HLに憧れてE


「予定の時間から一時間経過…」


スティーブンから「美味しい生ハムを出すイタリア料理の店があるから行ってみないか?」と誘われたのは今から一週間前の事。
ここの所お互いに忙しく殆ど連絡もとれていなかったので私は久しぶりにスティーブンと食事ができる!そして生ハム!良いワインもあれば最高!な〜んてこの日が来るまで毎日ウキウキとしていた。
スティーブンが選ぶんだから小洒落た雰囲気の店なのだろうとクローゼットの奥からシックなワンピースを取り出し私には珍しく丁寧に派手になりすぎない化粧をしてついでとばかりに美容院に行ってここ何か月も伸ばしっぱなしだったボサボサの髪を整え軽くヘアセットもしてもらった。

待ち合わせ場所であるお店の前に着いたのは予定時間の20時より少し前。
まだスティーブンの姿は見えずしばらく待つかとぼんやりしているとあっという間に一時間以上経過していた。
あれま、もしかして仕事が立て込んでるのかな…。
スティーブンが約束の時間に遅れる子後はあっても連絡も無しなんてことは滅多にないし余ほど手が離せないのだろう。
このまま帰るのも勿体ないしもうしばらく待ってみようかな。
携帯を取り出しスティーブン宛に「二件先のバーに居るからね」とメールを送ると10分もしないうちに「ごめんかならず行くから」と返信が来た。
改行もピリオドも無しに送って来たところを見ると相当忙しいらしい。
まあバーで飲んでる分にはいくらでも待てちゃいますよ私は!
そうして私はガヤガヤとした店の雰囲気に似つかわしくない服装でジトニックを注文した。

結果から言えば結局その日スティーブンが私の前に姿を現す事はなく、私も私でバーで隣り合った観光客の日本人カップルと意気投合して朝方まで飲み明かしたのだった。


「ぐっ…のみすぎた…み、水……」


アルコールでドロドロになった体でやっとこさ我が家へと辿り着いたのは朝6時。
カップルの若々しさに当てられてつい年甲斐もなく勢いで飲みすぎちゃったよ…いや、まあ楽しかったんだけどもさ…!!
大雑把に服やバッグを床に脱ぎ捨ててそのままバスルームに入り最早ドロドロで目も当てられなくなってしまった化粧を落として体を隅々まで洗えばアルコールも少し抜けてさっぱりとした。
さーてと、今日は予定もないし夕方までゆっくり寝ちゃおっと。


「って、んん!?」


部屋着に着替えていざ就寝!と思ったタイミングでなにやら玄関の方でガンガンと大きな物音がしていることに気づいた。
えっ、なに!?嘘でしょ誰かがうちのドア叩いてる!?
えええ〜〜どうしようめちゃくちゃ怖いよ!!


「と、とにかく警察に通ほ、」

「名前!!!」

「ッギャーーーッ!!!うちのドアがーーーッ!!!」

「無事か名前っ!!」

「ひぃいい!!す、スティーブン!!?血!!頭から血出てるってアンタ!!」

「怪我は!?今までどこに居たんだ!?」


放り投げた鞄の中から携帯を取り出そうとした瞬間何故か玄関のドアがピキピキと凍りついたかと思えばドアをなぎ倒して勢いよく血まみれのスティーブンが転がり込んできた。
あまりの超展開に何が何だかわからないままスティーブンに肩を掴まれ体のあちこちを見まわされる。
え…なに、なんなのこれ…。


「はあ〜……良かった、どこも怪我はないようだな…」

「いやいやいや、怪我してるのは君!!YOUが血まみれ私健康!!アンダスタンド!?」

「ん?ああ、これくらいどうってことないさ。それより今までどこで何してたんだ君は!」

「なにって…えっと、バーでスティーブンを待ってて…1時頃だったかなあ、意気投合したカップルとカラオケに行ってさっき帰ってきたところ…」

「……っはあ〜〜〜…」

「え、なに?どしたの」

「君ってやつは…いや、これは僕の責任でもあるんだけどな…それにしたって……ハア〜〜…」

「お、おーいスティーブンく〜ん?」


へなへなと床に膝をつくスティーブンにわけが分からないままとりあえずタオルでスティーブンの顔についた血を拭った。
顔は疲れ切ってるし服はボロボロだし血まみれだし何が起こったっていうんだ…。


「…まず最初に謝らせてくれ。約束を破って悪かった」

「それは全然構わないよ。お蔭で良いお店を見つけられたしね〜。イタリアンはまた今度行けばいいし」

「…それも重ねて謝るよ。誠に残念な事にあの店はもう跡形もなく消え去った」

「な、んですとーー!?」

「今日の午前2時に異界人の暴走によってあの一帯の建物が倒壊した」

「午前二時って私がお店を出た一時間後じゃん!?う、うわ〜…成程、それでスティーブンは私が巻き込まれたと思ってこんなに血相かいて…」

「…血の気が引いたよ。奇跡的に生存したバーの店主に君が少し前に帰ったと聞かされてやらなきゃいけない事を全部仲間に任せてこのマンションに来たけど君は留守だし携帯は繋がらない」

「あ、充電切れてる」

「そんな事だと思ったよ…。とにかく無事で良かった」

「つまりスティーブンは私の安否を確認するために街中探し回っていた、と…!?」

「そういう事になるなあ〜」

「うわーー!!ごめん!ほんっとにごめんね!?仕事が忙しかった上に心配させて徹夜で探させたとか申し訳なさすぎるわ!」

「いや、そもそも俺が約束を破らなければ……と、色々と釈明したいところだけど、すまん…少し寝かせてくれ…」

「って、あ…寝ちゃった…」


へなへなと私に寄り掛かるようにして意識を失ったスティーブンはそのまますやすやと眠りについた。
自分を心配してボロボロの体を引きずって走り回ってくれた友人の姿になんとも胸にこみ上げるものを感じて彼の乱れた髪をポンポンと撫でる。
それから私は分からないなりにできる限りスティーブンに治療を施した後なんとか彼をソファーに運んだところで体力が尽き、彼の足元で丸くなるように眠りについた。
この数時間後には私達を心配したクラウスが訪ねてくることになるのだけれど、話すと長くなりそうなのでそれはまた別の機会にしよう。

ああ、そう言えば壊された我が家の玄関は「前々からセキュリティの弱さが気になっていた」というスティーブン氏の手でその日の内にどんな高度な技術を使ってもピッキングできない、且つミサイルを撃たれても壊れない超合金のものへと建て替えられた。
玄関のドアをなぎ倒して入ってくるなんてスティーブンくらいだよ、というツッコミは敢えて言わない事にしたい。


2017.6.19
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