姉者の別本丸訪問


「悪いな姉ちゃん」

「これくらい良いって事よ。たまには審神者の身内らしい事もちゃんとしておかないとね」

「ほんとに助かる…。挨拶に行かないととは思っててもなかなかタイミングが合わなくってさぁ。最近特に忙しくって今日もこの有様だよ…」


溜まりに溜まった書類に囲まれて泣き言を言う弟に本日の近侍である一期が「だから期限が迫っている書類は早く片付けるよう言ったのですぞ」と冷ややかに弟を睨みつける。
更に情けない声を出す弟の頭をポンと叩き、自宅から持ち込んだ荷物を持って執務室を後にした。

いつもは癒しを求めてこの本丸に足繁く通っている私であるが今日は珍しく真っ当な目的があってここを訪れている。
それと言うのも弟が世話になっている審神者の所へ弟の代理として時候の挨拶に伺う事となったのだ。
本来なら弟が行くべきところなのだが当の本人はあの状況だし、なにより私は先方の審神者さんとは何度かお会いした事がある仲なのでそれならばと私に白羽の矢が立ったのである。
私自身これまでにも何度か他の本丸の審神者さんと交流する機会はあったものの本丸そのものを訪ねると言うのは初めての事だ。失礼があってはいけないと箪笥の肥やしになりかけていた着物を引っ張り出してしっかりと訪問の準備を整えてき次第である。



「よし、これで良いだろう。苦しくはないか?」

「大丈夫!ありがとね蜂須賀。いやぁ、こんなに丁寧に着付けてくれた上にお化粧までしてもらってなんか悪いね」

「構わないさ。君が持ち込んだ着物があまりにも雅だったからそれに似合う化粧をしなくてはと思ってね。だがあまりに色を乗せすぎると君本来の美徳が消えてしまうから少し控えめにしておいたよ」

「え〜粋な事してくれるじゃんはっちー!ありがとね!愛してるよ!」

「んん、まったく…くれぐれも先方の前で失礼のないよう心掛けてくれ。君はすぐにボロが出るから心配でたまらないよ…」

「大丈夫だって〜。蜂須賀の仕立てと化粧のおかげですっごくおしとやかに見えるもん。それに先方の審神者さんとは顔見知りだし少しくらいボロが出たって平気平気」


蜂須賀に着付けをお願いして本当に良かった。あまり着る機会がなかった着物だけど、思入れのある物なので綺麗に仕上げてもらえただけでなく化粧まで施してもらって大満足だ。
洗柿色の布地に藤色と秋草が差す美しくもシンプルな着物に金地の唐華模様が入った帯が際立っていてこれを選んでくれた某雅刀のセンスの良さに思わず唸る。
生憎本人は遠征中で今日の夜にならないと戻らないようだから写真でも撮っておいて後日改めて見て頂くことにしよう。


「よっし。それじゃあそろそろ出かけてくるよ」

「ああ。そう言えば今日の護衛役は誰なんだい?」

「そう言えば聞いてなかったなぁ。護衛役には何時に玄関に集合って言ってあるからって伝えられただけだったし」

「無骨者でない事を祈るよ。気の利く者でないとおっちょこちょいの君をエスコートできるとは思えないからね」

「くぅ〜反論できない…慣れない着物だし転びそうになったら助けてくれそうな子だと良いなぁー」

「ほらほら、羽織物と鞄を忘れるんじゃないよ。ハンカチとちり紙を鞄に入れたかい?それと訪問先で先方が勧めてくれたからと言って茶菓子や料理を食べすぎないように」

「お母さんかな…?ハチってば浦島が出陣する時もいつもこうやって面倒見てあげてるの?」

「まさか。浦島の方がよっぽど手が掛からないさ。なんと言っても虎鉄の真作なのだからね」


フフンと自慢げに鼻を鳴らす蜂須賀が背後から薄手のストールを肩に掛けてくれたので「流石真作ゥ〜↑」と褒めれば煌びやかな髪を靡かせてとびっきり美しいドヤ顔を見せられたので眩しすぎて目が潰れるかと思った。
ハンカチやら風呂敷包みが入った鞄を持ち玄関へ迎えば見慣れた黒装束がもぞもぞと靴を履いている姿が見えた。


「やっほー膝丸」

「あ……、姉、者……?」

「膝丸がここに居るって事は護衛役は膝丸だったんだ」

「護衛役…!?」

「あれ?弟から聞いてない?という事は護衛役は別の子かぁ」

「お、俺は今から出陣でな…。それより護衛役とはどういう事なのだ姉者。それに…その格好は…」

「弟の代理でお世話になってる審神者さんの本丸に挨拶に行く事になってね。一応護衛として一人付き添ってくれる事になってるんだけど…」

「ありゃ、待たせてしまったかな?女性を待たせてしまうなんて失敗しちゃったなぁ」

「あっ兄者!?ま…まさか姉者の護衛役と言うのは…」

「僕だよ。昨晩主からお願いされたんだけど…あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてない!一言も聞いてはいないぞ兄者ぁ!!何故そのような重要な事を俺に話してくれなかったのだ!」

「うーん、話したとばかり思っていたよ。でも言ったところでお前は出陣があるんだしついて来られないだろう?」

「そ、それは…その通りなのだが……」


悔しそうに顔を歪めた膝丸がちらりと私を見て「ぐぅ…」と唸りながら視線を逸らす。
膝丸としては髭切と私が二人で出かけると言うのに自分だけ仲間外れにされて悔しいんだろうなぁ…。できる事なら膝丸にも一緒に来てもらいたいけれど出陣があるのなら仕方がない。


「残念だけどまた今度一緒にお出かけしようね。美味しいお土産買って帰ってくるからさ」

「あ、姉者…俺が仲間外れにされて拗ねていると思っているな…違う、違うんだ…」

「そんな事より今日の妹は随分綺麗な恰好をしているね。普段の動きやすそうな服も可愛いけど着物姿もとても似合っているよ」

「えっへへ〜、ありがと髭切。蜂須賀大先生が着つけとお化粧をしてくたんだよ」

「そうなのかい。うんうん、薄づく紅の色が君の肌に映えていてとても良いと思うな。熟れた果実のようでなんだか美味しそうに見えてしまうよ」

「兄者……」

「なんだい、えーっと…」

「姉者を邪な目で見るのはやめてくれ。そういうのはセクハラと言うのだぞ」

「ありゃ。冗談が通じないなぁ弟は」

「いや今のは冗談でもイケメンでなければ完全にアウトだよ髭切。イケメンだから許されるという事を肝に銘じておくように」

「それもどうかと思うぞ姉者……」

「おっと、そろそろ行かないと。万屋街に行って手土産を買っていかないといけないしね」

「そうだね。季節限定の栗羊羹があるといいなぁ。楽しみだね、妹」

「食べる気満々だよこのお兄さん…。それじゃあ膝丸、出陣頑張ってね」

「あぁ…。姉者もしっかりと主の代役を務めてくれ。兄者、姉者を頼んだぞ」

「分かったよ。お前の分もしっかり守ってみせるから安心して戦に励むんだよ」

「あぁ」


転送先を万屋街に合わせて髭切と本丸の門をくぐる。
景色が変わる瞬間、やけに神妙な顔をした膝丸が視界に入ったがすぐに消えて見えなくなってしまった。
…そう言えばさっきは珍しく髭切に名前を忘れられてもいつものように訂正してなかったなぁ膝丸。
やっぱり自分だけが取り残されてしまう事に寂しさを感じていつもの調子が出ていなかったのかもしれない。
だけど気持ちの切り替えが上手い膝丸の事だ、きっと戦に影響はないのだろう。
せめて帰り道に美味しいお菓子を買って膝丸を労おう。
美味しいお菓子に髭切が頭でも撫でてあげれば桜を散らかす程喜んでくれる事だろう。
耳まで顔を赤くしてポポポと桜を咲かせる膝丸を想像して思わず小さく笑みが零れた。


§ § §



「随分遅くなってしまったね」

「そうだね。久しぶりに審神者さんにお会いしたからつい話が盛り上がっちゃったよー」

「あの壮年の審神者とは随分趣味が合うようだったね。らいぶ、というものに一緒に行こうって話してなかったかい?」

「そうそう!好きなアイドルグループが同じなんだよね。髭切も向こうの膝丸にすっかり懐かれちゃって随分いたせり尽くせりだったでしょ」

「そうだね。向こうには僕が居ないようだったから護衛役として別本丸の僕が来ると知って嬉しかったんじゃないかな。お土産にお菓子まで持たせてくれたよ」

「ウワァーーッ桐箱に入った高級菓子だ〜〜!ガチのやつじゃん!!別本丸であっても流石は膝丸…兄者ガチ勢はどこに行ってもブレないのね…」

「弟は皆良い子だからね。うちの弟への手土産も買ったし早く僕たちの本丸に帰ろうか」

「うん!」


西の空に微かに夕暮れ色が残る夜空を見上げながら足早に本丸へ続くゲートへと足を運ぶ。
訪問先の本丸ですっかり話し込んでしまった私達は予定より少し遅めの帰還となってしまった。久しぶりにお会いした先方の審神者さんは相変わらず陽気な方で私達をこれでもかと言うほどもてなしてくれたのだ。
刀は主に似る事があると言うけどあの本丸の刀剣男士達は正にそれに習っていて、よく見慣れた顔だというのにまったく違う人物のように思えてしまうのだからなんだか不思議な感覚だったなぁ。
あの引っ込み思案の山姥切が私達を歓迎するために歌を作ったと弾き語りを始めた時はあまりの驚きに引っくり返りそうになった。厠を借りる際に厨の近くを通りかかったらカンツォーネを歌いながら空中でピザ生地を回している燭台切に遭遇していよいよ堪え切れずにズッコケてしまったのは仕方がない事だろう。
何はともあれ私と髭切は陽気な本丸への訪問を終え、帰り道に購入したお土産を沢山抱えて無事弟の本丸に帰還したのである。



「たっだいま〜!」

「お帰り姉ちゃんに髭切!先方はどうだった!?」

「ただいま主。滞りなく挨拶を済ませてきたよ」

「はー…良かった…。すぐにお礼の連絡しておかないとな」

「うん、宜しく頼んだよー。そうだ、私からも一言お礼伝えておいてくれる?山姥切君のギターの弾き語りと窯焼ピザパーティーとっても楽しかったですってね。ああ、それと美男子団のライブチケットの先行予約は任せてくださいって付け加えておいて〜」

「いや情報量多すぎだろ!?向こうの本丸でいったい何があった!?」

「先方には色々ともてなして貰ったよねぇ。僕は新撰組の子達の漫才が面白かったなぁ」

「ああ、清光以外の全員がボケやってたやつね。兼さんが自分の事をツッコミ担当と思い込んだ上でのボケの応酬が最高だったなぁ」

「いやほんとに何がどうなってんだ……ちゃんと一から説明してくれよ…」

「うんうん、それじゃあ僕が主に報告するよ。君は弟に帰還した事を伝えておいてくれないかい?」

「了解〜。皆にお土産も渡さないとね…、っと!?うわっ、廊下で蹲ってどうしたのまんばちゃん!?」

「おっ…俺だってギターの弾き語りくらいできるんだからなっ…!」

「あらま、今の話聞いて……あら〜走って逃げちゃった……」


廊下で私達の話を聞いていたらしいまんばちゃんが悔しそうに瞳に涙をためて走り去ってしまった。
私が向こうの山姥切君を褒めた事が気に障ったんだろうなぁ。同位体に嫉妬とか可愛すぎかよ…。
弟への報告は髭切に任せて大量のお土産袋を抱えてまんばちゃんの後いつつ遭遇した子達に帰還の報告とお土産を配り歩いて行った。
堀川兄弟の部屋の隅で発見された白饅頭状態のまんばちゃんにもお土産を渡しよしよしと慰めたのだが手に握りしめている端末の画面に”はじめてのギター演奏入門セット”の通販ページが表示されていたのがあまりにも尊すぎた。



「よいしょっと。お土産もだいたい配り終わったし後は膝丸だね。部屋に居ると良いんだけど……おーい、膝丸〜」

「姉者…。お帰り。無事に戻られたのだな」

「うん。髭切も私も無事帰還しました。帰ってすぐに知らせにこうと思ってたんだけどちょっとバタついちゃって報告が遅くなってごめんね」

「いや、気にしないでくれ。二人が無事に帰還できて何よりだ」

「はいこれお土産!膝丸の好きな栗饅頭買って来たよ〜。夕飯の後に一緒に食べようね」

「あぁ…」


好物の栗饅頭を前にしてもどこか浮かない表情を浮かべる膝丸に首を傾げる。
平静を装っているように見えるけれど陰りがあると言うかなんというか…やっぱり一緒について行けなかったことを引きずっているんだろうか。
慰める事は簡単だけどこれは本人の気持ちの問題でもあるしあまり詮索せずそっとしておいた方が良のかもしれない。


「それじゃあ私は着替えてくるね。髭切は弟への報告が終わったら戻ってくると思うから」

「…待ってくれ姉者」

「おわっ!?び、びっくりした…」

「突然腕を掴んですまない姉者…。乱暴者の俺をどうか許してほしい。今の俺はどうにも己の力に自制が利かんのだ」

「どどど、どうしたの!?まさか体のどこかに不調でもあるんじゃ…」

「問題ない。本日の出陣も怪我一つなく終える事ができた。少々力み過ぎたせいか誉を総なめにしてしまったくらいだ」

「お、おぉ…流石膝丸さん…」

「姉者は何故俺がこうなってしまった理由が分かるか?」

「えーっと、私と髭切が二人で出かけちゃったからだよね?仕方ないとは言え膝丸をのけ者にしちゃったもんなぁ。それでちょっと拗ねてるのかと…あれ、もしかして違った?」

「ああ、違っているな」


んんん、バッサリと切り捨てられてしまった…。
てっきり仲間外れになった事が原因だとばかり思いこんでいたから他の理由に検討がつかない。
腕を掴まれバランスを崩し、畳に肘をついて体の半分が床に伏してしまった状態の私に膝丸が覆いかぶさるようにして私を見下ろした。


「姉者」

「は、はい…」

「俺は、例え相手が兄者であろうと姉者を守る役目を譲りたくはなかったのだ。ましてや今日の姉者はとても花も恥じらうほどに美しいお姿だ…そんな姉者の隣に立つ者が自分でない事を心の底から悔しいと思ってしまった」

「花も恥じらうって…いやぁ、うん、まぁそれは置いておこう…」

「全て俺の我儘なのだ…。出陣がある俺が姉者の護衛役に選ばれなかった事は当然で、今日は出陣も内番の予定も入っていなかった兄者がその役目に選ばれたのも当然の事だったのだろう。だが兄者の隣に立つ姉者の姿を見ると腹の底から湧きあがる感情を抑えきれなかった。その上に美しい姉者のお姿に動揺して上手く言葉が出ずに居た所を兄者に先を越されてしまったのだからな……あまりにも情けない己にうんざりしてしまった程だ…」


……この子私の事好きすぎでないか。
つまり我儘と分かっていても私を守る役目は自分でないと嫌だ、私を褒めたかったのに兄者に先を越されたととごねているわけだ。なんだそれは。愛おしすぎるにも程があるぞ。
思わず目を閉じて天を仰いでしまった私に顔をしかめていた膝丸が目を丸くして「姉者?」と私の顔を覗き込む。
込み上げる強烈な”萌え”の感情を抑えきれずに体を起こして薄緑色の髪がキラキラと輝く小さな頭を両手いっぱいでわしゃわしゃと撫で繰り回した。


「あ、姉者!いったい何を…!?」

「っは〜〜〜愛しい…可愛い…頭ちっちゃ〜い……はぁ尊い…」

「語彙力が欠落しているではないか姉者ぁ!!正気に戻ってくれ!!」

「…ハッ!!ご、ごめんごめん…あまりの可愛さに完全に我を失ってた…」

「む…俺は可愛くはないと何度言えば分かるんだ姉者。可愛いと言うのは今剣達のように小さい者達の事を言うのだぞ」

「膝丸には分からないだろうなぁーこの愛おしさは…。弟ポジションのイケメンにお姉ちゃんを独り占めしたいなんて言われて可愛さを感じない姉などいない」

「…君は俺がどれ程無様な姿を晒そうといつもそうやって全てを受け入れてしまうのだからたちが悪いな……」

「おっ、機嫌なおった?」

「…治っていない。だから君の顔をもっとよく見せてくれ。美しい君の姿を俺だけの瞳に納めていればきっと腹の虫もどこかへ行ってしまう事だろう」

「ヒエッ…!どこでそんな殺し文句覚えてきたの!?も〜〜これだから平安刀は!可愛さとかっこよさのギャップが強すぎるぞけしからん!!」

「姉者はどのような俺でも受け入れてくれるのだろう?」

「あ´〜〜〜〜眩しい〜〜〜ッッ!!!」




▼ ▼ ▼




【おまけ】



「俺の歌を聞け」

「出オチが過ぎる…!えっ、もしかしてほんとにギターの弾き語りの練習してくれたのまんばちゃん!?」

「フン…別にお前の為に練習したわけじゃないからな。前々から音楽に興味があっただけだ。特別にお前にも聞かせてやるからそこに座って聞いていろ」

「ギャーッ金髪碧眼美青年がギター持ってる姿眩しすぎ〜〜!!神かよ!?」

「神だが?」

「そうだった!!ほんまもんの神だった!!いや冗談抜きでほんとに似合うなあまんばちゃん……多幸感で天に召されてしまう…アーメン…」

「ふっ…せいぜい俺のギターの音色と歌声で昇天するが良い。これはお前に捧げるレクイエムだ。いくぞ…”はじめてのギター演奏入門セット第一章課題曲、『ぞうさん』”」

「尊〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」




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