宥める
「否定しないで!!!!」
大声で叫んだ。誰にも聞こえないことを良いことに、あらん限りの声量で、発狂に近い形でそう叫んだ。喉が一度でやられてしまうのではと思うほどだった。
今回の任務で犠牲者が出たから取り乱しているのもあったが、叫ぶほど怒りを覚えたきっかけは恵の言葉だった。私が悪いのはわかっている。私がこれからいうことがわがままであることも承知の上だ。それでも言わずにはいられない。
「否定しないで・・・!!!どうしたらよかったのかもうわからないの!!」
後悔する暇もなく混乱している私を、恵は驚いたように見つめている。事の発端はなんだったか、私が悪いのか悪くないのか、最善策がなんだったのか、言う通りにしておけば、と怒られることに関して恐怖を覚えているのか、自分のことがまるでわからない。
確かに今回の任務で恵が応援に来てくれなければ、私が死んでいたのは事実だ。それも一般人と共に、だ。
正直焦っていたのはあった。最初に与えられていた呪いの情報とはまるで似ても似つかない呪霊が出てきたことにより、かろうじてあった余裕は消えた挙句、一般人を守りながらの戦闘ではそれなりにこちらが不利だった。でも守らないわけにはいかない。死なせるなんて持ってのほかで、それなら呪いが死ぬまで私が戦わなければ!と必死になっていた。
・・・結果的に一般人は殺されてしまったけれど。
目の前で体が歪に変形していく人を見て、心臓はドクドクと嫌な音を立てた。焦りが恐怖へ変わった瞬間であった。呪霊への恐怖ではない。人が私の力不足で死んだという恐怖だ。人を助けられなかった、その事実だけが重くのしかかってきて、呼吸さえまともに出来なかった。
なんでわたしはいきているんだ?
最初に思ったことと言えばそれで。
死にたかったわけではない。痛いのは嫌だ。でも呪いに関して何も知らない人が、こんな嫌な殺され方をされるだなんてあっていいことじゃなかった。私が身代わりになれたんじゃないの?どうしてあの人があんな目にあった?どうにかできたのに。身代わりになっていれば、なっていれば、身代わりに、
段々と思考に靄がかかってくる。不安と恐怖に支配されたまま呪霊から被害者の遺体をせめて回収しようと立ち向かった結果、返り討ちにあった挙句少々気絶してしまったようだった。
目が覚めたころには、恵が応援として来てくれて、呪霊を祓ってくれていたが。
「あれだけ無茶をするなと言っただろ!?なんで撤退することを覚えない!!もうすぐで死ぬところだったんだぞ!!?」
「だって・・・」
「お前はもう少し自分の力量を理解しろ!!」
目が覚めて言われたことと言えば、これだ。
確かにそうだ。私は無茶ばかりする。撤退も考えないわけではないけれど、守るべき対象がいたら逃げようにも逃げられない。力量だって、余裕がなくなってしまうと正常に判断が出来なくなるから。
でも、でも、私はそうやって今まで生きてきた。
自己犠牲というのか、よくわからない。でも私は他の人が死ぬより自分を殺したほうがマシだと思う。今回殺された人の代わりになれるのならば、今すぐにでもそこらの刃物で首に刺し傷をつくりたい。私が死んでいきかえってくれるなら、その人がどれだけ赤の他人だろうと私は自分を犠牲にするだろう。
そうやって生きてきたんだ。生まれて物心ついてからずっと、たぶん、そうだった。
それを否定ばかりされたら、いよいよどうしたらいいのかわからなくなった。ただでさえなかった思考の余裕もなくなり、大量の出血によって理性は消えかけている。そんな中で覚えたのは、誰にぶつけたら良いのかもわからない怒りだった。
それで、冒頭の言葉を叫んだのだ。
恵は驚いて、そしてすぐまた顔を険しくした。
「私が代わりになりたかった!!!自分を犠牲にしてほかの人が助かるならそれが最善だと思って今まで戦ってきた!!なのに!今さらそれをやめろだなんて・・・・・・!!私の力量も今回の呪霊との戦いがどれだけ厳しかったのかも、何もかも今日のこと知らない恵にそんなこと言われるくらいなら、死んどけばよかった!!!消えたかった、」
あの殺された人の代わりに、消えたかった。助けられなかった。これが初めてじゃないけど。でももう、私の力不足で目の前で人が死ぬの、見たくない。
ひとしきり叫んだ後、私は頭を抱え込んだ。髪の毛を強く握りしめて、痛いくらい引っ張りながら唸るようにしてつぶやく。
「私が弱かったから、いけなかった・・・?」
「ななし」
「なんでこうなるの。私が痛い思いして死ねばよかったのに!」
「ななし、それだけは言うな。・・・・・消えればとか、死にたいとか、言うな」
「もうやだ!何が駄目だった?わたしがわるい?あの人はもう助からないのにわたしだけかえるの?あっ、あ、の人の体、体は・・・?かぞくにかえしてあげなきゃ・・・」
「お前は悪くない。遺体は確認して回収してるから安心しろ。とにかく、もう何も考えるな」
恵が悲痛な声で、懇願するように私に言い聞かせる。お前は悪くない。ななしのせいではなく、運が悪かっただけだと。
座り込んでいる私の目の前にしゃがみこんでは、私を落ち着かせるかのように抱きしめて背中を撫でてくれる恵に、言いようのないやるせなさが込み上げてきた。
「俺の言い方が悪かった。ごめん」
「頑張ったのに、なあ」
「あぁ。お前はよく頑張った。・・・とにかく落ち着いて、伊地知さんが迎えに来るのを待て。今日はずっと一緒にいるから一人で思い詰めるな。痛みは大丈夫か?どちらにしろ車までは俺が連れて行く、安心しろ。傷口の確認をするぞ」
「・・・・・・いたい」
「まあ、そうだろうな」
わざと恵は私に傷のことをきく。アドレナリンのせいで忘れかけている痛みを、質問することによって強制的に意識させ、痛みを自覚させる意図があったのだろう。それによって頭が痛みと共に冷静になっていくのがなんとなくわかった。
死ぬほど痛いけど。
冷静になってみるとわたしは何も悪くないし、最善を尽くして頑張ったし、恵が来てくれるまで死なずに持ちこたえた。頑張った結果だ。でも、犠牲者が出たことに変わりはなくて、その事実だけは本当に暗く重い。
私のせいではない。恵が言ってくれたとおりだ。でも、冷静になった今でも、あの人と代われるのなら代わりたいと思う。自己犠牲だ。自己満足の。でも性格だから、これは修正することはできないだろう。
現実を諦めるかのように目を閉じて、垂れ下がっていた自分の腕に力をいれて、恵の背中に腕を回した。
「恵、」
助けてくれてありがとう。
そう呟けば、彼は私を抱きしめる力を強くした。
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