お風呂


 土方さんはおそろしいくらいに気の利く男だ。
 あれはまだお付き合いを始めたばかりの頃、土方さんの家に初めてのお泊まりで風呂を借りた時のことだ。シャワーがとても熱くて「あちっ」なんて声が出た記憶が朧気にある。
 それから何度も風呂を借りてはお泊まりを繰り返し、シャワーのことなどすっかり忘れていた。お付き合いに慣れてきた頃に土方さんと一緒に風呂に入ってみたら、分かってはいたがコイツはフォローに生きる男なのだと思い知らされた。
 土方さんは自分がシャワーを使った直後、何気ない動作で当たり前のように温度設定を下げたのだ。それを湯船から見ていた俺は悔しいような、むず痒いような、何とも言えない気分になり「どうした、顔が赤いぞ。のぼせたか?」なんて追い討ちをされて、思わず土方さんの顔面にお湯をぶっかけた。
 初めて風呂を借りて「あちっ」と呟いた俺の声を脱衣所でたまたま聞いていた土方さんは、それ以降自分がシャワーを使った後は温度を下げるようにしていたらしい。俺がいつ泊まりに来てもいいよう、俺がいない時でも俺の適温にしてくれていた。通りでシャワーが熱かったことなど忘れて快適な入浴タイムを過ごしていたわけだ。

 そんなこんなで、風呂ひとつ取っても気が利きすぎてちょっと引くレベルの土方さんと今現在も一緒に風呂に入っているわけなのだが。椅子に座った俺の後ろで、浴槽のへりに腰をかけている土方さんが俺の頭をわしゃわしゃと泡立てている。
 最近は髪を洗うのも乾かすのも土方さんがやりたがるので好きにさせていた。俺の専属トリマーにでもなるつもりなのだろうか。
 たまに感じるが、この人はマゾヒストの素質がかなりある気がするし、クールすぎて何を考えているか分からないなんて言う女どもに見せてやりたいくらい尽くすタイプだ。
 なんて、頭皮を包み込む優しい泡と力強い指の感触の心地良さ、ついでにちょっとした優越感に浸っていると、ふいに浴室に響く低音ボイスで「おい総悟」と名前を呼ばれて我に返る。
「んー、なんですか〜」
「明日お前のシャンプー買いに行こうかと思ってよ」
「シャンプーぅ? 別に土方さんのと同じのでいいですけど」
「でもよ、お前の髪質に合ったモン使った方が良くねぇか?」
「こりゃあ重症だ」
「なんだよ……」
 きっと今下唇をきゅっと上げて、拗ねた顔してんだろうな。この角度からだと鏡が見えないので土方さんの表情を確認できないのが少し残念だった。
「俺の髪を気にかけてくれるのは嬉しいですけど、土方さんと同じ匂いに包まれるのわりと好きなんですよね」
「……ッ、グ」
 背後で何やら堪えていそうな気配を感じて更に気分が良くなってしまった。こういう時の土方さんは特に面白いから素直になるのはここぞという時に限る。
「じゃあ総悟が選んだシャンプーを二人で使おう。それと、風呂用の椅子をもう一個買わねぇとな」
「椅子?」
「ここからじゃ鏡が見えねぇだろ。シャンプーされてる時のお前の顔が見てぇからな」
 何でそんなん見る必要があるんだと聞く前に、心地良い温度のシャワーを乱暴にかけられ言葉を発することはできなかった。


2022/11/27
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