姉者を甘やかせたい膝丸
「あの…膝丸さん…」
「なんだ姉者」
「なんだじゃないよ何この距離感!?なんか今日近くない!?」
「ほう、いつもは姉者の方から近づいて来るというのに俺が近づくとなにか問題でもあるのか?」
「えっ私いつもこんなに近づいてたっけ!?」
「無自覚だったのか……かなり厄介だぞ姉者……」
「なんでもいいからちょっと離れよう。流石にこんな体が触れるギリギリの距離は近すぎるよ。綺麗な顔が間近にありすぎて目が潰れるわ」
「俺は一向に構わんぞ。綺麗だというのならもっと近くで見るといい。俺は源氏の重宝であり美術品などではないが姉者に見つめられるのならそれもやぶかさではないからな」
「ちょっ、近い近いほんとに近い!!今日の膝丸どうしちゃったの!?いつもは可愛くて苦労性な弟ポジションなのに今日はスーパー攻め様みたいなんだけど!?」
「姉者とこうして二人きりになる時間は貴重なのでな。今日くらいは俺のやりたいようにさせてもらうぞ姉者」
「アエーーッ!!」
ぐっと腰を引き寄せられ言葉にならない悲鳴が部屋に響いた。
だが私の悲鳴を聞いて誰かが飛び込んでくる事は絶対にない。なぜなら今日は遠征に演練と殆どの刀達が出払っているのだから。僅かな精鋭の刀のみといつものようにダラダラしに来た私が残さた本丸はいつもと打って変わって静まり返っている。普段ならどこから聴こえてくる短刀達のはしゃぐ声や鍛錬に励む刀達の声も聞こえる事はない。
ましてや髭切が遠征で留守にしている源氏兄弟の部屋なんて私と膝丸以外の刀が居るはずもないのである。
いやいや!だからってなんでいきなりスーパー攻め様モード!?
いつもなら手と手が触れ合うことがあれば顔を赤くして咳払いをするようなあの膝丸がどうしてこうなった!?
「君にはいつも色々とを与えられてばかりなのでな…いつか俺も姉者に尽くしてみたいと常々思っていたのだ」
「えー…膝丸には普段から尽くしてもらってると思うんだけどなぁ…。私が来るときはお菓子用意しててくれるし美味しいお茶も淹れてくれるし疲れてる時は肩まで揉んでくれるじゃん。むしろ私が膝丸に与えてあげてるものの方が少ないと思うんだけど…」
「そんな事はない。俺が君にどれほど多くものを与えられている事か……きっと君には分からん事なのだろうな…」
引き寄せられた腰が更にぐっと締め付けられ膝丸の額が私の肩に乗るその仕草はまるで小さな子供が母親に甘えているようなものに感じた。
触れた肌から伝わる体温が私の中にじわりと溶けてゆくのを感じてこれはもう観念するしかないと白旗を掲げた。
末席と言えど神の心を奪ってしまった私にも責任があるのだ、覚悟なんてとうの昔にできている。
「分かった。今日は膝丸にめいいっぱい甘やかせてもらいましょうとも」
「…いいのか?」
「髭切が帰ってくるまでね。もう心ゆくまでトロットロのべったべたに甘やかしちゃってくださいよ。膝丸が満足するまで付き合うよ」
「…ほ、本当によいのだな…?」
「女に二言はない!」
「っ…姉者、姉者っ…!」
「はいはーい」
「君が言ったのだから後悔してももう遅いのだぞ…もう君を離す気など微塵もないのだからな…!!」
「うんうん。そういえば膝丸とこうして二人きりになるのも久しぶりだもんねぇ。髭切が来る前はよく二人でのんびりお茶してたっけ」
「ああ…君はここの所兄者ばかり構って俺に見向きもしてくれなかったからな」
「いやいやそんな事はない……とも言い切れないか。髭切って構ってちゃんだし甘えい上手だから可愛くってついね」
「つい先日まで俺の事を可愛い可愛いと言っていたくせに兄者が来たら俺は用済みだと言うのか……いや、違う。君はそんな人ではないと分かっているのだ…分かってはいてはいても甘え上手な兄者を見ているとついつい素直になれん己と比べてしまう。あろう事か実の兄に嫉妬するとはな…これでは鬼になってしまっても仕方のない話だ」
「嫉妬かぁ…予想してたより膝丸に好かれてて今ちょっとびっくりしてる。んふふ、そんなに慕ってくれるなんてなんだか嬉しいな」
「笑ってくれるな姉者…。俺は真剣なのだぞ」
手袋をつけた手が私の頬を撫で、細められた琥珀色の瞳が私を私を捉える。
手を伸ばせばすぐ触れられる距離にいる膝丸はやっぱり綺麗で見つめすぎると目が焼けてしまいそうな気さえするのだ。
本来であれば兄以外の存在は眼中にないと言わんばかりのこの刀にこんな顔をさせてしまうとは……いよいよ主である弟に頭を下げて責任を取らなければいけないのかもしれないなぁ。
本気で捉えられてしまえば、きっと私はもうこの場所から出る事はできないのだろう。
だけど、そんな未来もきっと悪くない。
「んん〜!膝丸ーー!」
「なっ!?ど、どうしたのだ姉者…!?」
「んっふふ、膝丸は可愛な〜!」
「か、からかうのはやめてくれ姉者ぁ!俺は真剣だと言っているだろう!?」
「分かってますとも!膝丸が私を慕ってくれてる事が嬉しくってたまんないんだよ。そっかぁ兄者に嫉妬しちゃったのかぁ。ぐふふふ」
「やはり面白がっているな姉者!まったく…俺の頭を撫でるのはよしてくれ…これでは俺が甘やかされる立場ではないか」
「でも私に頭撫でられるの嫌いじゃないでしょ?」
「………君は本当に狡い人だ…」
「あはは、ごめんごめん。今日は私が甘やかせてもらうって約束したもんね」
「その通りだ。兄者が帰られるまでは俺の好きなようにさせていただくぞ。覚悟は良いな姉者」
「よっしゃ来い!どんな事でも受け止めてみせる!」
「い、勇ましいぞ姉者…!で、では…参るぞ!!」
「ただいまぁー。あれ、二人とも何をしてるんだい?」
「あ、兄者…!?」
「そんな構えた格好で向かい合ってるなんて……僕のいない間に二人で相撲の稽古でもするつもりだったのかい?」
「それは違うぞ兄者!というか何故こんなに早くお戻りに…!?兄者は演練に行かれたのではなかったのか!?」
「うん、行ってきたよ。だけど主が演練会場にある店のアイスを10個食べてお腹を壊してしまってね。仕方ないから帰還してきたというわけだよ」
「は!?なにやってんのあの甘党バカは〜〜!!」
「僕はバニラアイスだけでなく他の味を挟んだ方が良いと助言したんだけど主は頑なにバニラを食べ続けてしまったんだよ…。他の味を挟んだおかげで僕は20個食べてもお腹を壊さなかったわけだしね」
「そういう問題ではないだろう兄者!というかアイスを20個も食べたのか!?間食は程々にしてくれといつも言っているではないか兄者ぁ〜!」
「いやぁ、美味しくてつい。まぁ主があの様子じゃもう出陣はできないだろうね。今日は部屋でのんびり過ごすとするよ」
「くっ……な、何故だ…今日に限って…このタイミングで…」
「おや?兄が早く帰ってくる事になにか不都合な事でもあったのかい?」
「ちっ、違うぞ!断じてそのような事はない!」
「うちの弟が迷惑かけてごめんねぇ髭切…。後でしばいておくわ」
「構わないよ。それにうちの弟も何やら世話になっていたようだしね」
「ゔっ…!!」
2019.8.31