嫉妬


 ――土方さんみてぇな猫だ。

 漆黒の毛並みを撫ぜながら、沖田はそのようなことを考えていた。屯所に時折やって来る猫たちに餌をやるのが、いつからか沖田の役割になっている。今日も気まぐれに現れた四匹にキャットフードを与えていた。
 三毛、茶白、白黒のハチワレ、黒の単色。中でも特に黒猫が沖田に懐いており、餌もそこそこに縁側で胡座をかいていた沖田の膝に「ここは自分の縄張りだ」と言わんばかりに陣取っている。そんな図々しくも甘えたがりな黒猫の頭を撫でつけながら、いつも煙草の香りを纏っている男のことを沖田は思い浮かべていた。

「総悟、お前のサインが必要な書類を……なんだ、また猫と遊んでんのか」
 呼ばれたかのようなタイミングで土方が書類を手にやって来た。書類の受け渡しなど部下にやらせればいいのだが、沖田はすぐデスクワークから逃げるからと、こうして副長直々に書類を持って念を押しに来ることがある。
「餌やりも立派な仕事でさァ」
「伊東に懐いてた猫だろ。ご苦労なこって」
「居着いちまったモンはしょうがねえでしょ。それに、猫はわりと好きなんでさァ。まぁ調教するなら断然犬の方ですけど」
 膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし、沖田の掌にいいようにされている黒猫を見て何とも言えない気持ちになった土方は、隊服のポケットから煙草を取り出した。
「吸うなら俺の部屋に入ってからにしてくだせェ」
「へぇへぇ。一服してる間にちゃっちゃとサインを済ませてくれ」
 沖田が黒猫を庭に放すと、ふたりで障子の向こうへと入っていく。

 数枚の紙にさっと目を通し、署名して判子を押すだけなので、それほど時間はかからない。煙草を数本吸うにはちょうど良い時間だ。沖田の部屋に置きっぱなしにされている灰皿に灰を落としながら、土方は文机に向かう沖田の後ろ姿を眺めていた。
「こんな紙切れ、土方さんが処理しといてくだせぇよ」
 土方に監視されていては逃げられないだろうと諦めたのか、大人しく筆を走らせていた沖田が振り返り、書き終えた書類を土方に差し出す。
 咥え煙草で、まとわりつく煙に顔をしかめながら土方はそれを受け取った。フィルターの根元まできっちり吸うと灰皿で煙草の火を揉み消す。この部屋ではもうすべきことは無いはずなのだが、土方は座ったまま動こうとしなかった。
「まだ何かありやした?」
「いや……ねぇんだけどよ」
 もごもごと口ごもり、何やら煮え切らない土方の様子に小首をかしげる沖田であったが、バツの悪そうな表情から仕事のことでは無さそうだと察する。
「なんです、チューでもしたくなっちゃいやしたか? まったく土方さんは万年発情期で困りまさァ」
「発情してねぇよ! 総悟、お前こっち来て胡座かけ」
 あること無いこと言われるくらいならばと、不本意ではあるが、土方はためらっていたことを行動に移すことにした。
 ずりずりと膝をすって土方の近くまで移動し、沖田は言われた通りに胡座をかく。土方はごろりと横になると、沖田の膝に頭をのせた。いわゆる膝枕である。
「……五分経ったら起こしてくれ」
「こりゃあデケェお猫様だ」
 ここは俺の縄張りだとばかりに膝の上に落ち着き目を瞑ってしまった土方の漆黒の髪を、優しく撫ぜながら沖田は笑った。


2022/12/11
prevbacknext
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -