そのB
「食べる事と寝る事とイケメン見る事以外何もしたくない…」

「欲望に忠実すぎだろ姉ちゃん…。仕事で疲れてんなら自分ちで休んだ方がいいんじゃね?」

「やだ〜ここなら何もしなくてもご飯出てくるしイケメンいっぱいいるしお昼寝もし放題だも〜ん。自分の家より全然居心地良いわ」

「まぁうちのやつ等はどいつもこいつも姉ちゃんの事甘やかせまくってるからなー」

「そうでしょそうでしょ。ほら見なさい弟よ、この可愛いまんばちゃんの姿を。お姉ちゃんがここでゴロ寝しながらスマホ弄ってたら隣にピッタリくっついて寝ちゃったんだよ可愛すぎるでしょ。ツンデレな飼い猫かな?」

「主である俺より懐かれてんじゃねーか。まぁ人の体に慣れない頃に色々面倒見てもらったから保護者みたいに思ってんだろうなぁ」

「あはは、私は本丸の皆のお姉ちゃんだからね。イケメンから美少年まで揃った弟とか最高すぎるわ〜一生ここで暮らしたい…働きたくない…」


畳の上に両手と両足を伸ばすと隣で丸くなって寝ていたまんばちゃんが低く唸りながら眉間に皺を寄せた。
悪い夢でも見ているのかもぞもぞと動きながら表情を険しくさせるのでその広い背中に腕を回して擦ってみせるとホッと力が抜けたようにまた体を丸めてすやすやと眠り始める。
弟が小さい頃にもよくこうやってあげてたなぁ〜なんて懐かしい記憶を思い浮かべながら現在の弟を見つめると「そんなに見ても養ってやんねえぞ」と憎まれ口を叩いてくるのだから時の流れと言うものは本当に恐ろしい。小さい頃は私に懐いていて少しは可愛げがあったというのに。


「失礼するぞ、主」

「お、膝丸。なにか用か?」

「いや…彼女が来ていると聞いたので茶と菓子を運んできたのだ」

「お菓子!?うわ〜ありがとう膝丸!ちょうど甘い物が食べたいと思ってたところなんだよー!」

「そ、そうか…。今日の菓子はふぃなんしぇと言うものらしい。ここに置いておくぞ」

「ありがとな膝丸」

「礼には及ばん。それでは失礼する」

「あれ、膝丸は一緒に食べないの?いっぱいあるんだし一緒に食べようよ」

「き、君がそう言うのならご相伴に預からせていただこう…」

「おっ、珍しいなぁ膝丸。俺が誘ってもいつも連れないくせに〜」

「主の誘いの大半は酒の飲み比べだからな。君を潰すと周りの者が煩くてかなわんのだ」

「あんた酒に弱いくせに飲み比べしたがるもんねぇ。膝丸はお酒強い方なんだ?」

「強いかどうかは分からんが酒は好んでいるので程ほどに飲んでいるぞ。君も主と同じで酒に弱いのか?」

「姉ちゃんはすっげえ飲むぞ。しかも酔うと普段以上に絡んでくるからすんごい厄介なやつ」

「いやいやあの酔い方はこの本丸で飲んだ時限定だから。イケメンを見て飲むお酒は格別だからつい悪酔いしちゃうんだよねぇ」

「この間も三日月を侍らせて月見酒だ〜とか言ってたもんな」

「だって月見酒がしたいって言ったら三日月お爺ちゃんがこんなに傍に居る月よりも遠く手の届かぬ月の方を愛でると言うのかなんて可愛い事言うもんだからさ。そりゃカッとなって侍らせたくもなるじゃ〜ん」

「成程…俺にはよく分からんが君がそう言うのならそういうものなのだろうな」

「うんうん、膝丸は素直で良いねぇ」

「騙されるなよ膝丸…姉ちゃんは生粋の変態だから気をつけろ…」

「お前はほんと可愛くねえな」


じっとりとした目で私を見る弟の脳天にチョップを食らわせると「やめろよ暴力女!」と反抗されるもひらりと避けて本日三つ目のフィナンシェに手を伸ばした。
光忠ってばまた腕を上げたよねぇなんてへらへら笑っている私の隣で先程の弟とのやり取りを見た膝丸が驚いたように目をぱちくりさせているので様子を窺うように顔を覗き込めば視線顔を逸らされてしまった。


「主さ〜ん!ちょっといいですか?」

「おっ、なんか用か堀川」

「兼さんが忍者ごっこをしてたら転んで怪我しちゃって……あっ!主さんのお姉さん!いらしてたんですね!」

「やっほー堀川、今日も可愛いねー。てかなにやってんの兼さんは。小学生男子かな」

「兼さんってば最近忍者漫画夢中になってるんです。昨日も陸奥守さんとどっちが早く印を結べるか競い合ってたしね」

「本丸にナルトを持ち込んだのか弟よ…」

「ジャンプ作品は全人類の夢と希望だからな。よっこらせっと…ちょっくら手入れ部屋行ってくるわ」

「それじゃあお姉さん、また後で」

「はーい。いってらしゃーい。」

「……君は…」

「ん?どうしたの膝丸」

「君は随分この本丸の者達と仲が良いのだな…」

「うん、仲良くしてもらってるよ。ほんとは審神者の身内とは言ってもこんなに気軽に入り浸るのも良くないのかもしれないんだけどけどね。でも皆が優しく受け入れてくれるからいつも甘えさせてもらってます」

「主から自分がまだ未熟だった頃に姉に随分と世話になったと聞いた。そこに居る初期刀の山姥切や古株の者達が特に君に心を開いているように見えるのはその影響なのか?」

「あはは、この本丸を始めた頃にいっぱいお世話してたからねー。膝丸も顕現した時は人間の体を持つなんて初めてで色々苦労したでしょ?お箸の使い方から着替え方に眠り方まで分からない事だらけだもんね。特にまんばちゃんとは人間の生活に慣れるまでつきっきりだったから心を開いてくれてるんじゃないかなぁ」

「そうか…」

「そう言えばさっき私と弟が喧嘩してるのを驚いたように見てたけど何かびっくりするような事でもあったの?」

「いや…君たち兄妹を見ていると同じ兄弟でも俺と兄者とは全く違うのだと思ってな。俺と兄者も仲が良いがあのように喧嘩をした事は殆ど無いのだ」

「ほんとにお兄さんと仲良しなんだね。私なんて弟としょっちゅう口喧嘩してるわ」

「だが君達もとても仲の良い兄妹なのだろうな。ああやって小さな喧嘩をしていてもお互いを想い合っている気持ちが伝わってくるのだ。主があのように憎まれ口を叩けるのも姉である君を信頼している証なのだろう」

「お、おお…なんかそう言われると照れちゃうな…。まぁ生意気でもなんだかんだ言って可愛いもんだよねぇ弟ってのは。膝丸のお兄ちゃんもきっと同じように思ってるんじゃないかなぁ」

「あぁ…兄者は俺の事をとても大切に思ってくださっているからな。早く兄者をお迎えして君と主にも兄者がいかに素晴らしい刀であるかをその目に焼き付けてもらいたいものだ」

「あはは、なんだか私も早く膝丸のお兄ちゃんに会いたくなってきたよ。同じく弟を持つ長子として仲良くなれると良いな」

「そ、そうか…君と兄者は少し似ている所があるからな。きっと仲良くできる事だろう」

「えっそうなの?どんなとこが似てるの?」

「大らかで掴みどころがない所、だな。だからこそ君と主を見ていると自分と兄者を重ねてしまうのだ…」

「そっか。それじゃあ膝丸のお兄ちゃんがこの本丸に来るまでは私が膝丸の事いっぱい可愛がってあげないとねぇ」

「なっ…き、君が、俺をか…?」

「うん!本物のお兄さんには到底敵わないけど私だって弟を持つ姉だからね。本丸の皆からもお姉ちゃんの姉ちゃんって慕ってもらってるしさ、膝丸も困った時は頼ってくれると嬉しいな」


お皿の上に乗った最後の一つのフィナンシェを半分に割って大きく割れた方を膝丸へ差し出す。
面食らったように目を瞬かせた膝丸は少し照れくさそうに私の手からフィナンシェを受け取って「分かった」と頷いた。



「あ、姉か…俺よりもうんと若い君をそのように扱うのは少々気が引ける気もするな…べ、別に嫌と言うわけではないのだぞ!?俺には兄者しか居た事がなかったから少し戸惑っているのだ…!」

「あはは、膝丸ってほんとに真面目なんだねー。もっと気楽でいいんだよ」

「…それはそうと、前々から気になっていたのだが君は皆からも姉と呼ばれているのだな」

「えへへ、そうなんだよね〜。最初の頃は主様のお姉様とか呼ばれてたんだけどいつの間にか自然とそうなってたね」

「主は周りの者達が君を姉と呼んでも気を悪くせんのだろうか」

「えっ、全然気にしないでしょ。俺だけの姉ちゃんだとか思ってる程姉大好きっ子じゃないようちの弟は」

「そうなのか…」

「はは〜ん、さては膝丸ってばお兄ちゃんの事を自分以外がが兄呼ばわりしたら嫉妬しちゃうタイプだな?」

「そ、そんな事は無いぞ!俺はそのような妬みを抱く狭量な男ではないからな!?」

「んん…かわいい…ほんとに弟力が高いな膝丸…こんな可愛い弟が居てお兄さんも幸せ者だねぇ…」

「な、ならば俺も君の事を…あっ、姉者とお呼びしても、「おーいお姉さん。ちょっと良いかな?」

「おっ、どうしたのみっちゃん」

「今日の夕飯に何が食べたいか聞いておこうと思ってね。トマトが沢山採れたからトマトグラタンなんてどうかな?」

「トマトグラタン!?なにそれ最高じゃ〜ん!後でお手伝いに行くね!」

「本当かい?助かるよ。あ、フィナンシェのお皿を下げておくね」

「ご馳走様。フィナンシェ絶品だったよ!」

「お粗末様。それじゃあまた後でね」

「はいはーい。あれ、どうしたの膝丸……え、ちょっ、また泣いてんの!?」

「泣いてはない!!泣いてはないぞっ!!」



2019.8.8


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