仲直り


 土方と喧嘩らしい喧嘩をすることは滅多に無かった。

 武州にいたころは何かと取っ組み合いをしていたような気はするが、俺も大人になったもので、今は仕事に関することで意見が食い違い少し言い合いをする程度だ。それも大抵土方の見立ての方が正しいことは身を持って知っているし、ヤツの采配を信じることができなければ斬り込み隊長なんてものは務まらないので、口出しをするのもそうあることではない。
 プライベートでの喧嘩といえば俺の悪戯の度が過ぎた時か(もはや叱られるに近いが)、機嫌が悪い時に土方の言動全てがムカついてイチャモンをつける時くらいだろう。
 いつだって俺だけが衝突の原因を作り、いつだって土方が折れてくれる。もしかすると、未だに生意気なクソガキ程度にしか思っていないからまるで相手にされていないのでは……。

「総悟、入るぞ」
 いつの間にか陽が落ちかけ、薄暗くなった自室で寝転がったまま良くない方向に考えが巡り始めた頃に、馴染みのある声が聞こえるのと同時に襖が開かれた。
「いつも返事を待ってから入れって俺に説教垂れてんのはどこの誰でしたっけ?」
「今俺が声かけても居留守を決め込むつもりだったろ」
 図星を突かれ思わず目を逸らしてしまった。
 土方とは先刻珍しく口論をしたばかりで、呼び止める声を無視して振り切り、町をぶらついてみたものの気分は晴れず、こうしてごろ寝していたのだ。虫の居所が悪かった俺が一方的に突っかかり、その後は売り言葉に買い言葉でヒートアップした次第である。
 今は一人で居たかったのだが、観念して文句のひとつくらいなら聞いてやろうと体を起こすと、対面に土方がどっかりと座る。
「さっきは悪かった」
「……はあ」
「はあ、ってことは無ぇだろお前。もうちょっと何か言うことねぇのかよ」
「いや、何で土方さんが謝ってんのかなと思いやして」
 アレは俺の八つ当たりだ。謝るほどのもんじゃないし、と言ったら目の前の生真面目な男は怒るだろうが、どうせ明日にはお互い通常運転に戻っているだろうから謝るつもりは無かった。喧嘩を売った張本人がこの調子であるのに、土方が謝る理由なんて皆目見当もつかない。
「お前最近の捕り物は出突っ張りだったろう。だいぶ無理をさせているのは分かってたのに言い過ぎた」
「そんなのは、出突っ張りなのは他のヤツらだってそうでしょうに」
 ーーアンタこそ尚更動きっぱなしのはずだ。
「いつから部下のメンタルケアまでやるようになったんです?」
「ンなことしてねーよ。負担の大きい仕事だから息抜きを勧めることはあるが、大人になったら自分の機嫌は自分でとるもんだからな」
「いやぁ、胸に刺さる言葉でさァ」
「思ってもいねぇことを言うなよ」
「いてっ」
 俺の額に軽くチョップをくらわせた土方の眉間のシワは、部屋に入ってきた時より少し和らいだように見える。
「働かせすぎだと言われようが、お前が動けるなら俺はいつでも出動させる。だがな、八つ当たりしてもいいから、お前は俺の傍を離れるな」
「流石にあんな口喧嘩でストライキ起こしたりしやせんって。俺の剣が必要だって言うなら、今からだって土方さんの命令通り動いて見せますよ」
「ん?あ、それはそうなんだけどよ、そうじゃなくて……」
「じゃあ何です?」
 だから、その、つまり、と煮え切らない様子の土方。仕事に支障が出るから喧嘩はしてもシカトはやめましょう、という話では無いのか。
「俺たちはこんな仕事やってんだろ。あんなしょうもねぇ会話が最後になったら寝覚めが悪いだろうが」
 そっぽを向いてようやく鬼の口から出てきた台詞は、俺をガキ扱いしているだの相手にしていないだの、そんなレベルでは無かった。自分が寂しいからもう喧嘩はやめようと言っているのだこの大人は。これではどちらが子供か分からない。笑いを堪えることができず、廊下を行き交う隊士たちの足音が怪訝そうに止まるくらいには大声が出てしまった。
「……そんなに笑わんでもいいだろ」
「無理ですって……くっ!ひ、ダメだ、降参しやす。俺が悪かったです。当たってすいやせんでした」
「別に謝ってほしかったわけじゃねぇんだけどよ」
「拗ねないでくだせぇよ。口が臭いは流石に言い過ぎたなと思ってたんで」
「それはそう」
 心外だ、とばかりにムッとした顔をする土方を見て、俺はまた笑いが止まらなくなった。


2022.11.13
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