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「お邪魔しまーす」

「いらっしゃーい。今は皆居ないから寛いでていいよ」

「え…猛君やお母さん達は?」

「皆で買い物行ってくるって。しばらく戻ってこないんじゃないかな〜。お婆ちゃんは居るけど奥の部屋で寝てるしね。あ、飲み物何が良い居?麦茶とかジュースとかアイスコーヒーもあるけど」

「じゃあ麦茶で…」

「はーい」


及川君のお宅にお邪魔するのはこれで二度目。
前回は岩泉君も一緒だったし及川君のご家族も一緒だったから良かったけど…いざこうして二人っきりになると緊張するなぁ…。
って、何を意識しちゃってんだ私ーー!!ああ恥ずかしい!!これだから恋愛経験の少ない女は!!落ち着け私…緊張してるなんて及川君に知られたら恥ずかしすぎるぞ…深呼吸っと…。


「お待たせー!」

「ぎゃあっ!!」

「えっ!?ど、どうしたの!?」

「あ…え!?い、いや!なんでもないです!!ごめん大声出して!」

「全然平気だよー。はい麦茶」

「あ、ありがとう…」

「あとこれ約束してたアルバム。思ったより沢山あってさぁ〜。自分でもびっくりだったよ」

「うわぁ!ありがとう!見てもいい?」

「ん。遠慮なく俺の天使っぷりを堪能してね!」

「あはは。では早速………っっわぁああ〜!!かっ…かわいい〜〜!!」

「あ、これ産まれたばっかりの時のやつだ。俺もこんな小っちゃかったんだなー」

「うわぁああ〜〜!!ふわぁあ〜〜!!かわいい!!かわいいー!!」

「ふわぁ〜って…可愛いしか言えてないよ苗字さん」

「ごめん!!でもほんと可愛くてびっくりした!!赤ちゃんの及川君可愛い!!」

「そ、そんなに手放しに喜ばれるとちょっと照れるんだけど…」


予想をはるかに超える可愛さで写真に写る産まれたばかりの及川君の姿があまりにも可愛くて…。
ページを捲ればミルクを飲んでいる姿や幼いお姉さんと一緒に写っている姿にまたもや声にならない悶絶を繰り返す。
可愛いと褒め殺す私にいい加減恥ずかしくなってきたのか若干頬を赤くしつつある及川君を気にする事もなくおもいっきりアルバムを堪能する。


「あれ…これってもしかして岩泉君!?」

「正解〜!チビで生意気なガキ大将時代の岩ちゃんだよ!」

「かっわいいい〜〜!!これ幼稚園の入園式だよね!?うわぁー岩泉君が小さい!!可愛い〜!!及川君は女の子みたいで可愛いけど岩泉君は男の子の可愛さがあるね!!とても可愛いです!!」

「え…俺の方が可愛いよね!?岩ちゃんなんてこの頃乱暴で女の子に嫌われてたんだよ!?」

「あはは、男の子らしくて可愛いなぁ〜。あ、この及川君泣いてる」

「それは俺が怖いからやめてって何度も言ってるのに岩ちゃんがブランコ二人乗りで一回転した時の写真かな」

「一回転!?ほ、ほんとにやんちゃ坊主だね岩泉君…でも誇らしげな笑顔だなぁ」

「俺が横で泣いてるって言うのにね!!小さい頃の俺可哀想!!」

「あ…ここからの写真はバレーしてるね」

「俺が岩ちゃんを誘ってバレー始めたんだよね。最初は全然上手くできなくて岩ちゃんに笑われてたっけな〜」

「今の及川君からは想像できないなぁ…」


底からの写真は殆どがどのシーンもバレーをしている及川君の姿を映していた。
写真の中のバレーをしている及川君は体は小さいけれど今の及川君と変わらない真剣で楽しそうな表情をしている。
ほんとに昔からバレーが好きでたまらなかったんだね。


「…あれ…」


中学時代であろうページを捲ると一枚の写真が目に止まった。
同じようにバレーをしている及川君が写っているんだけど、さっきまでとは全く表情が違う。
苦しそうで何かを抱えているような顔でバレーをしていた。


「……この及川君、他のと違うね」

「え……ああ、うん。その時の俺スランプってやつになっててさ。何度やっても牛若ちゃんに勝てないし、とんでもない才能で下から追い上げてくる飛雄ちゃんって後輩に焦っていくら練習しても上手くいかなかったんだよ」

「そうだったんだ…」

「強くなるために1人で沢山練習してたんだけど岩ちゃんにめちゃくちゃ怒られちゃってさ。一人でバレーやってんじゃねえって頭突きされたんだよ!」

「でもそのお蔭で立ち直れたんだね」

「うん!その通り!」

「流石だなぁ。及川君のバレーにはいつも岩泉が居るんだね」

「うん。それに一緒に全力で戦える仲間がいるから俺も頑張れるんだよ。俺がセッターとして高い評価を貰えるのはそれに応えてくれる仲間があっての事だからね」

「…そっか。及川君のそういう仲間を大事に思ってるところ好きだなぁ」


及川君がチームを大切に思うからこそ皆も強くなれるんだろうな。
信頼し合える仲間がいるって良いなぁ…。


「………えっ……」

「え…ど、どうしたの?ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔…」

「…だっだって今、好きって……」

「……えっ……えええええぇええ!!?ち、ちがっ!!あの!!そういう意味じゃなくてね!!あっ、えええっ、ごごごめん!!」

「ちょっ、俺がフラれたみたいになっちゃうからやめてー!!分かってるから!!俺もちょっとびっくりしちゃっただけだよ!!」

「うあ…はい…」

「はぁ…」


っぎゃあああやってしまった!!!恥ずかしいぃいい!!いや確かに好きだけど!!好きなんだけど!!さっきのはそう言うんじゃなくて無意識に言っちゃったわけで、ああもう本人を目の前にして何を言ってるんだ私ーーーーーっ!!!!

あまりの恥ずかしさで及川君の顔が見れない。
及川君もそっぽ向いてるみたいだし気まずい…。


「あ、あの…アルバムの続き見てもいいですか…」

「えっ…うん、どうぞ…」

「ふぅ……あれ…この二人ってもしかして…」

「国見ちゃんと金田一だね。中一の時だからまだちっちゃいなー」

「か、かわっ…!!なにこれ可愛すぎるよ!!携帯で写真撮ってもいいかな!?」

「なにそれ俺の時にはなかった反応なんだけど!?絶対ダメ!!撮るなら天使の及川さんにしなさい!!」

「ああ!お、及川君のも撮らせてもらいたいけどさっきの二人の写真も!お願いします!」

「ええー…仕方ないなぁ…」

「ありがとう!ふふ、国見君も金田一君も小さいなぁ…。うわっ!この子めちゃくちゃ可愛い!!この子も後輩だよね!?」

「ゲッ……飛雄…」

「飛雄って…あの天才の後輩君?」

「飛雄なんて全然可愛くないよ!!生意気だししつこいし馬鹿だしね!!はいもうアルバムは終わりっ!!」

「ええええーー!!そ、そんなぁ!!」

「ベーだ!!見せてほしかったら苗字さんのアルバム持って来てくれないと絶対渡さないかんね!」

「あ、それなら今持って来てるよ。及川君の見せてもらうのに私のは見せないのって申し訳ないなぁと思って」

「えっ…」

「あ、でも私の小さい頃なんてそんなに可愛くないし必要n「は?何言ってんの興味あるに決まってるじゃん。はい、ほら早く交換」……あ、はい…」


鞄から取り出したアルバムを手早く受け取った及川君の顔がいつになく勇ましい…。
ちょっと1人きりでじっくり読みたいからとリビングに消えていく及川君の姿に何も言えず時々廊下から聞こえてくる叫ぶような声になんとなく悲しくなった。
まぁ私も人の事言えないんだけどさ。ほんとにこのアルバムに写る及川君はどれも可愛いから。


「名前ーーっ!!」

「あ、猛君。おかえ、っとうおおお!?」

「名前だーー!!!名前ー一緒にホットケーキ食おうぜ〜〜!!!!」

「ごふっ!!」

「名前ちゃんいらっしゃー……あらやだ、この子ったら名前ちゃん押し倒してる。徹ってば形無しねー。我が弟ながら不甲斐ないわ」

「ほんとにねぇ。名前ちゃんいらっしゃ〜い。お茶にするからリビングにいらっしゃいな」

「お、お邪魔してます…」


買い物から帰ってきた猛君にタックルをくらい、その勢いに堪えきれず畳に倒れこんだ。
お、及川君の部屋が和室でよかった…。
及川君のお母さんとお姉さんに促されリビングに入ると及川君が生き倒れていた。
なにがどうしてこうなった。


「名前ちゃんほったらかして何死体ごっこしてんの。邪魔」

「うっ…あまりの衝撃に記憶がっ…」

「徹何してんの?これアルバム?」

「あらっ!それもしかして名前ちゃんのアルバムじゃない〜!?どれ見せてみて!」

「ちょっ、今俺が見てるからね!?まだ2ページくらいしか見てないんだから邪魔しないでよお母ちゃん!!」

「それ名前のしゃしん!?俺も見る!!」

「じゃあ私もー」

「もーー!!俺の邪魔しないでってば〜!!」


仲良いなぁ及川家…。って言うか及川君がリビングに行ってから結構時間経ってるのにまだ2ページしか見てないってどういう事なんだ…。
及川君に弾かれたお姉さんが「後で見せてもらうね」とホットケーキを作る準備を始めたのでお手伝いさせてもらう事にした。
キラキラした目で私のアルバムを見ている様子を見ているのはなんだか居た堪れないしね…。


「フルーツ切れましたー。生クリームは固めの方がいいですよね?」

「うん、お願いね。やっぱり手際良いわ名前ちゃん」

「時々家でもやってるので…最近はよく学校の友達から頼まれることも多いからお菓子作りにも慣れてきました」

「成る程ね〜。名前ちゃんってモテるでしょ」

「ええ!?私なんかがモテるわけないですよ。今まで恋人もいた事なかったし…」

「ふーん、最近の男子高校生は見る目無いんだなぁ〜。となると徹は女を見る目が合ったって事か。流石私の弟」

「え、えええ…そんな大そうなもんじゃないですよ私…顔だって普通だし性格だっておっちょこちょいだし頭もいい方じゃないし…」

「私は徹が名前ちゃんを好きになった理由が分かるけどなぁ。猛だってすっごく懐いてるじゃない。一君だって名前ちゃんの事褒めてたよ?」

「岩泉君が?」

「うん。名前ちゃんはドジで抜けてるところがあるけど芯がしっかりしてる奴だってね」

「半分は悪口ですよね、それ…」

「あはは、一君も素直じゃないから。徹はああ見えて弱い所があるし名前ちゃんが支えてくれたら私も嬉しいな」

「そんな…私が及川君にしたあげる事なんて何もないですよ…」

「名前ちゃんが徹の事ちゃんと好きになってくれるのが一番の支えになると思けどね!」

「はい……って…えっ?」

「いつかちゃんと言ってあげてね。よっしホットケーキのタネ完成!徹〜!ホットプレート出してきて〜!って、何泣いてんのアンタ…」

「ううっ…」

「名前ちゃんの小さい頃の写真があまりにも可愛くて感動しちゃったんだって」

「うわ…変態かお前は…」

「ちょっ、変態とか言わないでよ姉ちゃん!!俺は紳士だからね!?」

「紳士が幼女の写真見て泣いてんじゃないよ」


……お、及川君のお姉さんはエスパーですか!?!どこまで知ってるんですかお姉さーーん!!
あの口ぶりじゃ私の今の気持ちも全部知ってるって事だよね…流石及川君のお姉さん、敵わない…。
なんだか力が抜けてしまいへなへなと壁に寄り掛かると目を赤くした及川君が「え、どうしたの!?貧血!?」と心配そうに駆け寄ってきた。
なんだか恥ずかしくてまともに及川君の顔が見れないよ…。

チョコペンで絵を描いたりたっぷりのフルーツや生クリームを乗せたホットケーキを猛君に作ってもらい、美味しいと褒めるともっと沢山作ってくれたのでついつい食べ過ぎてしまった。
美味しかったけどお腹パンパンだなぁ…晩御飯入りそうもないや…。
それから及川君の部屋に戻って宿題でもしようという事になったんだけど、お腹も一杯で睡魔が…。


「この動詞の意味ってなんだっけ」

「え…ああ、それは絡むって意味だよ」

「なるほど……って、さっきからペン動いてないみたいだけど大丈夫なの?」

「だ、大丈夫大丈夫…。ちょっと眠くなっちゃって…」

「お腹いっぱいになっちゃったしね。コーヒーでも淹れようか?」

「んー…私コーヒー飲めないんだ…苦くて…」

「えー意外とお子ちゃま舌なんだ〜。じゃあ紅茶でも淹れてくるから待っててよ」

「うん、ありがとう」


カフェイン飲料飲めば少しは目が覚めるかな…。
お腹はいっぱいだしエアコンの風が程よく気持ち良いし及川君の部屋って畳で落ち着くしで今にも寝落ちてしまいそうだ。
ダメだダメだ、人様のお家…それも及川君の部屋で寝落ちるなんて恥ずかしい事絶対にできない。
ああー、でも及川君が紅茶を入れに行ってくれてる間の少しだけ…ほんの数分だけでも仮眠が取れれば……なんて思っている内にもゆらゆらと波のように押し寄せてくる睡魔に勝つ術もなく、机に突っ伏すようにして寝入ってしまった。
遠くの方で及川君の声の優しいと頬や頭に何かが触れる感覚がしたけれど、どうしても重い瞼を上げることができない。
結局目が覚めたのは日も落ちかけた夕方で、いつの間にか畳に横たわっていた体にはタオルケットがかけられていた。
慌てて飛び起れば私のすぐそばで小さな体がもぞもぞと動く。どうやら猛君が私に寄り添って眠っていたらしく眠そうな目を擦りながら猛君が起き上がった。


「猛君…ごめんね、起しちゃった」

「んー…名前起きたのか…」

「うん…つい寝ちゃってたよ〜…うわぁああ…及川君に申し訳ない…」

「いいじゃん。徹も寝てるし」

「え……あ、ほんとだ…」


指さす方向に目を向ければ猛君の向こう側に寝っころがり寝息を立てている及川君の姿があった。
どうやら三人で眠ってしまっていたみたいだ。


「徹がなー、俺が名前と遊ぼうと徹の部屋に来たら寝てる名前にセクハラしてたんだよ!!」

「せ、セクハラ!?」

「頬っぺたツンツンしたり頭触ってた!!だから俺徹から名前を守ってたんだけど眠くなっちゃったから隣で寝てたんだ」

「……そ、っかぁ〜…ありがとね猛君」


触り心地の良い坊主頭をうりうりと撫でれば嬉しそうに飛びつかれた。年上のお姉さんに甘えたい年頃なんだなぁ。
…それにしても及川君、寝てる私の頬っぺたや頭触ったりしてたんだね…セクハラだなんて思っては居ないし全然構わないんだけど、寝ている間にされるとなんだか恥ずかしいな…。
だけど気が緩みきった様子で寝ている及川君の顔を見ると何となく気持ちが分かった。なんとなくいつもより幼く見える表情が可愛くてつい手を伸ばしてしまいそうになる。
起こしてしまわないように、そっと震える指先で及川君の髪を撫でる。
幸せな夢でも見ているのか、へにゃりと小さな笑顔で身じろぐ姿に胸がキュンと高鳴った。
なんだろうこれ、何とも形容しがたいこの気持ち。……これが萌ってやつですか?



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