HLに憧れてC


「あ、すみません」

「こちらこそ…ってあれ?君は確か…」

「あ」


夕飯の買い出しに外へ出た帰り道。
すれ違いざまに肩をぶつけた人物がどこかで見たことあるような少年で思わず足を止めてしまった。


「貴方はスティーブンさんと一緒に居た…」

「ああ!君は確かレオナルド君!?」

「は、はい。貴方はスティーブンさんのお友達でしたよね」

「そうそう!偶然だねぇ。どこへ行…って、すっごい怪我してんじゃん!」

「ははは…ちょっと転んじゃって…」

「ええーもう何してんの〜!ちょっと来なさい!お姉さんの家すぐ近くだから消毒してあげる!」

「え!?そ、そんな悪いですから!!これくらいどうってこと「いいから来る!」…はい」


顔に真新しい痣を作って口元も切れて血が出ている少年・レオナルド君の腕を強引に引っ張り私の住んでいるアパートへと連れてゆく。
彼は以前スティーブンのホームパーティーの夜に偶然街中で知り合った少年で、どうやらスティーブンの知り合いらしい。
一緒に居たあの銀髪褐色男の印象が強くて一瞬思い出せなかった…あの男にやにやと私の事をじっと見てくるから気分悪かったんだよなぁ〜…おっと。今はそんな事考えてる場合じゃなかった。


「散らかってるけど遠慮なく入って」

「あ、あの僕やっぱり!すっスティーブンさんに悪いですし!!」

「へ?ああ、違う違う。スティーブンはただの友達だから気にしなくていいんだよ。ほら入って」

「ううっ…俺後で絶対凍らされる…」

「あ、ごめんそこで靴脱いでねー。我が家は土足厳禁なの」

「は、はい…」


狭い玄関でおずおずと靴を脱ぐレオナルド君を横目に棚の中から救急箱を取り出す。とりあえず消毒して顔をも冷やさないと…。
本人は転んだなんて言ってたけどあの痣はどう見ても殴られた痕だよなぁー。厄介なのに絡まれるなんてこのHLじゃよくあることだけど、男の子としては喧嘩で負けたなんてのは恥ずかしくて言い辛いんだろう。可愛いけど危なっかしいなぁ。


「なんか凄い部屋ですね…」

「ああ、物が多いからねー。スティーブンにもいつも片づけろって怒られてるよ」

「書籍の量半端なっすね…他にも写真とか玩具とか植物とか…あ、すんません…女の人の部屋をじろじろ観察するなんて失礼ですよね」

「あはは、全然構わないよ〜。でも観察より先に消毒ね!はーいじっとしててね〜」

「う、うっす…」


濡らしたガーゼで傷を洗い消毒液を口元と血の滲んだ手に塗る。かなり沁みるらしく歯を食いしばっているレオナルド君の姿が小さい頃の自分の弟の姿にそっくりで思わず笑ってしまいそうになった。


「よし、できた。あとは頬っぺた冷やさないとだね。ちょっと待っててー」

「何から何まですみません」

「いいのいいの。そうだ、レオ君の影にさっきからお猿さんが隠れてるよね?その子には怪我はない?」

「ええ。こいつは音速猿なんで反射神経は良いから…」

「音速猿!珍しいお供が居るんだねレオ君は」

「すばしっこくて悪戯っ子ですけど良い奴なんすよ」

「あはは。じゃあそんなお猿さんにはこれをあげようかな〜。バナナ好き?」

「ウキュ…」

「ほらソニック。この人はスティーブンさんのお友達でとっても良い人なんだよ。バナナくれるってさ」

「ウキ〜!」

「ふっふふ。可愛いなぁー。どんどん食べてね」

「ウキッ!」

「うわ、ソニックが懐いた!珍しいなぁー。滅多に人に懐かないんすよそいつ」

「昔から動物には懐かれやすいんだよ私。あ、レオ君にはアイスノンね!しばらく冷やしてるように!」

「はーい」


レオ君にアイスノンを手渡して救急箱を元の棚へと戻した。さてと、お腹空いたし夕飯の準備でもするか。


「レオ君、今日はもう予定とかないの?」

「はい。もうバイトもないし帰るところでした」

「じゃあ夕飯食べていかない?」

「え!?そ、そこまでしてもらうのは悪いですよ!!」

「えーいいじゃん。一人で食べるのも味気ないしさぁ〜。あんまり美味しいご飯は作れないけど食べて行ってよ。ねえソニック君?」

「ウキキッ!」

「そ、ソニック…あの、じゃあお言葉に甘えても良いっすか…実は金欠で今朝から何にも食べてなくて…」

「おーいおいおい。食べざかりの少年がそんなんじゃダメじゃないの!よっしゃー!沢山作るから待っててねレオ君!」


買ってきた食材をキッチンに並べ早速料理にとりかかる。
今日は久しぶりに腕を振るっちゃいますよ私!!


「えっ………ご、強引な人だなぁ…スティーブンさんとは全く違うタイプなのになんで仲が良いんだろう…」

「ん?何か言った?」

「い、いえ…。あ、あの…この辺の本とか読んでも良いですか?」

「いいよいいよー。なんでも好きなの読んで」

「ありがとうございまーす」



∵ ∵ ∵



「うっ、うっめ〜〜!!」

「ほんと!?良かった〜。ちゃんと料理したの久しぶりだったからちょっと自信なかったんだよねぇ。んー、確かに美味しくできてるわ!」


テーブルに並ぶ見慣れない料理の数々に思わず涎が落ちそうになった。
治療をしてもらっただけじゃなくてこんな美味しい料理を御馳走してもらって本当に頭が上がらないな〜。
彼女…名前さんとはスティーブンさんとの顔見知りというだけで殆ど初対面の俺にこんなに良くしてくれるなんて…。一瞬裏があるのかとこっそりと目で彼女を探ってみたけどどこをどうみても普通の女性だった。
そりゃそうか。あのスティーブンさんの友達なんだもんなぁ。


「あーうめぇー…これ日本食ですよね?やっぱり名前さんって日本で生まれ育ったんですか?」

「そうだよー」

「でも名前さんみたいな普通の人がなんてこんな場所に…」

「んー…話すと長くなるから色々省略するけど……憧れだったんだよねぇ」

「憧れ…?」

「そ。誰もが空想にすぎないと思っていた世界がここにはあるでしょ?だから一度はそんな世界で暮らしてみたいと思ってね」

「だけど憧れだけで女性が一人で住むには危険すぎますよ、この街は…」

「そうだよね〜。スティーブンと出会った頃にも同じ事言われたなー」

「そりゃ誰だって思いますって…」

「まぁ幸い仕事はどこに居てもできる事をやってるし小さい頃から武道もやってたからなんとかここでも生活できてるよ。そりゃ危険を全て取り除けるわけじゃないけどね…絡まれる程度なら逃げるなりボコボコにしてやるなりはできるけど超天変地異の出来事に巻き込まれたらどうしようもないから怪我もする」

「…国のご家族とか、心配してるんじゃないですか」

「そりゃもちろん!でもずっと憧れだったからなぁ〜。それに今更この場所を捨てるには大切なものが出来すぎちゃったんだよねぇ。ここで知った美味しいお酒の味とか…それとここで知り合った友人たちもね」

「…なんか分かります。俺も同じっすから」

「レオ君はどうしてこの街に?」

「俺も話すと長くなる…っていうか、色々ややこしいんで省略すると半分は仕事目的で。僕記者見習いなんすけど”HLの歩き方”って本の記事を書くために来たんです」

「記者か〜。じゃあちょっぴり私と同業者だね」

「へ?」

「私翻訳の仕事してるから。主に小説ばかりだけどねー。あとコラムもいくつかやってるよ」

「え、えええーー!?そうだったんですか!?名前さんが!?」

「ジャーナリストみたいに花形じゃないけどね〜。歩き方シリーズならそこと同じ出版部で出してる雑誌にコラム書いてると思うよ」

「ちょっ、何気にすごい人だったんすか名前さん!!翻訳家かぁ…ならこの部屋の書籍量も頷けますね」

「ほぼ趣味の産物だけどね。殆どが物語とか歴史に関するものなんだけど、そういうの読んでるとどんどん空想の世界に入っていけるから好きなんだよ」

「俺はあんまり小説とか読まないけどなんか分かります。そういうの」

「でしょ。良いよねぇ」


へらりと笑う名前があまりに嬉しそうに笑うのでつられて笑ってしまった。
不思議な人だよなぁ、名前さんって。憧れとはいえこんな街で女性一人で暮らす度胸も強さもあるし、翻訳家と言うすごい仕事もしているのに外見はへらへらと見ているこちらの力も抜けてしまいそうな笑顔を浮かべる人だ。
まるで昔から知り合いだったかのように感じるのも彼女が相手との距離を縮めるのが上手い人なんだと思う。
この人になら何を話しでも受け入れてくれそうな……そんな雰囲気があるからこそスティーブンさんも心の置ける相手だと思ってるのかもしれないなぁ。
先日ザップさんがほんの少しからかうつもりで「あの時の番頭のお友達誘って飲みに行きましょうよ〜」と言った時のスティーブンさんの射殺すようなあの目思いだすとまた体の震えが止まらなくなりそうだけど…ううん、名前さんを見てるとほんの少し納得できる気がする。
本人達は友人だって言い張ってるけどほんとは……いや、少なくともスティーブンさんは…。


―ブー、ブブブーッ


「あ、誰か来た」

「え」

「って私の家訪ねる人なんて一人しかいないか。はいはーい、ちょっと待ってよー」

「ちょっ、ああああああ!!待って下さい名前さーーん!!」

「…え?…あ」

「お邪魔するよ名前。おや少年、何故君がここに?」

「ス、ス、、ススススティッ!!ち、違うんですこれは!!俺が街で殴られてそしたら名前さんとぶつかって「へぇ…いつの間に名前で呼び合う仲になったのかなぁ」っひぎぃいいいすんませんほんっとすんませんもう絶対しませんからお命だけはほんっと勘弁してくださぁあーーい!!」

「え、どっどうしたのレオ君!」

「名前、悪いけど少年を連れていくよ。急用ができたんでね」

「え?そうなの?まだ食事の途中だったのになぁ…」

「へぇ…随分豪勢じゃないか。君が作ったのかい?」

「そりゃそうだよ。レオ君が朝から何も食べてないって言うから久しぶりに気合入れて作ったんだよねー。スティーブンも食べてく?」

「そうしたい所だけど今は時間がなくてね。後でまた訪ねてもいいかい?」

「どんとこーい。レオ君もまた後でおいでよ」

「え…いや…」

「少年は疲れてるようだから用が済んだら帰るそうだ」

「そっか…まぁ怪我もしてるしね。ちゃんと家まで送っていって上げてよースティーブン君」

「了解。じゃあ行こうか、レオナルド君」

「は…………はーい」

「じゃあまたねレオ君。今度お茶でもしながらゆっくり話そうよ」

「へ!?あ、あーー…」

「お茶くらいいいんじゃないか、少年」

「あ、はい。そっすね」


お、俺この後殺される…いや、殺されはしなくても間違いなく半殺しにされる…。
義眼で確認しなくても分かるスティーブンさん纏うどす黒いオーラに胃がキリキリと痛んだ。
…って、俺は別に悪くなくね!?だって名前さんとスティーブンさんは恋人同士てもないんだし俺だって下心があって来たわけじゃないんだから!!
つーか妬くくらいならさっさと告るなりなんなりしろっつーの!…って、絶対に本人には言えないけど…。


「じゃあ名前、また後で」

「はーい。行ってらっしゃい」


ふわりと笑う名前さんに、隣に立ったスティーブンさんの表情が消える。
きょとんとした顔で名前さんをじっと見降ろし、次に見せる彼の表情はなんだか僕が見ちゃいけないもののような気がしてそっと視線を逸らした。


「ああ、行ってくるよ」

「そうだ、ついでにビール買ってきて。やっぱ和食にはビールだわ」

「はいはい…」


ああもう…さっさとくっついちゃえよ。




2015.10.27



【おまけ】


「少年」

「は、はい…」

「悪いが急に君の力が必要になってね。すぐに連絡を入れようと君のGPSを追ったら彼女に家に反応があって驚いたよ。偶然の成り行きでああなったのかい?」

「そ、その通りです」

「はっはは、そんなに怯えなくてもいいよ。別に僕は怒っちゃいないんだから」

「は、はっはは…」

「ははははは」

「あ…ははは…」

「…変な気を起したらどうなるか分かってるんだろうな」

「…ははは…はは………はい」

「悪いけど彼女の前では余裕のある男を気取ってる場合じゃないんでね」

「(名前さーーーん!!!あなたとんでもないのに好かれちゃってますよーー!!!)」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -