高1の5月
「こーんにちはー」
「ああ、名前ちゃん来てくれたんだ」
「勿論!もう皆来てるんだよね。晩御飯は?」
「進藤のお母さんが色々作って来てくれたみたいなんだ。夜食にしようか朝ごはんにしようかって話してたところなんだけど…」
「じゃあそれは朝ごはんにさせてもらって晩御飯は私が適当に作ろうか。色々食材も買ってきたし」
「ありがとう…面倒掛けてごめんね」
「何言ってんの!私も北斗杯めちゃくちゃ楽しみにしてるんだからね!協力は惜しみませんよー」
「あはは、ありがとう」
通い慣れたお隣さんの塔矢家の台所へと脚を勧めスーパーで買ってきた食材をテーブルの上に置く。
アキラ君から北斗杯のメンバーである進藤君と社君が塔矢家に集まり泊まりで勉強会をすると聞いたのはつい昨日の事。
今はちょうどおじさんは中国へ、それに付き添っておばさんも家を留守にしている為にアキラ君一人ならまだしも男三人では何かと不便だろうという事で私が家事を引き受けたのだ。
料理が出来たらお風呂にお湯張って…明日も学校あるから昼は出前にしてもらって夜ご飯は帰り道にまた食材帰って帰ればいいよね。
「なんやええ匂いせんか?」
「ほんとだ。カレーの匂いじゃん!」
「今名前ちゃん…僕の幼馴染が来てて夕飯を作ってくれてる。家事を手伝ってくれるって言うからお願いしてるんだ」
「マジで!名前来てんのか!」
「ほー…えらい優しい幼馴染やな。もしかしてその子と付き合ってたりすんのか?」
「そんなんじゃない。大事な幼馴染なんだから社も進藤も粗相のないよう…って進藤!」
廊下からアキラ君の声が聞こえたかと思うと突然ポンと肩を叩かれ体がビクリと震える。
振り返れば見覚えのある人懐っこい笑顔…以前あった時より視線の位置が高くなった進藤君の姿があった。
「わっ!進藤君!久しぶりだねー!一年ぶりくらい?」
「だな!」
「背伸びたね〜!って…あれ…?」
「どうかしたか?」
「…いやぁ…進藤君、この一年で何か大きく変わった事とかある?」
「え…なんで…」
「えーっと…私随分前に変な事言ったことあるでしょ…小学生だった時」
「あ、ああ…背後に何か見えるとかなんとか」
「見えると言うか何か居るな、って感覚なんだけど…前に有った時にはあったそれが今は感じないから。私幽霊とか見える方ではないけど何となーく感じやすい事はあってさ。キラキラしてたし悪い感じなかったから何も言わなかったんだけど…何かあったの?」
「ああ…色々とな。でももう大丈夫らからさ…」
「そっか」
アキラ君からしばらく対局を休んでたって聞いたけど…きっと色んなことがあったんだね進藤君。
なんだか切なそうに笑う進藤君にそれ以上何も言わずポンポンと彼の頭を撫でた。
「うわっ!撫でんなって!もうガキじゃねーんだから!」
「あはは、ごめんごめん。そうだ!カレーできてるよ〜!運ぶの手伝って!」
「やった!俺大盛りな!」
「はいはーい」
三人分のカレーをお皿によそいサラダやらスープやらをお盆の上に乗せ客間へと運ぶ。
「ご飯できたよーアキラ君」
「ありがとう」
「あ、初めまして。社君、だよね?私アキラ君の幼馴染の苗字名前です」
「どもっす。なんや色々世話かけてもうてすんまへん」
「いいのいいの!雑用は私がするから皆は碁に集中してね。私が出入りして気が散るかもしれないけどできるだけ邪魔しないように努めるから。何か用があったら何でも言ってね」
「おお…」
「名前ースプーン忘れてんぜ!」
「ああ!ごめんごめん!持ってきまーす!」
「お前あの子めっちゃええ幼馴染やんか。けっこう可愛いし」
「…名前ちゃんに何かしたら塔矢門下全員を敵に回す事になるぞ」
「なんやそれコワッ!!」
「すんげえ過保護なんだよな塔矢って」
「大事な幼馴染だからね」
それからお風呂を入れたり皿洗いをしたりとバタバタと夜は更け、翌日は予定通り学校帰りに買い物を済ませてそのまま塔矢家の玄関を潜ると見慣れない大きな靴が増えていた。
「あれ…お客さんかなぁ」
食材を台所に置き対局部屋へと向かうと何やらわーわーと賑やかな声が聞こえてくる。
邪魔しない方がいいかな…。
「あーーっ!女の子が居る!!」
「わっ!」
「名前ちゃん。お帰り」
「お帰り〜名前」
「なに、この女の子どこの子!?もしかしてお前らどっちかの彼女!?」
「違いますよ倉田さん…。僕の幼馴染で食事とか家事の面倒を見てくれてます。名前ちゃん、こちら倉田七段。僕たち日本チームの団長をされてる方だよ」
「わわっ!は、初めまして!」
「へ〜塔矢アキラの幼馴染ね………」
どすどすと巨体を揺らして近寄りじっと私を見つめる倉田さん…な、なんなんだこの人…!
「…可愛いじゃん!!セーラー服に合ってんね〜君!」
「ど、どうも…」
「君が食事作ってくれんの!?晩飯何!?」
「ハンバーグです…」
「女子高生のハンバーグ!いいねえ!っと、こんな親父臭い事言ってる場合じゃなかった。さあ、ここに来た場合次はどうする?勘を働かせてみろ!」
「えーっと…」
「……」
「名前ちゃん?」
「あ、ごめん。テーブルの上片づけておくね」
「…名前ちゃんはこの場合どこに打つのが良いと思う?」
「えっ」
「お、なに。女子高生も碁打ちかなにか?」
「ち、違う違う!私ヘボだし!」
「ヘボでもいいじゃん。お前ならどこに打つか言ってみ」
「…じゃあ…ここかな」
「そこって…」
「そんなとこに打ったかて…いや待てよ、悪くないな…」
「むしろここに打つことによって死んでいた白石が…成る程、面白い…」
「…この女子高生何者?」
「名前ちゃんは小さい頃からここに毎日遊びに来ていて父や研究生の皆さんの碁を見ていましたから…自分で盤面に向かって打って行くのは苦手なんですけどここぞと言う時の勝負勘が良いんです」
「おじさんの隣でよく見てたから…おじさんならここはこう打つんじゃないかなって思っただけだよ」
「確かにこれは塔矢先生の手だよな〜…成る程ね。この手を読めるのに碁が下手だなんてもったいねえの。ちゃんと勉強すりゃああっという間にプロにだってなれるぜ?」
「む、無理無理!じゃあ私そろそろ場ご飯の準備してくるね。失礼しましたー」
「美味い飯頼んだよ〜名前ちゃん!」
「はーい」
なんか苦手だなぁあの人…。