生→食→行為
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 突然思いついた! 足立さんに足立さんを食べさせてあげよう!
 あの人は俺のことをいつまでも認めなくて、その上自分の体というものも随分軽視している。それもこれも、きっと彼に自分という現実感が足りていないせいなのだ。自分の意識と体の関連付けがうまくいっていなくて、それで飄々としているつもりらしいから笑ってしまう。足立さんだって、自分の体が間違いなく自分の意識と地続きなのだと分かれば、安易に人を殺したり自分を諦めたり俺をなかったことにしようとはしなくなるはずだ。
 だから、自己の肉体、生命を実感する行為として基本の基本、食を学んでもらおう! それにはもちろん豚や牛の肉ではだめだ。だって、今まで足立さんはそういう物を食べても気づけなかったのだ。反復しても仕方ない。ここはなけなしの自分の体を最大限に使って! 学んでもらおう! イエーイ!
 思い立ったら吉日とは本当にいい言葉だと思う。まだ朝5時ではあるが、足立さんに会うにはかえって都合のいい時間に思える。俺はすぐさま制服に着替えると、その下にスラリと素敵な日本刀を携えて家を出た。もちろん制服の下に隠れきる長さではないので、俺の銃刀法違反はどんなとんまだって即座に分かる。不審に思った堂島さんの怒鳴り声が後ろから聞こえる。なんだかとってもドラマチックだ! 俺は「釣竿です! 釣竿ですから!」と大声で叫びながら足立さんのアパートへ走る。既に逃避行が始まっているのだと思うと体が軽い。どれだけスピードを出してもちっとも疲れなかった。余裕だ。

 あの子、日本刀を持っているわ!
 最近の子供は、銃か日本刀なのよ。
 あら、まだまだ包丁の時代は終わらないわよ!この間だってね、息子が背中に……

 主婦の皆さんの凶器談義にも爽やかに挨拶。奥さんたちはにっこり。なんだか全て上手くいく気がする。俺は足をいっぱいに伸ばしてひた走った。跳ねる髪と頬を過ぎていく夏の風の涼やかさ。噂の膜。とても気持ちがよくなってきた。
 調子付いてふんふふんふんふふんふんふんふんふふふんふんふふんふんふぅんふんるららと歌う間に、俺はそのアパートにたどり着いた。けれどまだ一息つく冷静さなどなくて、階段を駆け上がると部屋番号を確認し、205。木製の安っぽいドアを蹴破った。ドカン! 見飽きたアメリカ映画のワンシーンのようで、俺はますます興奮した。視界が赤っぽい。
「足立さん!」
 すぐさま部屋に踏み入り一声叫ぶ。足立さんはいつもの煎餅蒲団の上で俺のことを呆然と見上げた。低血圧なのであまり事態についていけていないらしい。
「ご飯にしますよ!さあ!」
 その様が意外と性的だったので、本来の目的を見失わないようにさっさと本題に入る。制服からごとりと日本刀を落として、鞘を抜きつつ拾い上げると、足立さんの顔に驚きと恐怖の色が一気に広がった。
「また下らないことしようとしてるでしょ!やめて!帰って!」
 足立さんの悲鳴は甲高く悲愴で、そのうるささに隣の部屋からドン! と壁を殴る音で抗議が来る。お隣さんは気が短いのだ。早くしなくちゃ!
「それでは足立さん、召し上がれ!」
 手を大きく、くるりと回して刀を振ると、スパ!
 美しい切れ味で、足立さんの頭と首がスルンと分離する。頭を床に落とすと下の人に迷惑なので、俺はすかさず頭をキャッチした。血の一滴も出ないほど、その刀裁きは完璧だった。
「ギャッ」
 けれど、頭を抱えた拍子に間違って太腿に日本刀が刺さってしまい、とても痛い。涙目になりながらずるりと日本刀を抜くと、穴が開いてふんだんに血液があふれ出した。けれど、その程度の失血で俺の頭に上った血が下がってしまうということはない。まだまだ元気だ。足立さんの頭を掲げる。綺麗な断面と、怪訝そうに驚いた顔がそのままに残っているのが、とても素敵だった。
「さあ、食べてください」
 体の方へその頭を差し出す。そして、俺はそこでようやく気がついた。
 足立さんの頭がない!
 彼の体は首から上がないせいで、誰とも分からないような無個性さで布団に倒れこんでいた。これでは、この足立さんの頭を食べてもらえないではないか。
 ひどい誤算だった。人間に頭は一つしかないのだから、その頭を切り離してしまえば体の頭残機は0になってしまうに決まっている。足や手や目はちゃんと二つずつあるのに、まったく、なんという欠陥構造だろうか。
 やっぱり足立さんに俺の存在や彼の体のことを教えるのはまだ早かったのかもしれない。ゆっくり学んでいく。そう、必要なのは互いの理解、譲り合い、そして愛情だ。
 早計過ぎましたね、失礼。
 謝りながら足立さんの首と頭の断面をぴたりとくっつける。しかしそうすると、肉と肉がでろんとひろがって、予想とは違う汚い継ぎ目を晒した。その上、手を離すとずるりとその頭が落ちてくる。どういうことなんだろう。まさかくっつかないとは。
 接着剤でくっつけるべきなのか悩んだが、やはり過度の化学物質はあまり健康に良くなさそうなので諦めた。ではどうするか。少しだけ考えて、俺はお隣さんを尋ねることした。
「ごめんくださーい」
「新聞は結構です」
「宅配便です!」
 嘘をついたが、お隣さんは俺の顔を見るとそれを許してくれた。さすが元議員秘書は人望が違う。
「やあ、どうしたんだい?」
「実はですね、首と頭がくっつかないんですよ」
 話も早い。俺が困っている顔でそう告げると、彼はなるほどと頷いてしばらく何かを考え込み、そして笑ってこう言った。
「よし、少し待っててくれ。警察に電話するよ」
 彼は部屋に引っ込むと、ぴぽぱと音を鳴らして電話をかけ始めた。俺はしばらくドアの間に体を挟みながらそれを見守る。そうしていると、足立さんの部屋から携帯の着信音が聞こえてきた。耳障りで適当な、特徴のないプルルル。俺はいつまでも鳴り止まないその音にうんざりして、その場から離れて足立さんの部屋へ戻る。
 着信音は壁に掛けてあるスーツの背広からしていた。やはりしつこく止みそうにないので、俺は彼の黒い携帯を取り出して電話に出る。
「はいもしもし」
「もしもし、警察ですか?ちょっとお尋ねしたいんですがいいですか? 首のことなんですが」
「うーん、今忙しいんですよね」
「そうですか。失礼しました」
 電話は着信のしつこさからは予想外なほど聞き分けよく切れた。
 足立さんの首のほうを見ると、既に先程の表情が崩れ出している。手遅れが近い気がして、なんだかもういいか、という気持ちで、俺は足立さんの頭をくるりとまくる。髪の先から、頭皮を裏返して頭蓋や脳ミソを露出させると、先っぽから足立さんの口に詰め込む。裏返しの脳ミソは細胞だらけで手が滑った。
 しかし、為せば成る。足立さんの口に、髪の毛や鼻や目がズンズン入り込んでいくのはなかなか壮観だった。裏返った歯や舌は入れるのが難しかったが、トランプの数字を当てる手品の応用で慎重に詰めていく。
 そうしていくと、やがてその口を残して、後は全て足立さんの口へ仕舞うことに成功した。俺だってなかなかやるじゃないか。それとも隣人が役立たずだったのか。あざ笑うように一度壁を殴ると「あっ」という断末魔のようなあっけない声と、水気の多いグチユという音が聞こえてきた。
 残った口は仕方ないので、もう一度裏返してさっき太腿に開いた穴に押し込む。ぽんぽんと叩くと、鳥の胸肉のような柔らかさがふにふにと可愛かった。これで足立さんも少しくらい自分の体の大切さが分かるといい。
 さて、部屋には弛緩しきった足立さんの体だけが残っている。性的だ。
 本来の目的は既に果たされたのだし。言い訳のようにそう思いながら、服を脱がしてそれなりにそれらしい穴へ潜り込むと、あんまりにも気持ちよくて、やっぱりこの人の体は大切にしなくてはなぁと改めて思った。
 動いていると、締め付ける感触が徐々に弱まっていく。俺の存在が許されたような甘い感覚に酔いながら、中で出した。それすらも拒否しない緩みきった体は、つまり足立さんの精神と肉体が間違いなく繋がっていることの証明だった。
 あぁ、足立さんは気持ちがいいなぁ。そう呟くと、俺の太腿で足立さんの口が「僕じゃない」と泣き声を吐いた。











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