
「……あっそう!」

 なら呼び止めないでよね! 心の中で悪態をつきながら再び背を向けると、彼が小さく笑う気配がした。

「噂じゃ外でパス練してるらしいって話だけどね。何処でやってるかは知らないよ。頑張って探してみたら?」

 月島君はそれだけ言うと体育館へと入っていった。


 なんなんだ、あの男は。

 人を揶揄うような態度かと思えば、最後のは何なんだろう。一応居場所のヒントをくれたつもりなんだろうか。それとも私を揶揄って楽しんでいるのか。
 彼の行動からは意図が全く見えてこず、何をしたいのかさっぱり分からなかった。

 どちらにせよ、居場所の見当は全くと言っていいほどつかないので、一先ず月島君に言われた通り、外を一通り探してみることにした。



 体育館を出て、体育館の外を一周巡ってみる。そして、ふと足を止める。校庭脇の原っぱのような所でレシーブ練習をしている二人組がいたからだ。その一人が飛雄だとすぐに分かった。もう一人は小柄で鮮やかなオレンジ色の髪をしている。

 え、やだ。本当に外に居る……。一体あんなところで何やってるんだろう。問題行動とやらで部活禁止なのはどうやら本当だったらしい。
 はぁ。と思わずため息をつくと、二人の元へと向かった。


「……何……やってんの……」

 声をかけると、飛雄はひきつったような顔を向けた。

「げっ!」
「げってなによ、げって」

 見るなりそんな声を出されては、さすがに腹が立つ。素直にムッとした顔を向けると、もう一人のオレンジ髪の男の子が飛雄へと問いかけた。

「おい影山、誰だ?」
「ああ、こいつは中学の同級生で……」

 言いながら飛雄がチラリとこちらを見た。自己紹介をしろということだろうか。

「こんにちは。四組のミョウジナマエです」

 はじめまして。という意味を込めてペコリと頭を下げる。

「俺は日向翔陽! 一年一組!」

 元気いっぱいの挨拶に、思わず口元が緩む。でもすぐに心に引っかかりを感じた。どこかで会ったような、そんな気がした。一体どこで会ったんだろう。こんな目立つ風貌、一度会ったらそうそう忘れる事はないだろうに。はて……。

 記憶をたどりながら首を傾げてじっと顔を見つめていると、彼も私と同じように首を傾げて見つめ返した。同じ方向に首を傾けたまま固まった私達の様子に、飛雄は怪訝そうな顔を向ける。

「何してんだお前ら。おい日向、遊んでんな――」
「あー! 思い出した!! 雪が丘の背番号一番の子だ! そうだよねえ! 飛雄、覚えてる!?」

 何か言いかけた飛雄の言葉を遮りながら、肩をガクガクと揺さぶると、飛雄は鬱陶しそうに私の手を振り払った。

「うるせー! 邪魔すんな時間の無駄だ! おい日向! レシーブ!」
「お、おう!」

 言われた日向君は、ビシッと背筋を伸ばして先ほどの位置へとついた。とりあえず私も邪魔にならない位置へと移動する。


 ……数分見て頭を抱えた。
 これはマズい。


 日向君のレシーブは素人に毛が生えた程度のもので、とてもじゃないが土曜日までにまともにレシーブができるようになるとは思えなかった。
 本当は事の詳細を聞きたかったが、そんなことをしている場合ではなさそうだ。レシーブは一朝一夕にできるようになるものではないけれど、一分一秒でも長くボールに触れていた方がいいに決まってる。

 これ以上ここに居ても、自分にできることは何もない。それどころか邪魔になるだろう。そう思い立ち上がると、スカートに付いた砂埃を軽く払った。

「じゃあ、私帰るね。土曜日の試合、頑張ってね」

 ボールの途切れるタイミングを見計らって声をかけると、飛雄は怪訝そうな顔を向けた。

「なんで知ってんだよ」
「クラスの子が噂してた。多分相手の一年の子じゃないかな。あ、一人は背高いよ。多分飛雄より高いと思う。あと、頭も良さそう。……ついでに性格悪い。ひょっとしたら手強いかもね」

 言いながらチラリと見ると、飛雄は眉間にシワを寄せ、難しい顔をしていた。

「冗談だよ。飛雄なら勝つでしょ?」
「当たり前だ」

 相変わらずの自信に満ちた物言い。見ているとこっちまで元気になる。やっぱり飛雄はこうでなくちゃ。元気のない彼の姿は見たくない。ついでにあのムカつく男を叩きのめしてくれ。

「それじゃあね、日向君。レシーブ練習、頑張って」
「おう!」

 ヒラヒラと手を振り、その場を後にした。



***



 家までの道のりを歩きながら、私は中学最後の大会を思い出していた。

 最後の公式戦。一回戦で我が北川第一と当たったのは、無名の雪ヶ丘中学校という学校だった。
 雪ヶ丘はリベロすら居ないような小さなチームで、メンバーの半分はまだ入ったばかりの一年生のようだった。その証拠に、大半が生まれたての子鹿のようにプルプル震えていた。
 一方我が北川第一は精鋭揃いだ。当然背の高い選手が揃っている。雪ヶ丘の選手とは大人の子供のような身長差だ。
 誰が見ても実力差は明らかで、当然、この試合を見ている誰もが、優勝候補でもあるうちが勝つだろうと思ったに違いない。

 でも、あの子だけは違った。どんなボールだって絶対に諦めなかった。本気で勝とうとしているのだと、すぐにわかった。

 小さな彼が空高く舞い上がる姿が、今でも目に焼き付いている。こんな子が飛雄と同じチームに居たらよかったのに。そうしたら飛雄はきっと、もっと自由にプレーできていたのに。試合を見ながら、そんなことを思った。

 でももしかしたらそれが現実になるのかもしれない。

 日向君のレシーブは下手クソだったけど、飛雄が一緒なら大丈夫だ。きっと飛雄がなんとかする。そんな気がした。だって、あの人に出来ないことなんてない。あの人は天才なんだから――


 飛雄は、出会った時からずっとそうだった。

 私がバレーを始めたのは、幼稚園の頃だ。

 近所に住む、二歳年上のいとこのお兄ちゃんとその友達が、物心ついた頃からずっとバレーをやっていたからだ。一緒に遊んでもらうためには、私もバレーが出来るようにならなければならなかった。

 最初は思うように飛ばないボールに癇癪を起こしたこともある。ヘタクソは来るなとも言われた。それでも、悔しくて、諦めたくなくて、何度も何度も練習した。その甲斐あって、小学校に上がる頃には、二人と一緒に遊んでもらえる位には上手くなった。

 いとこのお兄ちゃん達と一緒に遊ぶための手段の一つに過ぎなかったバレーは、いつしか私の中で大好きなものの一つになっていた。

 小学校に上がってすぐ、私は地域のバレーチームに入った。そこで飛雄と出会った。

 飛雄が入ったばかりの頃はまだ私の方が上手かった。当然私が飛雄にバレーを教えてあげたし、練習にも付き合った。自分自身の練習にもなったし、まるでスポンジのように教えたことをどんどん吸収していく飛雄と一緒に居るのは楽しかった。

 でもそれも最初のうちだけだった。

 飛雄はあっという間に私を追い越していった。私が時間をかけてようやくできるようになったことを、いとも簡単にやってのけた。どんどん上手くなっていく飛雄のことが、羨ましくて、妬ましくて、怖くてたまらなかった。

 あれから何年経ったんだろう。

 きっと、飛雄のような者のことを、『天才』と呼ぶのだろう。
 そして、自分はそうではないのだと、もう分かっている。だから怪我をした時、すんなりバレーを諦められた。


 バレーは嫌いじゃない。日向君と飛雄のプレーも見てみたい気持ちはある。でも、行くべきじゃないということも分かる。

 私に出来ることは、飛雄が納得のいくプレーが出来るよう、ただ祈るだけだ。

 コートの中で笑うあの人の姿が再び見られるように。

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