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来客を知らせるチャイムが一度鳴った。タイミング良くテーブルに並べられた料理からは湯気が上へ上へと居場所を探すかのように不規則に昇っていく。手の空いたリヴは玄関へ向かった。カチャリと音を立て、開かれた扉の向こう側に急いた足が止まる。

「ジェイド…?」

丸くなった目に映る姿は、待ちわびた人とは異なるのは勿論、現れるはずのない人物だった。少なくともリヴはそう思っていた。故に思わず呼んだ名前の後に疑問符が添えられていた。

「元気そうで安心しました、リヴ」

傘もささずに現れた来訪者の肩に冷たく白銀が乗っていて、リヴは玄関に常備しているタオルを広げ彼にかかる雪を払った。可笑しな状況に、少しだけ頬が恥ずかしさに赤くなる。

「驚いた、まさか来てくれるなんて…」

雪まで被って、と拙く繋ぐ言葉と心はちぐはぐだ。一瞬一瞬震える指先に彼が気付かないはずがない。ジェイドがその手を取れば、リヴは大きく反応した。ゆらりと炎が揺れるように、タオルが弧を描き落ちた。冷えきった彼の手にじわじわと体温が伝い、瞳が交錯する。

逃れる術は、どうしてこの時には思いついてくれないか。その戸惑いと裏腹にリヴの心はさっと冷たく閉ざされていく。

「貴方に…きっと酷いこと言ってしまう」

だからその前に

手放したいけど突き放せない。その曖昧な境界線が気持ち悪い。告げたことは主語もなければ目的語もなく、迂回した言葉は虚しくポツポツ落ちていく。

「それを貴女に言われる為に…私は来たようなものです」

射抜く視線はリヴに逃げ場を与えない。ひどく優しい口調、どこか悲しげに彼は言った。どうやら不透明な心と対峙しなくてはならないようだ。リヴ自身も知っている。曖昧の中を幾ら逃げたとしても、必ず、それは訪れる。

盲目な未来を掬い上げるかのように、止まった歯車がまた、軋む音とともに廻り始めていた。



10/1/2up

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