12 暫くの間続いた霙は、その日雪へと変わっていた。リヴがケテルブルクに戻って来てから数日経ったある日。ネフリーは小難しい書類を片手にペンを滑らしていた。机に向かってからもう随分と時は流れている。外からの灯かりはとうに消え、その暗がりは余計に寒さを感じさせていた。 「もうこんな時間」 夜の冷え込みによる震えから、漸く彼女はペンを置いた。 リヴが待ってるわ 「早く行ってあげなくちゃ」 素早く書類をまとめ、ネフリーはコートを羽織った。 コツコツ― 「あら、どなた?」 ノックの音に彼女は振り返る。そして開かれた扉の先に立っている人物に驚いた。その人物がここにくるということ自体稀で、彼女が予想した相手とは大きく外れていた。 「お兄さん?!」 「久しいですね、ネフリー」 肩の雪をすっと払う、そこには蒼がよく映える彼。 「驚いたわ、まさか訪ねてくるなんて思わなかったから」 「本当は直ぐにでも来たかったのですがね」 優秀な部下が忽然といなくなってしまったもので ネフリーは察する。ジェイドの思惑が誰に向けられているか、何故ここに来たのか。 「リヴに会いに来たのね」 「…ええ」 ネフリーは困惑の表情を浮かべていた。繁忙を迎えているであろう彼がここに来るというのは剰りに無謀なことで。かなり、らしくない。それを汲むと会わせるべきだと察するも、そうはいかない。 「戸惑うわ。あの子」 辿々しくネフリーは告げた。やんわりと拒否を示す。 「ネフリー、大事なことです」 私にとっても リヴにとっても 「リヴが拒めば勿論無理強いはしません。ただこうなってしまった以上、伝えなければならないこともありますからね。流石に譜術で無理矢理扉をこじ開けて、身重な彼女に負担を掛けるわけには行かないでしょうし」 にこりと微笑んだものの、目は笑っていない。理解の早い彼でさえ、諸々の憤りは隠せないでいた。 「まさかお兄さんが"そうまでする"とは正直思わなかったわ」 ネフリーはコートのポケットから銀の鍵を取り出した。 「リヴとの食事、楽しみにしてたのよ?」 柔らかな苦笑を魅せ、彼女はジェイドにそれを手渡した。 * * * 深く冷たく淡雪は降り続けている。踏めばきゅっと小粋な音が立ち込め、その道に無数の足跡を残していく。その音が流れるのも後少し。見上げれば幾年も灯らなかった明かりが窓から射している。 期待なのか不安なのか 入り混じる気持ちを連れて、彼はまた一歩と雪を踏み進む。 09/12/8up [←prev]|[next→#]|story top |