あれはいつのことだったろうか。沖田は押し入れから目的のものを探しながら、己の人格形成に強い影響を与えた出来事を思い出していた。
 まだ武州にいた頃、土方への悪戯が過ぎて、その報復として縄で丸太に縛り付けられ山中に放置されたことが沖田にはあった。当時から土方を騙すことは常であったのだが、十にも満たない幼い沖田の戯言を土方は何度でも信じ、何度でも騙されていた。
 その時も誰もひっからないような「マヨラティはマヨネーズで動く」などという沖田の嘘を、土方は疑うどころか目を輝かせて車の給油口にマヨを注入してしまった。車の持ち主からこってりと油を絞られ騙されたことに腹を立てた土方は、まだ若く自制が効かなかったのか、自分の腰ほどの背丈しかない沖田を諭すのではなく、丸太ごと縛りあげてしまったのだ。
 その経験が沖田の小さな体の中で眠っていた癖を目覚めさせることとなった。縛られることに恐怖はなく、あんな嘘に騙される方が悪いなどと歳のわりに落ち着き払っていたのだが、縄で動きを封じ込まれているという事実に言い知れぬざわめきを感じていた。幼い沖田にはそのざわめきの正体は分からなかったが、十八ともなればあれが何だったのか理解し、その答えとなる探しものを手にして土方の部屋へと向かった。

「これで俺のことを縛ってくだせェ」
 探しもの――真っ赤な麻縄を差し出しながら言うと、土方は開いた口が塞がらないようであったが、沖田は構わず言葉を続けた。
「俺にこんなアブノーマルな性癖を植え付けたのは土方さんなんで、責任を持って緊縛プレイに付き合ってもらいやす」
「いやいやいや! そんなもんお前に植え付けた覚えはねぇぞ!」
 沖田にキスやその先を教えた覚えはあっても、そんな荒々しい愛し合い方など今まで一度もしたことは無かった。
「忘れたとは言わせやせんぜ。いたいけな男児を縛って放置プレイまでしたじゃねぇですか」
「縛って、放置だと? ……あ」
「思い出しやした? じゃあさっそくおっ始めやしょう」
 確かにそのようなことを沖田に対して行った記憶が土方にはあったが、あれはお仕置きであって緊縛プレイなどではなかったはずだ。沖田がこのような暴挙に走る理由がやはり掴めず、縄を手にズイズイと詰め寄ってくる沖田の顔を掌で制す。
「だいたい、身体の自由を奪われるとか、支配されるなんてのは、お前が一番嫌いなことなんじゃねぇのか?」
「俺もそう思ったんですけどね、どうやら気に食わねぇ土方さんに拘束されるっていう屈辱的なシチュエーションが燃えるみてぇです」
「性癖歪みすぎだろう!」
「歪ませたのは土方さんでしょうが。ささ、縄は煮てなめしてやわらかくしてあるし、蜜蝋も塗っといたんで今すぐ使えますよ。あと何かあった時にすぐ縄を切れるようハサミも持ってきたんで」
「その配慮と行動力は仕事で発揮してくれ……」

 どうやら沖田が本気で縛られに来たらしいということは分かったが、土方はそういった嗜好を持ってはいなかったので、珍しく熱心な沖田の頼みごとであっても快諾するのは難しかった。
 沖田とて、幼少期に芽生えここまで膨れ上がった好奇心や欲望を、これ以上抑え込むのは困難なので食い下がるしかない。
「俺はな、総悟。お前に乱暴なことはしたくねぇんだが」
「別にぶっ叩いてくれって言うんじゃありやせん。捕縄術の要領でちょいと縛ってくれりゃあいいんです」
 真選組は剣術の他にも、体術や捕縄術などの稽古も日々行っており、お互い緊縛プレイの経験はなくとも早縄や拷問縄の心得はあった。
 しばらく考え込む土方であったが、沖田が頼みに来た時点で答えは決まっていたようなものだった。土方という男は、よほどのことでなければ沖田からのお願いを退けることはしないからだ。鬼だ鬼だと言われながら、その実沖田には甘いのだ。
「……はあ、わかった。お前が責任取れって言うならそうしてやるよ」
「よっしゃー」
「だがな、早縄は手早く縛るだけの技術だし、拷問縄は苦痛を与えるためのものだ。お前の身体を傷モンにしたくねェから緊縛講習会に参加するぞ。ふたりでだ」
「へーい」
 本当に真面目なお人だと声に出しそうになる沖田だが、土方の気が変わってはコトだと思いとどまった。

 沖田から持ちかけた緊縛プレイの誘いだったが、後々土方の方が目覚めてしまい、沖田に「しばらく緊縛はいいです」と言わしめたのはまた別の話。


2022/12/04
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