世は瑞光より目映し
「甚爾くんっていつも何をして遊んでいるんですか」
「遊ばない」
 薄暑の午後。食器を片付けながら、甚爾くんは普段通りの冷めた面持ちです。

「ふむ。ではかくれんぼしましょう」
「……意味がわかんねぇ」
「この前の手合わせでは見事に打ち負かされましたからね。次は私の得意どころで勝負して頂きたいのです」
「大人気ないな」
 呆れた眼差しを向けられますが「いいから、いいから」と、彼の袖を引っ張り外へ連れ出しました。口と態度では興味がなさそうにしていても、振り払おうとしないという事は、彼にとっても吝かではないのです。

「森ん中でやるのか?」
「いえ。禪院家の敷地内で、ですよ」
「……この前雑魚にとっ捕まったのをもう忘れたのかよ」
「あれは術式を使わず給仕の振りをしていたからです。ほら、結界の遮りが無いと、私って見ての通り存在感というか……この容姿ですから。ね?」

 悩ましい眼差しを向けると、途端に甚爾くんは無表情になりました。言葉さえ返してくれません。
 季節はもう夏を迎えると言うのに、空気が急に冷え込んだ気がします。さすがにこういう類の冗談は突っ込まれずに無視されるとかなり痛々しいので、何か一言欲しかった……。

 他愛のない戯れはさておきまして、確かに甚爾くんの苦言は尤もです。ですが私とて馬鹿ではありません。今日は総監部の総会や繁忙期ゆえの祓除要請などが重なって、この敷地内は男手が随分少ないのです。それを知っていて甚爾くんをお誘いしました。
 きっと彼も今日の禪院家の様子を分かっているからこそ、私のお誘いに乗ってくれたのでしょう。
 本邸に着くまで私の顔に一瞥もくれなかったのですが、それでもしっかり付いてきてくれているのが良い証拠です。

 まずは甚爾くんを鬼役として始めてみると、驚く事に私は呆気なく見つかってしまいました。
 場所は屋根裏の隅です。とある一室、天井の木板が外れやすくなっている押し入れから忍び込み息を潜めていたのですが、甚爾くんは五分も経たぬ内にこちらへやって来たのです。最早探していたというより、追い掛けて来ていたかのようです。
 おかしいと思いながらも、私はもう一度挑戦しました。

 今度は離れの未使用の部屋で、畳を剥がし床下に潜りましたが、それもすぐに見つかってしまいました。
 今回は甚爾くんがこちらの動向を覗き見していないか、しかと確認しながら移動していたので、不正がないのは間違いありません。けれどもなんだか腑に落ちません。

「……ズルしてます? もしくは後頭部に目があるとか」
 彼の頭を触って確かめてみますが、当然そんなものはないです。
 それよりも、直毛でやや柔らかい髪の触り心地が最高です。名残惜し過ぎてこれは手を離せません。いとも容易く見つけられてしまう事よりも、余程こちらの方が大問題です。

「ねぇよ。近い、触んな」
 軽く振り払われてしまいました。
「本当ですか……?」と納得していない振りをして、再度甚爾くんに詰め寄ります。すると牽制するように彼が言ったのです。
「におい」
「……へ?」
「においを辿って見つけた。……分かりやすいんだよ。オマエのは」
「……まっ、まさか、それってつまり……。臭いという事ですか!?」

 にわかに信じがたいです。恐々としながら目を瞬かせて問えば、一拍置いて甚爾くんは片方の口角を上げてみせました。
「そういう事だな」
「わ、私の名誉の為に言わせてもらいますが! お風呂にはちゃんと毎日入っていますからね!? それに……っ」
「じゃ、次はオマエが探せよ」

 私の言葉を遮ったやや挑戦的な表情は、年相応のいとけなさをはらんでいました。余りにも可愛いです。
 しかし、ほっこりとしている隙に姿を消され、体臭について弁解する余地もなく鬼役にされてしまいました。何だか上手くあしらわれた気がしてならないですが、もうそれはいいとしましょう。
 甚爾くんが遊びに付き合ってくれるので、私も全力でお付き合いするのみです。

 心底大人気ないですが、こちらには秘策があります。虚をつかれたとて問題はないのです。
 何を隠そう、甚爾くんは例の匕首を日々持ち歩いてくれていて、勿論本日も同様です。私は己の術式を付与した物の詳細な位置を知覚できるので、この勝負は勝ったも同然なのです。

 目を閉じてゆっくり十を数えた後、私はやや入り組んだ廊下の先にある一室に忍び込みました。すかさず押し入れを開け、早速甚爾くんを発見しました。

「甚爾くんみーつけた」
 彼は驚き目を丸くしているので、どさくさに紛れて抱きしめようと試みましたが、するりと抜けられてしまいました。
 そして時を交わさず、彼は「もう一度」と言い残して姿を消してしまったのです。
 負けず嫌いの性分はまことに可愛らしい限りですが、残念ながらどこへ隠れても無駄です。

 外に出て気配を探れば、彼はどうやら庭に隠れている模様でした。なかなかの英断です。
 失敗を活かし、即刻次なる行動への推察を進められるのは、彼の才能の一つでしょう。大変素晴らしい。

 室外を選んだのは、私が痕跡や気配の察知に長けた能力を持っている、と仮説立てた為でしょう。あながち間違ってはいません。
 禪院家の広大な庭は大きな池もあって、低木や石灯籠などの装飾も実に豪奢です。
 身を潜められる場所が多く、加えて至る場所に蠅頭がいます。特に門扉付近や森に近い場所は数も多い。
 無害であるが故に放置されているのでしょう。そして、いずれ攻撃性が生じれば、私が破壊してしまったあの地下施設で飼われる運命にある……。

……それはいいとしましょう。そんな訳で、現在敷地内にいる人間よりも数の勝る彼等は、蠅頭とはいえ呪いの塊です。なので実に気配の主張が激しい。
 気配を探るという観点においては、室内よりも室外の方が、探知の難易度は遥かに高いと言えます。ただ、残念ながらそれでも甚爾くんは私をだし抜く事は出来ません。

 砂利道の奥に置かれた大きな庭石の裏手に回りました。
「蠅頭の気配で誤魔化そうとしても無駄ですよ」
 そして影に身を潜ませている甚爾くんに笑って見せました。すると彼は反対に、眉間に不満をあらわにしています。
「……術式使ってんだろ」
「近いようで不正解です。流石に私の結界術はそこまで万能じゃありません。ただ……」
 言葉尻を濁してみると、甚爾くんは早く続く言葉を聞きたいと言わんばかりの目で見つめてきます。どうやら完璧な探知のからくりに興味津々なのでしょう。……無意識なのがまた可愛い。

「溢れ出る愛らしい気配を追いかけて来ただけです」
「気色悪」
 一瞬にして期待の眼差しが蔑視へと急変しました。そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいのに。
「なかなか辛辣ですね……」
「何が愛らしい、だよ。……デタラメばっか言いやがって」
「それはデタラメなんかじゃありません。私はいつもいつも、感じていますよ」

 能力や素性など、諸々の事情を誤魔化しているのは確かに否めません。
 けれど、心の中で何度も何度も、偽りなく抱いている感情を否定されては私も寂しい限りです。この気持ちを信じてもらうには、心からの言葉をしっかり伝えねばならないようです。
 私は疑心に染まる瞳をしかと見つめました。

「……貴方は本当に可愛いです」
 すると甚爾くんは眉間のしわを薄め、目を丸くして私をただ見つめていました。
 甚爾くんの動きが完全に止まっています。なんだかよく分かりませんが好機です。間髪入れずに抱きしめようとしたのですが、鋭敏な反射神経にまたしてもすり抜けられ、私は虚しく空を抱きました。

 その後、数回鬼役を入れ替えてみましたが、お互い隠れてもすぐに見つけ出してしまうので、この勝負は引き分けで幕を引きました。
 時間もそこそこ経っていたので、私は家に、甚爾くんは訓練にと一旦夕刻まで其々別れたのでした。

 そして夕飯時、食事が出来上がり居間へ顔を覗かせると、さっきまでそこにいた筈の甚爾くんの姿が見えません。
 昼間のかくれんぼの続きでしょうか。彼の小刀の気配を探れば、押入れの中にいるのが判明しました。案外引き分けだったのが悔しかったのかも知れません。思わず笑みを零してしまいそうになるのを抑え、押し入れに近づきます。

「甚爾くん、ご飯できましたよ?」
 襖を開けて覗き込みましたが、甚爾くんは居ませんでした。ふと視線を落とすと、小刀だけが置かれています。肝心の持ち主はいったいどこに……。

「そういうからくりか」
 後ろ手に聞こえた声に振り返ると、甚爾くんが呆れた眼差しで私を見ています。どうやら見事に嵌めらたようですね。
「んん? 何のことですかねぇ……」
 咳払いしつつ誤魔化してみましたが、せめられたら勝ち目がありません。話をすり替えましょう。

「まあそれよりどうです。今日はなかなか楽しかったのではないですか? 私達、かくれんぼは得意ですからね」
「オマエのそのポンコツ術式と一緒にすんな」
「勘違いなさらないで下さい。ポンコツなのは術式ではなく、この私です」
「威張んじゃねぇ」

艶陽も宴半ば
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