「なんかいい匂いしますね」
「あはは、国見君が匂いにつられて来た」
「なに作ってるんですか?」
「ポップコーン。合宿場のおばさんがおやつにどうぞって種をくれてね。キャラメルポップコーンにしてみました」
「なんですかそれ早くください」
「お、おお…国見君の目がいつになく輝いてる…」
キャラメルを絡めたポップコーンに塩を少し振りお皿に移す。
国見君が早速食べようとしたみたいだけどまだ熱かったようですぐに手を引っ込めた。
「これ全部苗字さん一人で食べるつもりだったんですか?」
「いや、それはさすがに…合宿も明日の午前で終わりだからね。マネちゃん達と帰り道のおやつに食べようかと思ってたんだよ。部員の皆の分は足りないからこっそり作ろうと思ってたんだけどなぁ」
「じゃあ俺すごいラッキーじゃん」
「だね〜。皆には内緒だよー」
「はーい」
「うん、もう冷めたかな。はいどうぞ」
「いただきます」
厨房の脇にあった椅子を引っ張り出しお皿を抱えむしゃむしゃと食べ始める国見君に笑みがこぼれる。リスみたいで可愛い。
さてと、私はフライパンにキャラメルが固まらないうちに片づけておかないと。
「なんか手伝う事とかありますか」
「大丈夫だよー。もう明日の朝食の準備も終わってるしね」
「苗字さんの料理食べられるのも明日が最後ですね」
「そんな大げさな…。でも気に入ってくれたなら先輩はとても嬉しいですよ」
「気に入ったんで次の合宿も来てくれませんか」
「それは無理だなぁ。今回だけって約束だし…それに及川君もあんまり良い顔しないだろうしね…」
「ああ、初日はずっと不機嫌そうでしたね。どうせ他の男に目をつけられたらどうしようとか嫉妬してたんでしょうけど」
「うわぁ…国見君鋭い…」
「ほんと余裕ないなあの人」
「先輩に対して辛辣っ!!そういえば国見君は中学の時から及川君と知り合いなんだもんね。昔からあんな感じだったの?」
「まぁあんまり変わってないですね。ああ、でも…」
「でも?」
珍しく言葉を噤む国見君に視線を向ける。
「あんなに彼女に執着してる及川さんは初めて見ました」
「……えっ…」
「あんまり詳しくないですけど、及川さんって来る者拒まず去る者追わずっていうか…。俺もそんなに付き合い深いわけじゃないけどあんな嫉妬深い及川さん初めて見ました」
「そ、そうなん…だ…」
「あ…苗字さんが照れてる」
「て、照れてません!!」
「顔赤いけど」
「お黙りなさい!」
子供っぽくにやりと笑う国見君のおでこを叩く。
くっそぉ…年下にからかわれるとは…。
……けど及川君って今までの彼女に対してはわりとドライな方だったんだなぁ…。
今はなんて言うか…女の子より女々しいまでに嫉妬してくれてるんだけど……って、何自分で恥ずかしい事を考えてるんだ私…!!
「苗字さーん、居る〜?」
「あっ…お、及川君だ…」
「どこか隠れる場所ないですか?」
「えっ隠れるの!?」
「及川さんに苗字さんと二人で居るところ見られると面倒なんで…」
「そ、そっか…。えーっと、じゃあその冷蔵庫の陰に…」
食堂に響く及川君の声に慌てて国見君を大きな冷蔵庫の影に隠す。
確かにこの間国見君と仲良くしすぎだって怒られたところだもんね…。
「苗字さーん?なんだ、居るじゃんっ!返事くらいしてよ〜」
「ご、ごめん及川君…。どうしたの?」
「特に用はないんだけどね…合宿中あんまり苗字さんと二人っきりで話す機会も無かったから…」
それでタイミングを見計らって私に会いに来てくれたのか及川君…。
嬉しいよ…嬉しいんだけどね、残念ながら二人っきりではない現状なんだよ…。
「そ、そっか…ここじゃなんだし場所移さない?」
「んー、他だと邪魔が入りそうだしいいや。あ、これ洗い物?手伝うよ」
「あ、ありがとう…」
んっんんんー!!なんでこう上手くいかないのかな!?ああ、ごめんよ国見君…しばらく我慢しててね…。
「合宿も明日で終わりだね。お疲れ様苗字さん」
「うん、及川君も。けど及川君たちは夏休み中にあと何度か合宿とかあるんだよね?すごいなぁ…」
「ほぼ毎日練習もあるしね。けど皆バレー馬鹿だから一日中バレーできるのは有難いことだよ」
「あはは、バレー馬鹿かぁ。なんだか夏休み中は家でゴロゴロしてる自分が恥ずかしくなってくるなぁー。私もスポーツでも始めようかな」
「あ、じゃあバレー教えてあげよっか?体育の時のバレー、すごいへたっぴだったもんね〜」
「うっ…きゅ、球技は苦手なんだよ…。小さい頃は若利君と一緒に練習してたけど下手すぎて相手にならないからって付き合ってくれなくなっちゃったし…」
「うわ、牛若ちゃんガキの時から偉そう〜…。よく二人で遊んでたわけ?」
「うーん…若利君のクラブチームの練習がない時は遊んでたかな。家族ぐるみで仲が良いから一緒に旅行に行ったりどっちかの家に泊まったりとかはしょっちゅうだったよ」
「…ふ〜ん…んっとに腹立つなあいつ…」
「え…?」
「ううん、なんでもないよー。牛若ちゃんの話はやめようか。胸糞悪くなるし」
「…及川君ってほんとに若利君の事嫌いなんだねぇ…。自分本位で天然だけど悪い子じゃないんだよ?」
「俺にとっては傲慢で偉そうで腹立つぶっ倒したい相手だからね」
「そ、そっか…。あ、でも及川君も岩泉君とは小さい頃から仲良いんだよね?やっぱりずっと一緒に遊んでたの?」
「うん。よく岩ちゃんに連れられて山の中駆けずり回ったなぁ〜。岩ちゃんって野生児みたいだったから一緒に虫捕りさせられて大変だったよー」
「あははは、なんか想像できるね。岩泉君はガキ大将かぁ」
「俺は女の子みたいだってよくからかわれてたなぁ〜。及川さんは小さい頃は天使みたいだったからね!」
「天使かぁ…見てみたいなぁ、及川君の小さい頃の写真」
「え……じゃ、じゃあうち来る?写真とかいっぱいあるからさ…。あ、べっ別に来たくないならいいんだけどね!!夏休み中は猛と姉ちゃんも居るし煩いだろうしさ!!」
「お邪魔してもいいの?」
「……苗字さんがいいなら…」
「ほんと!?嬉しいなぁ〜。また猛君に会いたいと思ってたんだよ!及川君のお姉さんやお母さんもすごく優しかったし!!」
「煩いだけだけどね。じゃあ部活が休みの日が分かったら連絡するから…」
「うん。楽しみにしてるね」
「う…うん…」
及川君に笑顔を向ければ視線を逸らしてはにかむ様に笑われた。
照れ臭かったのか洗い物を手早く終わらせた及川君は「じゃあ俺岩ちゃんとミーティングあるから!おやすみ!」と赤い顔で脱兎のごとく立ち去って行った。
「ふぅ…国見くーん、もう出てきて大丈夫だよ」
「はぁ…及川さんやっと行った…」
「ご、ごめんね…。それとありがとね」
「いえ…ポップコーン貰ったし別に。隠れてる間に全部食べちゃいましたけど」
「隠れながら食べてたの!?国見君器用なことするね…」
「美味しかったんでまた作ってください」
「うん、また今度ね」
「隠れてたおかげで及川さんの貴重な姿が見れてちょっとラッキーでしたよ」
「え?貴重な姿って?」
「素直になれないツンデレ及川さん」
「あはは、あれね。可愛いよねぇツンデレの及川君」
「そう思えるは苗字さんだけだと思いますけど」
「そうかなぁ」
「じゃあ俺はそろそろ部屋に戻ります…」
「あ、うん。ありがとね。おやすみー」
「おやすみなさい」
2015.2.19