帰り道にて
「そんじゃあ苗字名前の出戻りを祝して!!乾杯!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「って、なんつー音頭とってくれてんの繋心くんん!!恥ずかしいでしょうが!!」
「つーか苗字さんと二人で飲みに行く予定だったのに何でこんなに人数増えてんだよ!」
「かてー事言うなって!」
「俺らだって噂の名前さんがどんな人か会ってみたかったんだよなぁ!」
町内会の若者達が集った小さな居酒屋は貸しきり状態だ。
そもそも当初は嶋田君と二人で飲みに行く予定だったのだが、私がたまたまその事を常連のおばちゃんに話すと瞬く間にその話が広がりあれよあれよと言う間に烏養を初めとする町内会の若い衆が集ってきた。
田舎の噂の回る早さを舐めてたわ…。
「ごめんな苗字さん、こいつら面白がっちゃって…悪い奴らじゃないんだけど」
「いやいや、全然構わないよ。大勢で飲むのは好きだしね」
「嶋田ぁ!!苗字さんとイチャついてんじゃねーぞ!!俺らにも話しさせろー!!」
「そうだそうだ!!今町内で噂で持ちきりの苗字さんと俺らも話ししたい!!」
「なにそれ!?私の噂で持ちきりになってんの!?田舎怖い!!」
「色々話は聞いてるよ〜。お酒好きなんでしょ?はい俺から一杯!」
「あ、どうも〜」
「そいつにあんま飲ませんなよー。大暴れして店壊しかねんぞ」
「黙れアホ繋心」
「オッス苗字!俺の事覚えてる?」
「あー!!滝ノ上君!!ひっさしぶりじゃん!!」
「久しぶりだな〜!!つっても大学ん時にしたクラス会以来だから数年ぶりか?」
「うんうん!そっかー滝ノ上君の家は電気店だったね。君も町内会の人だったのかー」
「お前ら顔見知りだったのかよ」
「苗字さん…滝ノ上の事は覚えてて俺の事は忘れてたのか…」
「ちょ、違うよ嶋田君!!滝ノ上君は三年の時同じクラスだったんだよ!!」
「え、なんだよ苗字。嶋田の事覚えてなかったのか?」
「ええまぁ…記憶力が乏しくて申し訳ない限りです…」
「っははは!!そりゃ嶋田も不憫なこったな!!報われねえなぁ嶋田!!」
「っせーよ!!苗字さん、こいつ酒飲むとしつこく絡んでくるから気をつけてな」
「わかった。滝ノ上君、半径1メートル以内に入ったらチョークスリーパーな」
「相変わらず怖いなお前!!」
級友との再会の祝いや大勢の人たちから「まぁ色々あるけど頑張れよ!」とお酌をされ気がつけば足元がふらつく程度に酔ってしまった。
しかしまぁ町内会の人たちの酒豪っぷりには驚いた…。一旦お開きになった後も半分以上の人たちが二件目に行くぞと張り切っていた。町内会の皆さん、恐るべし。
「ごめねぇ嶋田君。わざわざ送らせちゃって。嶋田君も二件目行きたかったでしょうに」
「明日も仕事だしそんなに飲んでられないって。それにこんなフラフラしてる苗字さん一人で帰らせるわけにゃいかないし。つっても俺も結構飲んだし歩きで申し訳ないけどな」
「菩薩…嶋田君は誰にでも優しいしほんと良い人だわ」
「そうでもないって。それにこんなこと誰にでも言うわけじゃないよ?」
「じゃあ言う相手が決まってんの?あ、お客さんのおばちゃん達とか?嶋田君近所の奥様方にモテモテだもんなぁ」
「って、いやいやそうじゃなくて!!あーもう伝わんねえなぁ!!」
頭を抱えてその場にしゃがみ込む嶋田君に慌てて私も腰を降ろす。
どうしたものかと背中をさすって大丈夫かと尋ねればさっきよりほんのり頬を赤くした嶋田君が顔を上げた。少し拗ねたような表情はまるで子供のようだった。
「昔から思ってたけど…苗字さんってちょっと抜けてるっつーか…」
「あー、それはたまに言われる。てか昔からって…学生時代は殆ど関わり無かったのに良く知ってんね」
「まぁ繋心と幼馴染だから目に入ったてのもあったけど…廊下とかそういうとこで時々見かけた。名前さんはいつも友達に囲まれて楽しそうだなって。でも不思議と周りと一線引いてるように見えたんだよな。それで気になり始めたんだよ」
嶋田君の言葉にガツン、と頭を殴られたような感覚に襲われた。
呆気に取られたような顔をしている私をみた嶋田君が慌てて立ち上がるも、私はその場から動けなかった。
「っと、悪い!なんか勝手に色々言いすぎた」
「ううん。嶋田君はほんとに凄い。ドンピシャなとこ突かれた感じ。分かれた旦那にも同じような事言われたよ」
「……すまん」
「んにゃ。旦那の浮気で離婚したってのは話したよね?」
「ああ。でもドンチャン騒ぎで結局詳しくは聞けてなかったな」
「だね。まぁ浮気した原因は私にもあるからその辺はきつく責められないんだよ。嶋田君の言ったとおり私って周りと一線引いちゃうとこがあって。家族や繋心みたいに身近な人にはそうでもないんだけどさ。元旦那ともいつかは一線を引かない、本当に心の距離が近いような存在になれるかなーと思ってたんだけど……なれなかったんだよね。だからかな、浮気が発覚した時も他人事のように思えちゃって。それまで好きだって気持ちはあったけど一気に冷めちゃったんだわ。そんな私を見てあいつが君のそういう所が嫌で浮気したんだって。心から好きになってくれない人は嫌だってね」
「だから浮気ってか…そりゃないだろ」
「まぁそうなんだけどね。原因は私にあるからその辺は申し訳なく思ってたりする。私だってこんな性格好きじゃないけど、どうしようもないんだよなぁ…」
「そうか…」
大好きな友達に囲まれて、信頼してくれてる友達からの相談に親身になっている時だって、心のどこかそんな自分を傍観しているような気がしていた。
自分が誰かに嫌われていると知ったときもまるで他人事のように感じていた。
幼い頃はきっと自分は感情の一部が欠けているんだと悩んでいたけど成長する共にそんな気持ちさえどうでも良くなっていた気がする。
嶋田君がしゃがみ込んで俯いた私の頭をポンポンと撫でてくれて、何故だか少し泣きたくなった。
「苗字さんは傷つきやすい人なんだな」
「え?私が?烏養から鉄の魂とか言われてる私だよ?」
「まぁあいつの意見は置いといて……さっきの話を聞く限り苗字さんは繊細だと思ったよ。そのくせめんどくさがりだな」
「後者は否定できないけど…私が繊細って…」
「本当は自分が傷つきたくないから相手と一線を引くんだろ。相手に踏み込んで自分が傷つく結果になるのが嫌なんだ。だから最初から距離をとって自分を守ってるんじゃないかって俺は思うな」
「……それは…」
「なのに自分はそういう人間なんだって決め付けて改善する努力をしてない。バレーにも言えることだけどさ、努力もしないで自分には無理だって決め付けるのはダメだよ。てか相手と一線引くなんて事多かれ少なかれ誰にでもあることだと俺は思うね。ただ苗字さんは諦めてそれを改善しようともしてないだけだろ。傷つくのが怖いから」
「……」
「って、悪い!!好き勝手言いすぎた!!酒も入ってたからつい…ってのは理由になんないよな。ほんとごめん」
「…嶋田君…」
「ん?」
「……ごめん、なんか泣けてきたし鼻水出てきた…ティッシュ持ってない?」
「おおお!?ちょっ、ほんと悪かった!!泣かるつもりは…!!」
「やっぱ嶋田君すごい、し、びっくりした…ほんとは傷つくのが怖いなんて、自分でも知らなかったよ。自分勝手だよなぁ…自分が傷つきたくないくせに、そのせいで誰かを傷つけて…その事に今まで気付いてなかったなんて…情けない…」
「ティッシュ無かった…ハンカチでも良い?」
「菩薩のハンカチが私の涙と鼻水で穢れるぅ…」
「穢れない穢れない。むしろどんどん汚してくれ。えっと、まぁアレだな……色々言っちゃったけどそういう苗字さんも俺は嫌いじゃないよ。人間臭いってやつかな」
「人間臭いかー」
「元旦那の事は苗字さんが気に病む事は無い。浮気する男が悪い」
ダムが決壊したように溢れ出る涙と鼻水を嶋田君に手渡されたハンカチで涙を拭う。
嶋田君はそんなどうしようもない私に更に優しい言葉をかけてくれて、その言葉一つ一つが心の奥底に心地よく落ちていくような気がした。
元旦那の浮気が分かった時には一滴も零れなかった涙が嶋田君の言葉で次々と溢れてくる。
ああ、この人は本当に優しい。優しすぎる。こんなに近くにこれ程優しい人が居ることにもっと早く気付かなかったんだろうか。
嶋田君は私の事を知ってくれていたのに私は知らない、その事がとても悔しく思った。
「…嶋田ぐん」
「お?涙と鼻水の次はなんだ?」
「違うわい…。ありがとう嶋田君。なんか色々スッキリした」
「どういたしまして。そんじゃ帰るか。立てる?」
「うん」
差し出された手に捕まりゆっくり立ち上がると、嶋田君は私の手を握ったまま帰り道を歩き始める。
その手の暖かさに自然とまた涙で視界がじわりと滲んだ。
「次に元旦那からメールが来たら返信して謝っておこうかな。もちろん寄りを戻すことは無いけど、私も悪かったと思うし」
「……今までは返信してたの?」
「ううん。浮気が発覚した後それでも君と離婚しないとかトチ狂って家に放火されたからね〜。危うく殺人未遂になりかけたけど訴えなかったからなんとかおさまったし。けど弁護士挟んで二度と連絡はしないって約束だったのにメール送ってくるからずっと無視してたんだわ」
「……苗字さん…」
「お?」
「…いや…バイオレンスって聞いてたけどまさかそれ程とは思わなかったわ…。返信しなくて正解だよそりゃ。てかこれからも絶対にしない方が良い!!分かった!?」
「お、おお…まぁ嶋田君がそう言うなら…」
「っていうかメールアドレスも変えた方がいいんじゃないか!?ストーカー化してるだろそれ!!」
「いやぁ変に刺激するのも怖いし…謝ったら相手の気持ちも納まるんじゃないかと思ったんだけど…」
「ダメ、絶対!!その弁護士とか言うのとまだ連絡取れるんだろ!?そっちから相手に上手く注意してもらうようにさぁ!!」
「嶋田様の仰せのままに…なんかこういう事相談できる相手もいなかったし助かるよ〜。頼りになるなぁ嶋田君は」
「はぁ…これからもなんかあったら相談に乗るから。俺じゃ力不足かもしれんけど」
「私が100人集っても嶋田君には及ばないよ。さんきゅーね!」
「おおー…」
なんだかどっと疲れたご様子の嶋田君の隣に並び帰り道を歩く。
電灯も少ない田んぼと畑が続く道は民家が少ないせいか初夏の夜には似合わない涼しい風が吹いたいた。
嶋田君に握られていた手が突然ギュッと強く握り直されて何事かと彼の顔を見上げると、屈託の無い笑顔で返されてしまい少し胸が高鳴った。
本当に地元に戻ってきてよかった。嶋田君に出会えて、本当に良かった。
2014.7.9