HLに憧れてD
「…なんだいそれ」
「なんだいって、猫知らないの?」
「いや…猫は知ってるけど…」
「ザック君5才でーす。ほら、挨拶して」
「ぶにゃーん」
「うわぁー良い子だね」
彼女に抱かれながら不機嫌そうに低く鳴く白い物体。
なんでも隣人が飼っている猫で、隣人が三日程HLの外へ行く用事が出来たので彼女が預かる事になったらしい。
猫は嫌いじゃないし可愛いとは思うけど、折角仕事を死にもの狂いで終わらせて良いシャンパンと美味い食事を買ってきたって言うのにこれじゃあ水を差された気分だ。
ん?男のくせに器が小さいって?3徹明けでかっこつけてる余裕なんてあるかよ。
「なんかすごい顔してるぞスティーブン…体調悪いんじゃない?」
「え?んん、まぁ少し疲れてるけど平気さ」
「会うのちょっと久しぶりだし仕事が立て込んでんだねー。料理とお酒は私が用意してくるから座っててよ。あ、ザックの事よろしく」
「分かった。おいで猫君。男同士で仲良くしようじゃないか」
「…ぶにゃぁぁん」
「ははは、まぁそう暴れるなよ」
彼女の服に爪を立てて離れようとしない猫があの柔らかく暖かそうな胸を前足でぐいぐいと押すのを無理矢理引きはがしてソファ腰かけた。
というかザックってなんなんだ。名前と言い毛色と言いまるであの度し難いクズのようじゃないか。
「まったく、せっかくの良い夜を台無しにしてくれるなよ」
「ぶにゃあ」
「お、反抗的な目だなぁ。俺にそんな態度をとるとは良い度胸だ、ザップ」
「ぶにゃぁああん」
「ははは、ザップじゃなくてザックだったか。…おっと、俺の膝の上で粗相はしてくれるなよ」
一旦床へ降りた猫が寒かったのか俺の膝にぴょこんと飛び乗る。
なんだ、案外可愛いじゃないか。
毛艶の良い毛並みを撫でながら深く息を吸い、肺いっぱいに酸素を入れる。
彼女の部屋の匂いに乾いた心が休まる。本の紙の匂いと土、それから名前の好きなアールグレイの葉の香り。色んなものが入り混じったこの匂いは不思議と俺を落ち着かせてくれるんだ。
もういっそこの部屋に溶け込んでしまいたいなぁ。そうすれば彼女とずっと一緒に居られるのに。
「お待たせ―。はいスティーブン」
「ありが…って、あれ?シャンパンは開けなかったのかい?」
「うん。それ紅茶に林檎と生姜擦りおろしてちょっとブランデー入れたやつね。あとこれ、食べれそうなら食べてよ」
「それは?」
「おにぎり。いやぁ、見るからに疲れた顔してるんだもん。その状態でお酒飲んだら肝臓に悪いしね。シャンパンはまた今度開けようよ」
「……」
ぽん、と彼女の柔らかく小さな手が俺の髪を優しく撫でた。
カッと腹の奥からこみあげてくる感情日思わず口元がにやけそうになるのを手で覆うように隠す。
ほんっと、ずるいよなぁこういうの。
「え、なに笑ってんの」
「いやぁ、俺って愛されてるなぁと思ってね」
「うげぇーナルシストむかつく。てかよくそんな疲れ切った状態で来たね。家で寝てた方がよかったんじゃない?」
「俺にとっちゃ君と過ごしてる方が心地いいからな」
「うわっタラシだ!そういう白々しい事を言うから胡散臭いって言われるんだよスティーブンは」
「ええー、ほんとの事なんだけどなぁ」
「うっさいよー」
「なぁ、君なら分かってくれるだろ?」
そそくさと俺隣に座った彼女の膝の上で丸くなった猫の喉元を撫でる。
不機嫌そうにもゴロゴロと喉を鳴らしながら「ぶにゃぁん」としっかり返事をするところからして、猫にも彼女の傍の居心地の良さは分かるようだ。
だからって譲ってやらないけどな。
2015.10.31
【おまけ】
「はぁー…あったかいなぁー…猫いいなぁ…」
「すっかり仲良くなったねぇ二人とも」
「こんなに可愛いとは思わなかったよ。いっそうちの子にならないかい?不自由はさせないよ」
「おいおい、猫まで口説くな」
「ぶにゃーん」