姉者が尊い膝丸


「姉者、茶菓子を持って……む、姉者はどこへ行かれてしまったのだ…?」


つい先程までそこにあったはずの姉者の姿が見つからず、縁側や廊下を見回すもその姿を確認することはできなかった。
まぁきっと厠にでも行かれたのだろう。畳の上に腰を下ろし厨から貰ってきたばかりのどら焼きを机の上に並へと並べる。
先程小腹が空いたと言っていたからきっとこのどら焼きを見れば喜ぶに違いない。「とっても美味しいね膝丸」と満面の笑みで頬張る姉者はさぞ愛らしい姿なのだろうなぁ…。
幸せそうにどら焼きを食べる姉者の顔を想像すると胸がぐっと熱くなり思わず「うっ」と胸を抑えて蹲ってしまった。
…い、いかん。たかだか妄想でこのように心を乱してしまうとは源氏の名折れ…!!姉者が戻ってこられるまでに心を静めて平常心を保たなくては…。
大きく深呼吸をして姿勢を正すと、ふと視界の端に白く柔らかそうな布切れが見えた。


「これは…姉者が羽織られていた服か。確か…かーでぃがん、という物だったな」


無造作に置かれた様子に少し躊躇いを感じながらもこのままでは皺になってしまうと自分に言い聞かせ、そっとその羽織を手に取った。

……小さい。このように小さく頼りない羽織に姉者の身体はすっぽりと包まれてしまうというのか。
彼女という人はどのような相手でも来る者を拒まない懐の大きさがある。その存在の大きさに意識するのを忘れてしまいがちではあるが、彼女は自分達のように刀を振るう事は愚か強い力で捻じ伏せられてしまえば抵抗をする術すら持たないか弱き女人なのだ。

――守ってやらねばならん。
彼女は今代の主の肉親であり、この本丸の者達の心を支える大きな存在だ。
なにより己にとって彼女という存在は他の何者にも変え難いものになりつつあるのだ。
源氏の重宝ともあろう刀がたった一人の人の子に固執しているなど、兄者が今の俺を見たらどう思われるのだろうか。きっと彼女に出会う前の己であってもこのような自分の姿を見れば嘆きの一つや二つを零すに違いない。
だが、俺は知ってしまったのだ。彼女の手の平の暖かさ…この俺を弟のようだと柔らかな眼差しで見つめるあの笑顔を…――



「ただいまー」

「遅かったな姉者。どこへ行っていたのだ?」

「宗三がお小夜の姿が見えないって言うから一緒に探してたんだよ。かくれんぼしてる最中に押し入れの中のお布団の間に隠れたまま眠っちゃってたみたい」

「そうか。無事見つかって良かったな」

「うん!押し入れから降ろすときまだ寝ぼけてるのか私にぎゅうぎゅうしがみついてきてめちゃくちゃ可愛かったんだ〜。まぁすぐ宗三に引き剥がされたけど。あの籠の鳥マジで容赦ないわ」

「む…宗三左文字め…姉者に乱暴な振る舞いをするとは許せんな…」

「いいのいいの。宗三は小言の多い姑みたいなとこあるけどああ見えて優しいとこもあるんだよね。この間も私が太らないようにって私の分の空揚げ食べてくれてさぁ」

「それは体よく唐揚げを奪われただけではないのか姉者!?」

「あれっ!?やっぱりそう!?最近お腹周りが気になってきたから宗三なりに気を使ってくれたんだとばかり思ってたけど確かにやけにニヤついてたなあの時の宗三!!キーッ!騙された!!」

「過ぎた事は仕方ない事だぞ姉者…。なに、次に夕飯の献立に唐揚げがある時は俺の分を姉者に差し上げるので今日のところはこれで我慢してくれ」

「あっどら焼きだ!しかも私が食べたいと思ってたお店のやつだよね!?あの万屋街にある有名な和菓子屋さんの限定の…!」

「ああ。先日姉者が食べたいと言っていたのを思い出してな。昨日万屋外に赴いて買っておいたのだ。さあ、遠慮せずに食べてくれ」

「やった〜!ありがとう膝丸!いっただきまーす!」

「味はどうだ…?」

「んーー!おいっしい!!甘すぎない餡子とふわふわの生地がたまんない!中に入ってる生クリームも餡子の美味しさを引き立ててるよー!もう最高!!」

「そ、そうか…!姉者に喜んでもらえたのなら買いに行ったかいがあったと言うものだ…!」

「んっふふ、ありがとね膝丸!どら焼きが美味しいのは勿論だけど膝丸が私の食べたいものを覚えててくれたのがすっごく嬉しいよ〜!」

「…う゛……ぐぅ…ッ!!!」

「えっ、なに!?どしたの膝丸!?」

「と、尊いッッ……!!」

「え?今なんて??」




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