姉者と膝丸と壁ドン


「ひえ〜〜まさかここで壁ドン!?ちょっとちょっと〜お約束すぎるでしょうが!!最高かよ!!!」

「な、何をしているのだ姉者…」

「ハッ…!ひ、膝丸君…いつからそこに…!?」

「今しがた出陣より帰還したところだ。姉者が来られていると聞いてこの部屋を訪ねたのだがいくら部屋の外から呼んでも返事が無かったのでな。中から面妖な叫び声が聞こえたので失礼を承知で勝手に入らせて頂いたのだ」

「マジでか…テレビの音量上げてたから全然気づかなかった…。お帰り膝丸。出陣お疲れ様ー。今日は怪我しなかった?」

「む…姉者、俺とてもう顕現したての刀剣男士ではないのだぞ。日々の出陣と鍛練の積み重ねで練度も上がり続けているのだからな」

「あはは、ごめんごめん。前に出陣先で中傷を負って帰ってきた膝丸を介抱した事あったでしょ?手入れ部屋がいっぱいで使えないから待ってる間に応急手当した事が印象に残っちゃっててね。膝丸が怪我をしないで帰還できる程強くなったのなら私も嬉しいよ」

「あ…い、いや…姉者に格好の悪い姿を見せるわけにはいかんのでな…。あのように甲斐甲斐しく介抱していただくのも、その、悪くはなかったのだが…」


あの時の記憶を思い返した事で恥ずかしくなったのか、顔を赤くした膝丸がゴホンと咳払いをする。
出陣から帰ってきたばかりだとは言っていたが膝丸は既に内番服に着替え終えていて体のどこにも怪我や汚れなども見当たらず非の打ち所がない完璧な姿となっていた。流石は源氏の重宝、着ている服がジャージであっても立ち姿の美しさはパーフェクトである。


「ところで姉者、先程からテレビに向かって何をしていたのだ?」

「ああ、古い乙女ゲーやってたんだよ。掃除してたらソフトを見つけて久しぶりにやりたくなっちゃってさー。でもゲーム機を弟が本丸に持ってっちゃってたからここでやらせてもらってたってわけです」

「おとめげー…?それはどのような物なのだ。ゲーム、というものは以前姉者に教えて頂いたがそれと似たようなものなのだろうか」

「これもゲームだよー。でもこの間やったレースゲームとは違った内容のものでね。かいつまんで言うイケメンとの恋愛を楽しむゲームです」

「なっ……れ、恋愛、だと…!?」

「色んなパターンがあるけどプレイヤー自身が物語の主人公になってイケメンと恋人同士になるゴールを目指しながら選択肢やミニゲームをクリアしていくゲームだね」

「成程な…つまり架空の見目麗しい男達を手玉に取り己の手中に収めつつ疑似恋愛し楽しむ嗜好、という事なのだな」

「あ、ハイその通りです……なんだろうこの心臓が抉られる感じ…こころがくるしい……」

「そのように遠い目をしてどうしたのだ姉者…」

「なんでもないよ…なんでもね…」

「そうか。しかし姉者がそれ程までに熱中しているのであればおとめげー、とやらは愉快なものなのだろうな。邪魔でなければ姉者の後ろで画面を見ていても構わんだろうか」

「えっ乙女ゲーに興味あるの膝丸!?」

「いや、実在せぬ相手との疑似恋愛を好む嗜好は理解できんのだが…」

「オワ〜私の中の夢女心がズタズタだよ〜〜!」

「だ、だがしかし…姉者の好む物であれば俺も共に楽しみたいと思うのだ……駄目か…?」

「くぅうっ!駄目じゃない全然駄目じゃないよぉ!そんな可愛い顔で上目遣いに言われて断われる奴はいねえ〜〜!!ほらほら後ろと言わずに隣においで!一緒に楽しもうね!」

「それでは失礼する。ご教授願うぞ姉者」

「はいはーい。今ちょうど主人公が意中の相手に壁ドンされてる真っ最中だよ!」

「壁ドン…?それはどのような物なのだ姉者。画面に映っている娘が男に壁へ追いやられているように見えるのだが…」

「んっふっふ…壁ドンって言うのは所謂乙女の憧れシチュエーションの一つなのですよ膝丸君…。壁を背にして逃げ場のない所をイケメンが更に距離を縮めてきて少し乱暴気味に攻められる…そしてドキドキしちゃうってわけだよ…」

「しかし意中の娘をこのように攻め立たてるとは随分と狭量な男だ…。惚れた女を自ら怯えさせようとは男の風上にも置けんな」

「んん、まぁその通りなんだけどそこはやっぱり創作物なのでね…。自分が気になってる相手に少し乱暴気味に迫られて距離が近くなって…そういうのを見てる側としてはキュンキュンしちゃうんだよねぇ」

「そういう物なのか…俺にはよく分からんな…」

「あ、それなら試しに壁ドンやってみる?」

「なっ…お、俺と姉者でか!?」

「うん。相手が私じゃ不足なら…ああ、そういえばさっき山伏が近くを通りかかってた!すぐに呼んでくるね!」

「待ってくれ姉者っ!!姉者が不足などという事は断じて有り得ん!!そのように意気揚々と他の者を呼びに向かうのはやめてくれ!!」

「え、そう?美男子と美男子の壁ドンなんて見られる機会なんて滅多にないからハツラツとしちゃったわ〜アハハ」

「悪い冗談はやめてくれ姉者ぁ…」

「それじゃ私と膝丸で壁ドンだね。壁ドンがいかなる物なのかを膝丸君に身をもって体感していただきましょう」

「あ、あぁ…宜しくお願い申し上げる」

「よっしゃ!じゃあ膝丸は壁に背を向けてねー。身長差があるし座ってもらった方が良いかな」

「ん…!?待ってくれ姉者!これでは俺があの娘と同じ立場になるのではないか!?」

「そうだよ?だって壁ドンされる側にならないとあの良さが伝わらないからね」

「俺はてっきり姉者を攻めたてる役をやるものだとばかり……い、いや!決してそのような事をしたかったわけではないのだぞ!?だがこれでは男としての立場が…」

「武士に二言はなし!ほらほらいくよ〜!そいっ!」

「っ……!!」

「こうやって壁にドンっと手をつくから壁ドンって呼ばれてるんだよ。どう?今どんな気持ち?」

「あ、姉者との距離が…近い…」

「そうそう、こうやって物理的に距離を縮める事もドキドキポイントだよね……え、ちょっと待って…膝丸の顔こんなに近くで見たのって初めてじゃない!?うわー近くで見てもほんと綺麗……え、うそ毛穴一つないじゃんどうなってんのこの肌!?」

「まっ待ってくれ姉者…!そのように顔を近づけられてはっ…!!」

「待てん!!もっとその綺麗なお顔をお姉さんに見せなさい膝丸君!!」

「あっ…姉者ぁ……」

「毛穴一つ見えない白い肌にさらさらの髪……くっ…!私がどんなに苦労してお金をつぎ込んでケアしても到底敵わないレベルじゃん…!!次元が違いすぎる…!!」


顔を赤くして涙目で私を見上げる膝丸の頬に触れてその肌の美しさをまじまじと観察する。
艶々でみずみずしく毛穴の開きの一つもない玉のような肌に思わず眩暈がしそうになった。
この美しさで普段なんのケアもしていないのだからそりゃ嘆きたくもなるってもんでしょ…。私なんてスキンケアにそこそこのお金を継ぎ込んであれやこれやを塗り込んでるっていうのにこの本丸の風呂場にある肌ケアグッズはビ〇レの洗顔のみ…!
そりゃ個人的にケア商品を買い揃えてる子もいるけど膝丸はそういうタイプではないだろうし特別なケアをしない状況でこの肌質を保っているというわけだ。こんな理不尽な事があって良いのか。


「っ…姉者…もう限界だ…」

「あ、ごめんごめん。退くね」

「はぁー……」

「とまぁこんな感じで壁にドンされるシチュエーションってわけですよ。更に言えば台詞も色んなパターンがああってね。俺の物になれよ!とか他の奴ばっか見てないで俺だけを見てろよ!なんて言うのもあるね」

「そっ…そのような台詞を言われてしまっては心臓が持たんな…」

「分かってくれた!?さっすが膝丸!理解が早くて助かる〜!それじゃあ乙女ゲーの続きやっていこうか。ここから更にドキドキするシチュエーションが盛り沢山だからね!」

「なんだと!?あれ以上に胸を高鳴らせる場面があると言うのか姉者!」

「ふふん、壁ドンはただの入口にすぎないのだよ膝丸君…。こうなったらクリアするまで徹底的にやり込もうか。今夜は寝かせないよ膝丸……」

「いっ、勇ましいぞ姉者ぁ〜!!」



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