キ印機械仕掛け
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自分には見えないけれど多分俺の背中には電源ボタンがある。ポチっと押すとジャーンと起動して長押しするとチャラララーンと切れる電源ボタンがある。
気付いたのはついっき。普段長押しなんてする機会などないから、まるで知らなかった。

電源が入ったとき俺は背中を引っかかれていた。きっとその人が背中をひっかいている最中偶然俺のボタンに触れてジャーンって起動したんだと思う。なんで電源が落ちていたかは謎だけどそれは今のところどうでもいい。
俺は足立さんの上に乗っかっていた。足立さんはなんとなく怒っていた。あと歯が折れてた。怒りのためにか上気した頬と涙の膜の張った目、それに血まみれの口が少し怖い。俺は電源切れてたしおそらく何もしていないはずだから、ただ混乱する。背中を引っかかれながら足立さんの上にいただけだ。なぜ彼が背中をひっかいていたのかはわからないし、そういえば俺も彼もずいぶん服が乱れていたがその理由もよくわからない。前後の記憶がはっきりしないのは強制終了のためだろうと思っている。機械類と同じようにちゃんとした方法で電源を切らなければ壊れるのは道理だろう。
さっさと足立さんから退いて「あ、なんかすいません重いですよね」ととりあえず謝ると、彼は血に染まった口をぽかんとあけて変な目をした。気味の悪い深海生物を見たときの顔だった。
どうして刑事がこんな昼間に、叔父のいない(彼は菜々子と病院にいる)この家の居間で、俺の下に(そういえば下半身裸だ)いるのかなあと不思議で仕方なかったがその顔はさらに不思議だった。彼のそういう顔を見るのは初めてで、しかしよく考えてみれば叔父の部下という顔見知り程度の男なのだから当たり前だ。
「どうしたんですか叔父なら病院ですしここには特に役に立つものもありませんよ。足立さんお仕事中なんでしょう?でもそのケガじゃ病院に行った方がいいかも知れませんねああホラこれあなたの歯だと思います持っていくと役に立つかもしれませんどうぞ」
ハイ、と床に落ちていた白い歯の破片を渡すと彼は口を何度もパクパクして金魚みたいだ。丁度口が赤いのでとてもマッチした表現。怒りと焦りと不可解の混じった顔をしているので俺はこの人どうしたんだろうと不思議な気持ちだ。ケガをしているので彼を構ってあげたい気持ちもあったが、その前に俺は俺の中のデータが心配だった。何か大切なものが消えているんじゃないだろうか。前後の記憶だってはっきりしないし何か異常が出ているかもしれない。そして電源ボタンがあるなんて俺は本当に人間なのか?不安になってきた。自分が機械仕掛けだったなんて考えてもみなかったことだが電源ボタンを発見した以上はその可能性を否定できない。いろいろやってみなければ今後の人生不安だ。
「君、お前……」
「ねえ足立さん、電源ボタン以外にもあるかもしれないんですよ。俺がロボットだってこともあり得ますし、分かるでしょう?」
子供に諭すように言ってやる。彼も彼で混乱しているようだった。ちょっと困る。
正直なところ早く出て行ってくれないかなと思っていた。彼のことはよく知らないが電源ボタンという秘密を共有するような仲でないことは確かだった。うろたえるばかりの彼にいら立ちが募る!
「人間かそうでないかの瀬戸際なんですよ!?」
少し怒鳴ると彼は肩をびくっと震わせた。俺はそうして自分が不安なんだとようやく理解する。自分が哀れだった。彼の血の流れているのすら羨ましくて仕方ないほどだ。俺だって人間であると早く証明したかった。
いてもたってもいられなくなって、俺は何故だかちゃぶ台の上に転がっていたマイナスドライバーを素早く掴んで自分の左掌に思い切り振りおろした。右手には肉の柔らかさと骨の抵抗、左手には鋭い痛みが走る。
「なんなんだよ」
聞いたこともない声を出す足立さんにはもはや興味がなかった。ドライバーを引き抜いた掌からは赤い血がとろりとこぼれるからだ。赤い温かさが俺を包む。
良かった、どうやら俺は人間らしい。
幸せで目元や頬が緩んだ。
「狂ってる……」
しかしそんな安堵に水を差すように男が呟く。少しむっとした。どうしてそんなことを言われなくてはいけないのか。もしかして彼が俺の電源ボタンに触れて俺をシャットダウンしたんじゃないかという疑念さえ頭に浮かんだ。電源の切れている俺の下に潜り込んで歯を折る人間がいるなんて思えない。
もしかして人間じゃないのはこの男のほうではないのか?血が出ているからと言って人間とは限らないではないか。俺は痛みを感じたからおそらく人間だろうが、しかしこの男はどうかわからないぞ。
恐怖を感じた。目の前の男が敵にしか見えなくなってくる。
「足立さんあなた、」
強制終了だ!何かを言いかけている途中で頭のどこかから突然そういう言葉が飛び出してきた。
床にへたり込んでいる足立さんの頭を掴むと顔面を床に打ち付ける。別にそうすることが目的ではない。俺が用があるのは背中だけだ。ぎゃあと情けない音声が彼から漏れ出た。強い抵抗に出られる前にと彼の背中を確認すると幸いスーツは着ておらず、薄いシャツの下のボタンを押すことは容易そうだった。目には目をという心強い言葉が脳にピシャンと降ってくる。
「強制終了だ!!」
後は心の赴くままだ。俺はマイナスドライバーを彼の背中の左側に振り下ろした。彼は逃げようともがいていたが、迷いない人間の全力はあっさりとその体に刺さる。先ほどの俺の掌よりも少し柔らかいが肉でできていることは確かなようだった。引き攣るような声と痙攣。
「こ、壊れて」
掠れた高い声で最後、そんな言葉の余韻があった。俺は特に気にせず彼の電源を長押しする。
チャラララーンという音はいつまで経っても流れなかった。ミュートなのか?
薄く見える彼の体はしかしマイナスドライバーの銀色部分を全部飲み込んで、俺はその時初めて彼の厚みを意識した。薄いことは確かだが、厚みがないわけじゃない。割と人間に似ていた。すごいなあ。
「しばらくしたら、再起動してあげますから」
ドライバーを抜くと血がいっぱい出た。

(もちろん足立さんはそのあと何をやっても起動しなかった。手順を踏んで終了しないと故障するって身をもって理解できたので、いい機会だったと思います)








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