見つめ合う


「困りましたね〜」
 目の前で向かい合ったまま動けなくなった上司二人を見て、監察の山崎はため息をこぼした。
「山崎ィ、お前山崎のくせにため息なんて生意気だぞ山崎のくせに。さっさとこれどうにかしろィ」
「おい総悟、テメェのせいでこうなってるんだろうが! お前はもっと反省しろよ」
「だって土方さん、俺が箱を開ける前に山崎が止めてくれりゃあ良かったんでさ」
「一応止めましたからね、何が入ってるか分からないから薬物解析班が来るまで待った方がいいって」
「もっとテンション上げて本気で止めろよ」
 この間も上司二人、土方と沖田は鼻先一尺ほどの距離で強制的に顔を突き合わせたままだった。体の自由はある程度きくようだが、顔同士が一定の距離からピタリと離れなくなってしまったので自由に動ける範囲などたかが知れている。

 それはほんの五分ほど前のことだった。先日の捕り物で押収した品々を、精密な解析が必要であるものとそうでないものに分類する作業を土方の自室で行っており、部屋の主である土方と押収現場にも居合わせた沖田、専門ではないものの薬物の知識のある山崎が同席していた。
 検査薬で種類が簡単に割り出せそうな薬物の他に、地球上のものでは無い文字が記された掌サイズの見慣れぬ箱がいくつかあった。沖田がそれを手に取り軽く振ってみると、箱の大きさに対して中身はあまり詰まっていないようで、かすかにカタカタと何かが揺れている音が聞こえた。
「沖田隊長危ないですよ! 小型爆弾だったらどうするんですか!」
「こんな緊張感のねぇピンク色が爆弾なわけねぇだろ」
「天人が持ち込んだ物みてェだからな。天人にとっては緊張感のある色かもしれねぇぞ。尊重に扱えよ総悟」
「中身スカスカっぽいし大丈夫ですって」
「解析班に任せた方がいいですよ……」
 若さ故の大胆さなのか、沖田が躊躇なく箱を開けた瞬間に中から桃色の煙が吹き出し、逃げる間もなく隣にいた土方も共に包み込んでしまった。煙はすぐに晴れたものの、ごほごほと咳き込む土方と沖田の視線が交わると見えない力で体が引っ張られ、お互いの顔が固定されたように動かなくなったのである。

 それからどうにか体を離そうともがいてみても体力を奪われるばかり。箱に説明書きがされているのかもしれないが、すぐに解読することは困難だった。
 三者とも不可思議な現象に多少は動揺を見せるも、顔が急接近する以外の異変がないことを確認すると冷静さを取り戻し、難を逃れた山崎が箱の流通経路と文字の解読をするべく動き出した。
 煙を被った土方と沖田は現状ではまともに動くことができず、これから体調に変化が生じないとも言い切れないため待機することになった。

「せっかく堂々と休めるってェのに、飯も風呂も便所も、それに寝るときまで土方さんの顔見なきゃなんねぇだなんて」
「忠告を無視して人を巻き込んだヤツのセリフじゃねェな」
 騒動が起きたのが夕刻。山崎を待つ以外にできることがないと判断した後、体に付着した煙の成分を落とすため、ふたりの共同生活は入浴からスタートした。
 三十センチほどしか離れられないので服を脱ぎ着するだけでも至難の技だった。片方が動くと片方の体が引っ張られて倒れそうになるため、慎重に着替えた。食事は土方の部屋に運んでもらい膝を付き合わせて。トイレは個室にふたり仲良く入って用を足した。意外と息の合った奇妙な共同生活を送っていたが、身長差のせいでお互いに首への負担が大きく今は休憩がてら座布団を枕にして畳の上で横になっている。

 土方がふと素朴な疑問を口にした。
「離れるのはできねぇみたいだが、近づくのはできんのか?」
 そう言いながら元から近かった沖田の顔に自分の顔を寄せる。もう少しで額がくっつきそうだ。
「え、ちょ、近いですって」
「あ、すまん……」
 いつもは人を驚かせてばかりの沖田だが、不意打ちにめっぽう弱く、土方の純粋な好奇心から行われた突飛な行動に珍しくたじろぐ。土方は咄嗟に距離を取ろうとしたが、例によって離れることは叶わなかった。
 滅多にお目にかかれない沖田の様子に、土方もまた動揺しつつあった。ぶつかる互いの息など数秒前まで全く気にも留めていなかったふたりだが、急に意識せずにはいられなくなってしまった。呼吸の音だけが耳に届く。
 上司と部下、ただそれだけの関係であったつもりでも、何かの拍子に一線を越えてしまいそうな予感はあった。気がつけばふたりの唇が重なっていた。

 控えめなリップ音を残して視線がかち合い、再び口づけをしようとしたその時だった。

「副長! 解決法が分かりました!」
 障子の向こうから山崎の声がした。急いで報告しに来たようで少々息があがっているようだ。入室を許可する土方の返事を受けて山崎が障子を開けると、そこには座布団二枚分ほど離れて背を向け合って座っている土方と沖田の姿があった。
「あ、あれ、離れられたんですね……えっ」
 湧きあがる疑問はあれど、聞いてはいけないとばかりに山崎は笑顔を絶やさず報告を続けた。
「よ、良かったですね! 調べてみたら副作用なんかは全く無いみたいなんで離れられたならもう大丈夫です! 大変な一日だったと思うんでゆっくりお休みください! お邪魔しました!」
 そこまで一気に言い終えると少し荒く障子を閉めて早足で上司の部屋を後にした。

 あの煙の出る箱は他所の星のジョークグッズで、煙を被った者同士の粘膜が触れあうことで身体の拘束が解除される。
 などと、あの空気の中で報告をすることは小心な山崎にはできなかった。報告する前に離れられたということは、つまりそういうことなのだから。


2022/11/20
prevbacknext
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -